第14話 現場 

「はーい、オッケーです!以上で今日の収録は終わりになります。お疲れさまでした~」


「「「お疲れ様でした~」」」


音響監督のOKが出て、1話の収録は無事終了。

俺は共演者の方やスタッフに挨拶をしてスタジオを出た。


「ふぅ、疲れたな……」


ポケットから取り出したスマホを確認すると、時刻はもう夕方の4時。

10時スタートだったから昼休憩を抜いても5時間やっていたことになる。

今日は第1話ということもあり時間がかかったのだろう。


それにしても……、と俺はラインを開く。


何回確認しても友達リストの一番上にあるアカウントの名前は、『姫宮 しおり』。


声優としての活動はもちろんのこと、最近の彼女は地上波の番組にも出演しており、写真集なんかも発売している――まさにアイドル声優。

そのしおりんが俺と……。いや、まじか……。


タッタッタッ


ん、何だ?

ふと後ろから聞こえる足音に振り返ると――


Ryoga,attends!リョウガ、待ちなさい!


「うおっ……って、エレナか」


そこには膝に手をついて息を切らし、こちらを睨む銀髪美少女の姿。


「ハァ……ハァ……、なんで先行っちゃうのよ!」


「いや、迷惑かなって」


「はぁ?何が迷惑なのよ。まあいいわ、とりあえず次からは私を待っておきなさい。分かった?」


「あ、ああ」


釈然としない顔でうなずく涼雅。


「ねえ、私お腹空いた~。どこかでご飯食べよ」


「ああ。サイゼとかどうだ?」


「それいいかも!採用するわ」







歩くこと10分、駅前のサイゼリヤに到着した俺とエレナは4人掛けのテーブルに腰掛ける。


「リョウガはどうだった?今日の出来」


「うーん、70点ってところだな。久しぶりの現場だったのもあるし、あとは時間ギリギリに着いたから焦ったっていうのもあるかも。でも関さんがスタッフさんに言ってくれてたみたいだし、結構スムーズに行ってた気がするけど……」


関さんというのは俺のマネージャーの人だ。

でも、なんで連絡もしなかったのに俺がギリギリになりそうだと分かったのだろう?


そんな俺の考えを見透かしているかのように、ジト目のエレナが口を開く。


「言っとくけど、私が関さんに伝えてあげたんだからね?」


「あ、そうなのか。ありがとうな、エレナ」


「ふ、ふんっ!本当に仕方ないわね、リョウガは。幼馴染の私が居ないとダメダメなんだから。幼馴染のこの私がいないと、ね!」


突然顔を赤くして喋りだすエレナ。

……別に幼馴染って2回も言わなくてよくないか?


