第35話 居酒屋

「到着致しました。金額は――円になります」


「カードでお願いします」


ピッ


「ありがとうございました~」


ガチャッ


タクシーから降りた俺とマヤさんは東京の街中を歩いていた。

それにしても……


「居酒屋どうですか!」


「お兄さん、今から一杯どうっすか?」


ガヤガヤ ガヤガヤ


キャッチの人達が客引きをしている。

道の左右は居酒屋やカラオケが所狭しと並んでいる飲み屋街といった感じだ。


「あの、マヤさん。これは一体どこに……」


「あらっ、決まってるじゃない!そんなの」


マヤさんが指さした先にあったのは――





ザワザワ ザワザワ


「こちら生ビールとジンジャエールになります!」


「ありがとう」


「どうも」


店員さんからジョッキに入った飲み物を受け取る。


俺とマヤさんは居酒屋『鳥大将』のテーブルに座っていた。

この店は全国チェーンが展開されている大衆居酒屋だ。


マヤさんのことだからもっとオシャレな店に行くのかと思っていたけど、結構庶民的なんだな……。


「それじゃあ、ライブのお疲れ様会ということで――」


「「乾杯!」」


グビッ グビッ


グラスをコツンと合わせ、俺はグラスを煽る。


「あ゛~、生き返るぅ!!」


「美味しいですね、ってえ?」


う、嘘だろ?


俺が一口飲んでグラスを置くと、目の前には空になったビールジョッキを片手におっさんみたいな声を出すマヤさん。


というか、女の人が出しちゃダメな声出てるんだけど……。


「らによ、らんかもんくあるわけぇ?」


「い、いや……。飲むペース早くないですか?」


というか何でもう呂律が怪しくなってるんだ……。


「こんなのよゆ~よゆ~!すいませーん生もう1杯」


顔を真っ赤にして上機嫌なマヤさんは追加のビールを注文する。


はぁ……。嫌な予感しかしないけど、マヤさんも今日のライブに向けて猛練習していたんだろうし、まあ今日くらいは仕方ないか。


それにしても……


「マヤさん、なんでスマホの電源切ったんですか」


「あー、アレ?らってあの2人怖かったんだもん」


「まあ、それはそうですけど……」


「はあ~、モテる男はつらいねぇ!」


また意味の分からない冗談を……。


バシバシと背中を叩いてくるマヤさん。

もう完全に酔っ払いだこの人。


ちなみに、今話しているのはさっきのタクシーの中での出来事だ――





プルルルッ プルルルッ


ピコン! ピコンピコン!


や、ヤバい……。

ホーム画面の通知を見ると、そこにはやはりエレナとしおりからのメッセージ。


『どこに行ったのよ!!教えなさい、今ならまだ許してあげるわ』


『涼くん、マヤさんとどこに行ったんですか?教えてくれないと……ふふっ、知りませんよ?』


やばい……、これは今出ないと〇される。

そう、俺の本能が告げている。


俺がおそるおそる通話ボタンを押そうとすると、


パシッ


「ま、マヤさん?」


「ダメじゃない、女の子とデートするのに他の女と喋るなんて。ねぇ」


「あっ、ちょっと待っ――」


プツッ


マヤさんは俺のスマホの電源ボタンを長押しして電源を切ってしまった。

う、嘘だろ……?


「はい、これ返すわね。私とのデートが終わるまでは電源付けたらダメよ?」


「い、いや、デートじゃないっていうか……」


「あらっ、私じゃ不服?」


「そ、そんなわけないです。むしろ俺なんかがマヤさんみたいな美人となんてあり得ないというか……」


「本当、君は面白いわねぇ。さっきの積極的なアプローチとはまるで別人みたい。もしかして2重人格?」


「あれはなんというか……。ファンとの接し方ですよ」


「あはははっ!さすがにあの対応はマズいでしょ!あんなのされたら誰でも勘違いするに決まってるじゃない。ますます興味が湧いたわ――ryogaくん♪」





ということがあったのだ。

くっ、この後のことを考えると頭痛が……。


「ほらっ、そんらことでクヨクヨしらいの!おねぇさんみらいにドーンと構えておひなさ~い!」


「そうですね。はぁ……」


そんなことを考えているうちに、時計を見ると時刻は夜の10時を指していた。

もう帰らないとさすがに朱理が心配するだろう。


「マヤさん、もう帰りましょう」


「……」


返事がない。寝ているのだろうか?


「マヤさん?起きて――」


「た、たてにゃい……」


「はっ?」


「ちからがはいらにゃい」


目をうるうるさせて上目遣いで頬を赤く染めているマヤさん。

まったく、だから飲みすぎるなといったのに……。


「分かりました。ほらっ、乗ってください」


「あ、ありがと……」


俺は先に会計を済ませ、マヤさんを負ぶって店を出る。

そして、分かってはいたが周りからの注目を集めてしまっている。


こんな美人を俺みたいな陰キャがおんぶしているのだから、仕方ないけれども。


「はぁ……」


「ご、ごめんね?」


呂律がマシになってきたマヤさんが謝ってくる。


「いえ、大丈夫です。それより、もう歩けますか?」


「まだちょっと無理かも……」


う~ん、俺がマヤさんの家まで一緒に付いていく訳にもいかないし。


「タクシー乗り場まで行くので、それでいいですか?」


「うん」


こうして俺はマヤさんをタクシー乗り場まで送り届け、家に帰ったのだった。


別れ際に「心配だから家まで付いてきてほしい」と言われたけど、さすがに断っておいた。


その後に不機嫌そうなラインが来たけど、まだ酔いが残っていたんだろう。

そうでなければ俺なんかを誘うわけがないよな……。

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