クラスメイトに『根暗』と呼ばれ馬鹿にされている俺ですが、実は超人気声優です。

第18話 現場 ④

「お兄ちゃんから離れなさいよこのビッチ！」

「あらあら、まだまだお子様なのね～。私がカナタくんとラブラブなのが分からないのかしら？」

「お、おい2人共やめろって……」

「「お兄ちゃん（カナタくん）は黙ってて！！」」

収録ブースでは、俺カノ2話のAパートの収録が行われていた。

それにしても、すごい気迫だ……。

通常、アニメのアフレコでは本番の収録を行う前に、確認を兼ねて通しでテスト収録が行われる。

その時点では和やかな雰囲気で進行することが多いのだが、今回は違った。

そう、妹役のエレナと彼女役のしおりんが本番さながらの本気モードだったのだ。

それに当てられたのか、周りの雰囲気も真剣モードになり、その勢いで本番Aパート（CMが入るまでの前半部分）に突入して今に至る。

……っと、そろそろ俺の出番だ。

「カケルくんもこのお子様に何か言ってあげてくれる？」

「はぁ？ビッチのくせに清楚ぶるなっての」

「まあまあ、2人とも落ち着けって！こんな訳分かんないところに飛ばされてイラついてるのは分かるけど、カナタが困ってるだろ？」

いかにもラブコメ主人公の親友役っぽいセリフを喋りきる。

さあ、俺もそろそろ本気で行くか――

★

「お疲れ様でしたー！別録りの指示した人以外はこれで終わりになります」

「「「ありがとうございました～」」」

音響監督さんのOKが出て、今回も無事に終了。

前回よりも役に入りこめている感覚があったし、個人的には合格点を出せる演技だった。

「ふぅ……っておわっ！」

ほっと一息ついて休憩室のベンチに座っていた俺の頬に、ピタッと冷たい感触。

驚いて振り向くと、缶ジュースを片手にニコッと笑っているしおりんの姿。

「涼くんもお疲れさまでした♪これどうぞ」

「あ、ありがとうございます……。えっと、いくらですか？」

「いいですよ、それより敬語」

「あ、ごめん……し、しおり」

「ふふっ。よくできました♪」

そう言って俺の隣に座ってくるしおりん。

ピタッとくっついている。

「ちょ、ちょっとくっつき過ぎじゃ……」

「そうですか？きっと涼くんの気のせいですよ」

しおりんはそう言ってさらに距離を詰めてくる。

密着しすぎて腕に柔らかい感触が……。

いやいや、何を考えてるんだ俺は。

ドスンッ

ふと反対側を見ると、そこには不機嫌な様子のエレナ。

「お、お疲れエレナ」

「……」

「演技、すごい良かったぞ？」

「お世辞なんていらないわよ。さっさと言いなさい、どっちが良かったか」

「どうでしたか、涼くん？」

やっぱり言わないとダメなのか？

正直、結果は誰が見ても明らかだった。

エレナの機嫌が悪いのもそれが分かっているからだろう。

「……しおりの方が良かった」

「やった！これで涼くんとご飯に行けますね」

胸の前で小さくガッツポーズをするしおりん。

同年代のライバル的存在であるエレナに勝てたことが嬉しいのだろう。

まさか俺なんかとご飯に行けることを嬉しがっている訳ないよな……。

「それ貸しなさい」

俺の手元にあったジュースがひったくられる。

ゴクゴクッ

「はい、後は飲んで。もう帰る……次は負けないから」

エレナはそう言って立ち上がり、去っていった。

負けず嫌いのエレナのことだ、次の収録に向けて猛練習するのだろう。

『頑張れ』と心の中で声をかける。

「四条さん、行っちゃいましたね……」

「ああ。ごめんな、アイツ負けず嫌いだからさ。もし良かったら、また勝負してやってくれないか？」

「いいですよ、望むところです」

そう言って彼女は不敵な笑みを浮かべる。

別に、エレナの演技が悪かったわけではない。

むしろかなり調子もよくて、いい演技だった。

ただ、相手が悪すぎたのだ。

姫宮しおり。

俺もちゃんと共演したのはこれが初めてだったが、本当にすごかった。

見ている側が芝居であるということを忘れてしまうほどの集中力。

演じているキャラの魂が乗り移ったかのような、情熱的な演技。

――――まさに『天才』。

俺も、練習しなければ……。

家に帰ろうと思って缶ジュースを飲もうとした手がしおりんに止められる。

「ダメですよ」

「えっ、何が？」

しおりんは口元を指さす。

ど、どういうことだ？

「間接キスになっちゃいますよ。だから交換しましょう？」

「あ、なるほど」

そう言ってしおりんは自分のお茶を渡してくる。

ゴクゴクッ

お茶を飲み干して乾いた喉を潤す。

「じゃあ、私たちも帰りましょうか」

「ああ、そうだな」

こうして、俺としおりんは家路についたのだった。

……そういえばあのお茶、しおりんの飲みかけじゃなかったけ？