第32話 楽屋

タッタッ タッタッ


あの後、2人と別れた俺は警備員の人に名刺を見せて館内へと入っていた。

警備員のおじさんはあっさりと通してくれたのだが――


「どう考えても『やらせ』だよな……」


おじさんが、『娘がryogaのファンだ』と言って色紙にサインをして欲しいと頼まれたのだ。


その時は嬉しかったけど、どう考えてもおかしいだろ……。

たまたま色紙とサインを持ってたなんてありえないし。はぁ……。


「『めぐりちゃんへ』って書かされたけど、あの名前確か七星ななほしさんと同じような……。いや、気のせいか」


――Try☆Starsの天然担当、七星ななほしめぐり。しおりと同じ、17歳の高校2年生だ。

ふんわりとした栗色のショートヘアーに、あどけない童顔の美少女。

思わず庇護欲をそそられるような小動物的な可愛さがある。(by山田君)


でも、めぐりなんていう名前はよくあるし偶然だろう。そう、偶然。


まぁ、近くにコンビニがあるからそこでしおりのマネージャーが買ったのだろう。

相手に気を使わせるなんてまだまだだな、俺も。


後でお金を返しておくか……。


「ふぅ、ってここか?」


そんなことを考えながら教えてもらった通りにアリーナの通路を歩いていると、トラスタの楽屋らしき部屋の前に到着。


ドアの両側には贈呈用の花が所狭しと並んでいる。


これは去年のL-1グランプリで準優勝したお笑い芸人、これは――あの国民的アイドル?この人って芥川賞の作家だよな。


分かってはいたが、ものすごい人気だ……。

そんな人達の楽屋に俺なんかが入ってもいいのだろうか?


トイレで仕事モードに切り替えたし、準備的には大丈夫なはず。

顔面偏差値は……まあ、勘弁してくれ。


「はぁ~~。よしっ」


大きく息を吐き、俺は扉をノックする。


コンコン


「すいません、ryogaです」


バタバタと音がした後、ドアが開いた。


「はーい、どうぞ~」


入り口に顔を覗かせたしおりに案内され、部屋の中に入る。


「あら、ryogaくんじゃない。久しぶりね」


「あ、どうもお久しぶりです。マヤさん」


俺に話しかけてきた大人の女性オーラ全開のこの人は、宝城ほうじょう マヤさん。

Try☆Starsのメンバーであり、大学2年生の20歳。


金髪ロングのゆるふわウェーブヘアーにどこか余裕のある表情。同じ10代とは思えない大人びた雰囲気を身にまとっている。


ファンの間では『まや姉(ねぇ)』とか『マヤ様』とか呼ばれている。


今からちょうど1年前。異世界モノのアニメに俺が脇役として出演したとき、収録後に何度か喋ったことがある。

頼れるお姉さん的な存在で、悩み相談とかをされやすいタイプだ。


「まさかryogaくんが今日のライブ見に来てるなんてねぇ。お姉さんビックリだわ。サプライズ出演してくれても良かったのよ?」


「ははは、冗談はやめてくださいよ。俺なんかが出たら場が盛り下がっちゃうじゃないですか」


「あらっ、残念ね」


そう言って少し落ち込んだような表情を見せるマヤさん、まったくこの人は……。

俺の顔面偏差値じゃ足切りに決まってるだろ。あとついでに、ファン(山田君)に殺される。


「それで、えっと七星さんは?」


「あ~、それなんだけどね……」


しおりが苦笑いをしながら部屋の隅を指差す。

そこには壁に向かってしゃがみ込む七星さんの姿。


「ほらっ、ryogaくん来てくれたよ!めぐめぐ」


「む、むりぃ~~」


しおりが呼びかけるが、七星さんは一向にこちらを向かずしゃがみ込んでいる。


む、無理?ど、どういうことだ……?

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