第29話 王子様


「次は新宿、新宿~。お出口は左側です。中央線にお乗り換えの方は――」


ピーッ ピーッ


扉の開く音とともに電車を降りる。


今日は土曜日。

俺はいつものように『俺カノ』の収録に来ていた。


それにしても――


「あの2人、どうにかならないかなぁ……」


あの2人とは、エレナと姫宮さん――しおりのことだ。

勝負をした時以降、現場では2人ともバチバチに火花を散らしているのだ。

……俺を挟んで。


須田さんもニヤニヤと見ているだけで全然助けてくれないし、ほんとにあの人は……。


そんなことを思いながら、駅のトイレに到着。

マスクと眼鏡を外し、仕事モードになる。髪もセットして、準備完了。


「よしっ、行くか!」


頬をパシッと叩いて気合を入れる。

さあ、今日もやるぞ……って。


タッタッ ササッ


うん?


気のせいだろうか、背後に誰かがいたような……。

まあ、いいか。

俺は再び歩き出す。


ササッ タタタッ


いや、間違いない。誰かに後をつけられている。


クルッ


ビクッ!!


俺がチラッと振り返ると、相手はビクッと電柱に隠れる。

というか、全然隠れてないぞ……。


電柱から覗く金髪、それにあのギャルっぽい格好はおそらく――。


「はぁ……」


なんで付けてきてるのか知らないが、関わらないほうがよさそうだ。

俺は無視して足を進める。


サササッ


なんでまだつけてくるんだよ……。

イラッとしたので、俺は早歩きで路地に入る。


「うそっ、どこ行ったの?」


ざまぁみろ。何の目的かは知らないがこの前の仕返しだ。

その足で俺はスタジオへと向かう。


この辺りは路地が入り組んでいてわかりづらい。

初めの頃は迷っていたけどもう慣れたものだ。


俺はスタジオ近くの人通り少ない路地を抜ける――


「きゃあー!助けてーー!!」


「騒ぐんじゃねぇ!」


「ひっ……」


後ろが騒がしい。

だが、別に助ける義理はない。俺はアイツのことが嫌いだ。


「だ、誰か助け――」


「騒ぐんじゃねえって言ってんだろ!このナイフ、分かるよなぁ?」


(チッ!バカが)


気づけば俺の足は声のする方向へと向かっていた。

別にこれはアイツのためじゃない。俺が後悔しないためにやる、それだけだ。


「はぁ……」







side 日向 彩華


「次は新宿~。新宿~」


車内アナウンスを聞きながら、私は窓の外の景色を眺めていた。


今日は土曜日。

本当は渋谷のスタジオで読モの仕事があるのだけれど、正直今はそんな気分じゃない。


「あ、もしもし?日向です。はい、今日体調が優れなくて……。はい、すみません。失礼します」


プーッ プーッ


事務所に電話をかけ、休むことを伝える。

初めて仕事をサボっちゃった、何してんだろ私……。


ピーッ ピーッ


電車のドアが開き、私も人の流れに従って駅に降りる。

とりあえず新宿で降りてみたけど、何しようかな。

いつも行ってるセレクトショップ巡りでも――


「えっ?」


その瞬間、私の目に留まったのはボサボサの髪にマスクと丸メガネの冴えない男。

あれって……根倉?


黒のスキニーとサマーニット、ロング丈のコートのコーディネート。


洋服屋のマネキンを丸ごとパクったかのような服装、というかマネキン買いしたのだろう。


身長は高いし、スタイルも悪くないから合ってはいるけど、顔が悪すぎる。全然ダメ。

キモオタのくせに脱オタしようとしてんの?マジできもい。


ああ、なんだかイライラしてきた……。

だいたい、先日のことだって根倉がやったんじゃなかったけど、私は自分が悪いなんて思っていない。


ああいうヤツはいつかそういうことをする、それがたまたま今じゃなかったっていうだけ。私は悪くない。


なんで凜花はあんなキモい奴にベタベタくっついてんの?