「で、なんで遅れたの?リョウガがこんなギリギリの時間になるなんて珍しいじゃない」


「ちょっと来る途中に面倒ごとに巻き込まれてな。それで時間かかった」


「面倒ごとって?」


「道端で人が4人組くらいのチンピラに絡まれてたんだよ。それで喧嘩吹っ掛けられて、まあ色々と」


「そのチンピラ達も可哀そうねー、よりによってリョウガに出くわしちゃうなんて。リョウガの何ちゃらドーで一発KOね!」


「何ちゃらドーじゃなくて合気道な。あとKOするのはボクシングだ」


「そうそう。それが言いたかったのよ!」


そう、俺は中1で養成所に入るまで合気道を習っていたのだ。


地元ではかなり有名な先生が教えており、小学校の友達に誘われて入門した俺はその道場で3年間稽古を重ねた。


自分の中では上達している感覚はあったけれど、俺の通っていた流派では試合というものが無かったため、どのくらい自分が強かったのかは分からない。


道場を辞めることを伝えたときに、普段はめったに人を褒めない師範が『お前には特別な才能がある』と言ってくれたのは嬉しかったな。

まあ、お世辞なのだろうけれど……。

当時の俺にとっては最高の誉め言葉だった。


「ところで、その助けた人って男の人よね?」


「いや、じょせ——」


そう言いかけた瞬間、背筋がゾクっとする。


「ふぅーん。女の人なんだ?そう。それは良かったわね。私と電話していた時も、さぞ楽しかったんでしょうね?」


目の前のエレナはさっきまでと同じ笑顔を浮かべているが、何故だろう。震えが止まらない……。


「い、いや別に急いでたから——」


「連絡先、交換したの?」


有無を言わさぬ口調。


「こ、交換してない……」


気づけば、口が勝手に動いていた。


別にやましいことはしていないはずなのに……いや、そもそも俺みたいなボッチにあのしおりんが連絡してくれる訳がないだろう。

そう考えれば嘘ではない。うん、嘘ではない。


「そう、交換してないんだ?ふぅーん」


そう言って、銀髪美少女はいつも通りのテンションに戻る。

い、今のは何だったんだ……?


「お待たせしました。ミラノ風ミートソーススパゲッティとデミグラスハンバーグになります」


ウェイトレスさんが注文したものをテーブルに置く。


「わぁ~、美味しそう。早く食べよ!」


「そ、そうだな」


足をバタバタさせ、さっきとは打って変わって上機嫌なエレナ。

女の人ってみんなこんな感じなのだろうか……。


それにしても、このハンバーグ美味しいな。

デミグラスソースがハンバーグにしみ込んで、安定のおいしさだ。


「ね、ねえリョウガ」


「ん、どうした――」


モキュッ


俺の口に、スパゲッティが押し込まれる。


「こ、このスパゲッティ美味しいから味見させてあげる……」


モグモグ モグモグ


「お、お前何を――」


「は、はい!」


モキュッ


モグモグ モグモグ


「おい、周りから見られ――」


「もうひと口あげる!」


モキュッ


エレナは、俺がスパゲッティを飲み込んだ瞬間に次の分を口に押し込んでくる。


傍から見れば、陰キャが超絶美少女にスパゲッティを食べさせてもらっているという光景。

そのせいで、周りからすごい注目を集めてしまっている。


くっ、なんだこれは……。


エレナは俺が時間ギリギリに着いたことをまだ怒っているのだろう。

はぁ……。


モグモグ モグモグ ゴクン


結局、俺はエレナのスパゲッティをすべて食べてしまった。

もはや味見どこではない。


「お、お前なぁ」


「あははっ、なくなっちゃったね。私のスパゲッティ……」


何かを伝えたさそうな目で俺を見てくるエレナ。

お腹がすいているのだろう、俺に食わせてばっかで全然食ってないしな。


「ほらっ、俺のハンバーグやるから」


俺は皿ごとハンバーグを差し出すが、エレナは首を振る。


「それ、私に食べさせて」


「は、はぁ?」


「ほら、はやくっ!」


エレナは目を閉じ、親から餌をもらう雛のように口を半分開ける。

なんで俺が……。


「おい、自分で食べれるだろ。朝のことは謝るから、な?」


「……」


エレナは口を開けたまま、じっとしている。

こうなると言うこと聞かないんだよな、こいつ。


「ねえ、あの彼氏ヘタレ?」


「うわぁ、彼女かわいそ~」


近くのテーブルの女子高生たちがこっちを指さしてヒソヒソと喋っている。

なんで俺が悪いみたいな感じになってるんだ……。


「……」


くっ、やるしかないのか……?


「は、はいあーん」


「んっ」


モキュ


モグモグ モグモグ


もきゅもきゅとハンバーグを食べる姿も、やはり可愛い。





無心でエレナにハンバーグを食べさせ続け、ようやく皿の中が空っぽになった。

も、もうメンタルが限界だ……。


「ふぅ、美味しかった。また来ようね、リョウガ!」


「……気が向いたらな」


俺は、サイゼには絶対に行くまいと心に誓ったのだった。

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