第32話 楽屋
タッタッ タッタッ
あの後、2人と別れた俺は警備員の人に名刺を見せて館内へと入っていた。
警備員のおじさんはあっさりと通してくれたのだが――
「どう考えても『やらせ』だよな……」
おじさんが、『娘がryogaのファンだ』と言って色紙にサインをして欲しいと頼まれたのだ。
その時は嬉しかったけど、どう考えてもおかしいだろ……。
たまたま色紙とサインを持ってたなんてありえないし。はぁ……。
「『めぐりちゃんへ』って書かされたけど、あの名前確か
――Try☆Starsの天然担当、
ふんわりとした栗色のショートヘアーに、あどけない童顔の美少女。
思わず庇護欲をそそられるような小動物的な可愛さがある。(by山田君)
でも、めぐりなんていう名前はよくあるし偶然だろう。そう、偶然。
まぁ、近くにコンビニがあるからそこでしおりのマネージャーが買ったのだろう。
相手に気を使わせるなんてまだまだだな、俺も。
後でお金を返しておくか……。
「ふぅ、ってここか?」
そんなことを考えながら教えてもらった通りにアリーナの通路を歩いていると、トラスタの楽屋らしき部屋の前に到着。
ドアの両側には贈呈用の花が所狭しと並んでいる。
これは去年のL-1グランプリで準優勝したお笑い芸人、これは――あの国民的アイドル?この人って芥川賞の作家だよな。
分かってはいたが、ものすごい人気だ……。
そんな人達の楽屋に俺なんかが入ってもいいのだろうか?
トイレで仕事モードに切り替えたし、準備的には大丈夫なはず。
顔面偏差値は……まあ、勘弁してくれ。
「はぁ~~。よしっ」
大きく息を吐き、俺は扉をノックする。
コンコン
「すいません、ryogaです」
バタバタと音がした後、ドアが開いた。
「はーい、どうぞ~」
入り口に顔を覗かせたしおりに案内され、部屋の中に入る。
「あら、ryogaくんじゃない。久しぶりね」
「あ、どうもお久しぶりです。マヤさん」
俺に話しかけてきた大人の女性オーラ全開のこの人は、
Try☆Starsのメンバーであり、大学2年生の20歳。
金髪ロングのゆるふわウェーブヘアーにどこか余裕のある表情。同じ10代とは思えない大人びた雰囲気を身にまとっている。
ファンの間では『まや姉(ねぇ)』とか『マヤ様』とか呼ばれている。
今からちょうど1年前。異世界モノのアニメに俺が脇役として出演したとき、収録後に何度か喋ったことがある。
頼れるお姉さん的な存在で、悩み相談とかをされやすいタイプだ。
「まさかryogaくんが今日のライブ見に来てるなんてねぇ。お姉さんビックリだわ。サプライズ出演してくれても良かったのよ?」
「ははは、冗談はやめてくださいよ。俺なんかが出たら場が盛り下がっちゃうじゃないですか」
「あらっ、残念ね」
そう言って少し落ち込んだような表情を見せるマヤさん、まったくこの人は……。
俺の顔面偏差値じゃ足切りに決まってるだろ。あとついでに、ファン(山田君)に殺される。
「それで、えっと七星さんは?」
「あ~、それなんだけどね……」
しおりが苦笑いをしながら部屋の隅を指差す。
そこには壁に向かってしゃがみ込む七星さんの姿。
「ほらっ、ryogaくん来てくれたよ!めぐめぐ」
「む、むりぃ~~」
しおりが呼びかけるが、七星さんは一向にこちらを向かずしゃがみ込んでいる。
む、無理?ど、どういうことだ……?
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