本当に理解できない……、いや、きっと何か脅されているに違いない。


私がキモオタの弱みを握って凜花を助けてあげないと……。

そう考えた私は、スマホのカメラを立ち上げて根倉を後ろから尾行する。


まずは根倉は駅のトイレに入った。

さすがにトイレには行けないから、近くの柱から様子を伺う。


タッ タッ


出てきたわね。

絶対アンタの秘密を暴いてやるわ、って――――


「えっ!?うそっ……」


しばらくして駅のトイレから出てきた根倉を見て、私は目を見開く。


だって――


「か、カッコいい……」


トイレから出てきたのは、黒髪の爽やかイケメン。

周りの人達もチラチラと彼を見ている。


間違いなく私が今まで見てきた男の中でも1番のイケメンだ、私の理想、いや、それ以上かも――。


(ひょっとして、あれが根倉?)


そんなわけない、いや、でも格好は全く一緒だし……。

まさか、あの王子様が根倉……なの?


フラフラとおぼつかない足取りで、私は根倉の後を追いかける。


しばらく後をつけていると、不意に彼がこちらを振り返った。


ビクッ!


私はとっさに近くの電柱に隠れる。

ひょっとしてバレた?


タッ タッ


根倉は再び歩き始めた。よかった、バレてないみたい。

でも根倉はその後急に早足になって、私は路地で彼を見失ってしまった。


「うそっ、どこ行ったの?」


気づけば私は見知らぬ路地にいた。

人も全然いないし、なんだか不気味だ。


今来た道を引き返そうとしたとき、急に腕をつかまれる。


ガシッ!


「ねぇ、キミ可愛いね~。俺達と遊ばない?」


振り返ると、そこには見るからにヤバそうな4人組。

は、早く逃げなくちゃ……。


「ちょ、ちょっと放しなさいよ!キモい!」


「あ゛っ?」


「こいつ今俺達のことキモいとか言ったよなぁ」


「ちょっと顔がいいからって調子乗ってんじゃねぇぞ、オラッ!!」


ゴスッ


「かはっ……」


鳩尾にパンチを入れられる。ヤバい、息ができない。

こいつら、本当にヤバい奴らだ。どうしよう、逃げないと、誰か……。


「きゃあー!助けてーー!!」


ありったけの声で叫ぶ。誰か、誰か……。


「騒ぐんじゃねぇ!」


「ひっ……」


鬼のような目ですごまれて、私は何も言えなくなる。

嫌だ、いやだ、こんなところで――。


「だ、誰か助け――」


「騒ぐんじゃねえって言ってんだろ!このナイフ、分かるよなぁ?」


羽交い絞めにされ、喉元にナイフを突きつけられる。

こ、怖くて声が……。


「あ……う……」


「そうだ。分かればいいんだよ、なあ?俺達と今から遊ぼうぜぇ!大人の遊びをよぉ」


「ぎゃははっ!いいねぇ」


「この前はクソガキに邪魔されちまったからなぁ」


「あのガキは今度会ったらマジでぶっ殺す!」


あのガキ?何を言ってるのかわからないけど、1つだけ確かなのは私が今からコイツらに犯されるということだけ。

なんで、なんでこんなことになったの……。


「う、ううっ……ううっ……」


ポタッ ポタッ


目からボロボロと涙がこぼれる。

そうだ、私が根倉にひどいことをしたから報いを受けたんだ。

これは私の罰、きっとそう。


「おー、泣いてまちゅね~。大丈夫でちゅか~?」


「「「ぎゃはははっ」」」


「……」


せめて、黙って受け入れよう。自分の罪を。


タッ タッ タッ


「何、してるんですか」


少し離れたところから声が聞こえる。


「根倉……くん?」


そこにいたのはさっきまで私が追いかけていた王子様――根倉だった。

こんな私を、助けてくれるの?


「ああ?なんだテメェは!」


「邪魔すんじゃねぇぞ……って、この前のクソガキじゃねえか!」


根倉くんは右足を後ろに引いて構える。格闘技の経験があるのだろうか?

まさか、戦うつもりなの?


