第33話 楽屋 ②

「ほらっ、ryogaくん来てくれたよ!めぐめぐ」


「む、むりぃ~~」


しおりが呼びかけるが、七星さんは一向にこちらを向かずしゃがみ込んでいる。


む、無理?ど、どういうことだ……?


「えーっと……。さっきからあんな調子なんだけど、めぐめぐはryogaくんの大ファンなんだよ!今はちょっと恥ずかしがってるだけだから、ね?」


いや、どう考えてもちょっとじゃない気が……。


ライブ中、癒しボイスでハキハキとMCをしていた彼女とはまるで別人だ。


「ほらっ、せっかくryogaくんが来てくれたんだからこっち来ないと。じゃないとryogaくん帰っちゃうよ?」


「そ、それはだめっ!!」


サササッ!


部屋の隅で丸まっていた小動物系美少女は、一瞬でしおりの後ろに瞬間移動する。

移動するスピード速すぎだろ……。


「もう、めぐめぐってば~!」


チラッ チラッ


「ryogaさま、か、カッコいい……」


しおりの背中越しにこちらの様子を伺ってくる七星さんと目が合う。

ん?今何か呟いたような……。気のせいか?


「ほらっ、隠れてちゃダメだよ。ちゃんと話さないと失礼だよ?」


「う、うん……」


そう言って姿を現した七星さん。

ライブ直後だからだろう、心なしか頬を赤く染めている。


そして、やっぱり近くで見るとかなりの美少女だ。

これはファンが絶叫するのも少し分かる気がする。


「え、えっと」


「……」


ryogaの中身が俺だと分かってがっかりしているのだろうか、俯いたまま目を合わせてはくれない。


分かってはいたけど、実際にやられると少し堪えるな。はぁ……。

まあ、とりあえず挨拶でもするか。


「初めまして、アオノエンタープライズのryogaです」


「な、ななななななほしめぐりでしゅ!あっ、お、大石プロダクションの!」


……噛んだ。


「あうぅ……」と落ち込んでいる七星さん。声優としては、喋り出しで噛んじゃうのは恥ずかしい気持ちはよく分かる。


どうすれば七星さんの緊張をほぐしてあげられるだろうか?


その時、ふと前に須田さんとしていた話を思い出す。

あれは確か先週の『俺カノ』収録前のこと――――





「こんにちは、アオノエンタープライズのryogaです。今日もよろしくお願いします、須田さん」


「おうっ、ryogaくん。今日もよろしく!あ、缶コーヒーいる?」


「えっ、そんなの悪いですよ。いいんですか?」


突然、缶コーヒーを差し出してくる須田さん。


正直、前のこともあってこの人に借りを作るのは怖いのだが……。


「いいよいいよー。なんか自販機でブラック買ったら、もう1本当たっちゃったんだよな~。あんまり飲んだら収録中にトイレ行きたくなるじゃん?」


「まあ、そういうことであればいただきます」


「ほいっ」


プシュッ


ゴクッ ゴクッ


俺は須田さんから手渡された缶コーヒーを開け、喉を潤す。


「あー、ブラックしみるわ~!あ、そうそう。俺ちょっとryogaくんに聞きたいことあるんだけどさー」


「須田さんが俺に、ですか?」


「そうそう。いやー、街中とかで突然ファンに声かけられることあるじゃん?ryogaくんだったらそういう時どうするのかな~って、おじさん気になっちゃったわけよ」


「あー、俺は顔出ししてないんであんまり分からないですね……」


「あっ、そっか!そういえばryogaくん顔出しNGだったな。こんなにイケメンなんだから顔出ししてると思ってたわ~」


突然俺のことをヨイショしてくる須田さん。俺がイケメンだったら日本中の男がイケメンになるだろう。


この缶コーヒーといい、何か怪しいなぁ……。


「お世辞なんて言っても何も出ませんよ……」


「いや~、本心で言ってるんだけどなぁ。こりゃエレナちゃんも大変だわ」


なんでそこでエレナが出てくるんだ?

まあ、いいか。


「須田さんはそういう時どんな感じで対応するんですか?」


俺もいつまでも顔出ししない訳にはいかないし、将来的に、もしかしたらそういう事があるかもしれない。


須田さんはかなりベテランの人気声優だし、そういった経験も豊富だろうから参考になるだろう。


「俺?俺かぁ~。あ、そうだ!」


須田さんはニヤリと笑い、続ける。

なんか企んでそうな顔だけど……。


「まず、1番大事なのは笑顔でしゃべることだ。疲れたような顔だったら魅力が半減するからな!」


「なるほど、確かにそうですね」


「そして、次に大事なのが距離を縮めること。相手からすれば『憧れの人がこんな近くに!?キューン!』ってなるだろ?」


「キューン?まあ、そうですね」


女の人相手に距離を詰めるって、結構ハードルが高そうだな……。


まあでも、須田さんが言うのだからそれが良いのだろう。


「そして最後、それは――相手を褒めることだ。これに尽きる」


「相手を褒める、ですか?でもそれってあんまり関係ないような……」


「馬鹿やろう!これをしないと相手は喜ばないに決まってるだろ!『ryogaくんが私の髪型を褒めてくれた?!キュンキュンズキューン!!』ってわけよ。へへっ」


「な、なるほど……。もしそういう機会があったらやってみます」


「おう!これが俺流、ナンp――ファンとの接し方だ。成果報告、待ってるぜ?」


「はい、分かりました!」





あの時は冗談半分で聞いていたけど、まさかいきなり実践する機会があるとはな……。


えーっと、まずは笑顔で褒めるんだったな。

俺は精一杯の笑顔を作る。


ニコッ!


「七星さんの今日のMC、すごい面白かったです!歌声もすごく可愛くて、俺感動しました」


「へっ?」


えーっと、次は距離を縮めるだっけ。

俺は一歩前に出て距離を詰める。


「ち、ちか――」


「この髪型、すごく可愛いですね。七星さんにとても似合ってますよ」


ズキューン!


「あ、はうぅ……。もうダメぇ……」


七星さんはグルグルと目を回し、後ろに倒れ――


「危ない!」


ギュッ!!


すんでのところで俺は彼女の背中に手を回し、抱きしめるような体勢になる。


「七星さん、大丈夫ですか?」


「あれ?私なんで……ひうっ!!」


至近距離で見つめあう形になり、目が合った瞬間再び七星さんは意識を失う。

う、嘘だろ……?


葉月さんのときもそうだったけど、俺の顔ってそこまでひどいのか……。

俺は内心ショックを受けつつ、周りを見渡すと――


「りょ、涼くん……」


「ryogaくん、意外とやるわね」


2人とも驚いたような表情で俺を見つめている。


「ちょ、ちょっと変わってくれませんか?俺がこの状態だと色々とまず――」


ガチャッ


「失礼します。ライブお疲れさまです」


ドアを開けて入ってきたのは――


「エ、エレナ?」


「えっ、リョウガ?ってアンタ……」


般若のような顔をしてこちらを見てくる、俺の幼馴染四条 エレナだった。


さ、最悪だ……。

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