いくら格闘技をやってても4対1なんて無理だ。それくらい素人の私でも分かる。


「根倉、逃げて!4対1なんて無理よ!!それにこいつらナイフを持ってるわ」


「……」


根倉は私の言葉を聞いても顔色一つ変えずに構えている。

なんで、どうしてそこまで私なんかを……。


「そういうわけだイケメンくぅ~ん。今のうちに逃げたほうがいいんじゃないのぉ?」


「俺が?逃げるわけないでしょ。それより、大丈夫ですか?ナイフを持つ手が震えてますよ。しっかりここを狙ってくださいね」


彼は自分のへその辺りを指差してニヤリと微笑み、チンピラ達を挑発している。

一体どういうつもりなの……?


「このクソガキ……死ねやァァァ!!!!」


ドスッ バキッ ドスンッ!


「ぐぁぁ!!」「ぶへらっ!!」


「庄司達を一瞬で……。お、お前何者だ!」


「別に、ただの一般人ですよ。それより、ほら……寝てろ」


ガスッ ドシャッ!


「ぐはっっ!!」


一瞬で4人のチンピラ達が投げ飛ばされる。しかも、一撃で全員気絶している……。


こんなに強かったの?根倉くん……。


「おい、大丈夫か?」


「う、うん……」


差し伸べてくれた手を取り、立ち上がろうとしたとき右足首に痛みが走った。


「いたっ!」


「歩けるか?」


「ごめん、ちょっと無理かも」


「そうか、じゃあ乗れよ」


そう言って私に背を向け、しゃがみ込む。

カッコよくて強くて、しかも優しいなんて……。

きっと、この人が私の――


「うん、ありがとうね。根倉くん」


駅まで送ってもらう道中はお互いに無言だった。

根倉くんも私にドキドキしてくれてるのかな……。

根倉くんの体温が、体越しに伝わってくる。


「さっきはありがとうね。根倉くんがいなかったら、きっと私酷いことされてた」


「……」


「本当に優しいんだね、君は」


「……」


根倉くんは黙っている。照れてるのかな?


「駅、着いたぞ」


「うん、ありがと」


もう右足も歩けるくらいにはなってる。大丈夫そうだ。


「じゃあ、これで」


彼はクルリと背を向けて立ち去ろうとする。


「ま、待って!」


「……なんだ?」


「今日は本当にありがとう。根倉くんって、すっごくカッコいいんだね!私知らなか――」



「ふざけるなっ!!」



「えっ……」


突然怒鳴られて、私はビクッと固まる。


「カッコいいんだね、だと?あの時山田君が勇気を出してくれなかったら、アンタのせいで俺は退学になるところだったんだぞ!」


「で、でもあれは鈴木達が……」


「ああ、確かにそうだ。でも、そもそもアンタが俺の言い分を聞いてくれていればあんなことにはなっていなかったんだよ!俺が説明しようとしたら、アンタなんて言った?『このキモオタがやったに決まってる』って言ったよな?」


「そ、それは……」


「確かに、見た目は1つの判断基準だ。でもな、それだけで人を判断するようなヤツが俺は一番嫌いなんだ!日向、アンタみたいな奴がな」


「ち、違うの!私はただ――」


「違わないだろ!!アンタが俺の話を聞いてさえくれていれば俺が山田君や先生に相談して穏便にすませたかもしれない。でもアンタがそうしなかったから、山田君はあともうちょっとで鈴木に殴られるとこだったんだぞ!」


「ご、ごめんなさい……ううっ……ひっく……」


そうだ、根倉くんの言う通りだ。

私は人を見た目だけで判断して、最低なヤツだったんだ。


それが、突然手のひらを返したように「カッコいいね」なんて、都合が良すぎる。

怒鳴られて当然だ……。


「別に謝罪は要らない。今後、学校で一切俺にしゃべりかけないでくれ。じゃあな」


「そ、そんな……。待ってよ根倉くん!」


「……」


彼は踵を返し、去っていく。今度はもう私の声に振り返ってはくれない。


「う、ううっ……。うわぁぁぁん!!」


気づけば私は地面にへたり込んで、子供のように泣き崩れていたのだった。

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