第66話 Re:事務所

期末テストも終わり夏休みに突入した7月下旬。


俺は所属しているアオノエンタープライズの事務所に来ていた。


「もう、どうしたんですかせんぱい?」


「……」


「あっ、無視ですか?ふぅーんそうですか」


タッタッ


隣から聞こえる声を無視すると、金髪ツインテールを揺らしながらタタタっと俺の目の前に回りこんでくる女。


「……何してるんだ」


「何って、事務所に呼ばれて来ただけですよ?」


そう言ってあざとい笑みを浮かべてくる俺の後輩——柳エリカ。


そう、俺は今日関さんに呼ばれて事務所に来たのだが、そこでエリカとバッティングしたのだ。


「マジか……」


カラオケの日から1週間以上が経過しているが、まだ事態が飲み込めていない。


まさか——


(同じ学校の後輩が同じ事務所の新人声優、とはな……)


そんな偶然、漫画の中だけだろうと思いたいが残念ながらこれは現実。


(はぁ〜〜)


心の中でため息をつき、俺は目の前の金髪美少女を見据える。


「とりあえず、絶対に俺のことを学校でバラすなよ?」


俺が顔出しをしていない以上、素顔がバレてしまうのは最優先で避けなければならない。

俺は改めて念押しをする。


「もちろん言いません!」


「……本当だな?」


「もうっ、私のこと何だと思ってるんですか……泣きますよ?」


「わ、わかったから」


「ふふっ。分かればいいんですよ」


そう言って泣きそうな表情から急にいたずらっぽい笑顔でこちらを見てくるエリカ。


くっ、分かってはいてもその表情をされると——


「おーい、2人とも僕のこと忘れてない?」


「……ああ、関さんいたんですか」


「ひどい!マジで僕泣いちゃうよ!?」


『僕は影だ……』と言わんばかりにステルス性能を発揮していた関さんがここで存在アピールをしてくる。


「まあ、どうせryogaくんの正体にエリカちゃん気づくだろうしね。時間の問題ってやつだよ!うん、仕方ない」


「何いい感じで丸め込もうとしてるんですか」


「それにエリカちゃんもバラすことは無いわけだしいいじゃないか、ね?」


「まあ、そうですけど……」


なんか腑に落ちないが……まあいいか。


「あのー、ところで私何で呼ばれたんですか?」


不意に関さんにそう尋ねるエリカ。


「ああ、そうそう。今日2人を呼んだのには理由があってね。2人にユーチューブに出て欲しいんだ」


「「ユーチューブ?」」


俺とエリカと声がハモる。


ユーチューブってあのyoutube……だよな?

ポカンとした様子の俺とエリカに、関さんが続ける。


「いやー、半年前くらいからウチの事務所でユーチューブのチャンネルを開設しててね。所属声優の紹介とかしてたんだけどかなり登録者数伸びてるから最近企画とかもやってるんだよ」


そう言って関さんが見せてくるノートパソコンの画面には『アオノchannel』という文字が書かれている。


登録者数は——


「えっ?3.5万人……ってすごくないですか?」


「ふふ、すごいだろ〜」


そして恒例のドヤ顔をかましてくる関さん。

よく見てみると、中には50万回を超える再生回数の動画もちらほらある。


ファンも声優のプライベートな部分を知りたい、ということだろう。


「一応、2人とも自己紹介する動画だけ撮ろうと思ってたんだけど、せっかく仲良いんだし2人で何かやってみない?」


「い、いや——「はい、私やりたいです!」」


「おお、やってくれるかいエリカちゃん!ryogaくんも出てくれると再生回数上がるから助かるよ」


いや、俺一言も出るって言ってないんだけど……。


「でも、俺顔出しできないですよ」


「ああ、それは大丈夫。マスクとかサングラスとか用意してるから全然隠せるよ」


「もう、ここまで来たらやらないとですよ!」


両手を腰に当て、息子のワガママに呆れる母親みたいに頬を膨らませてこちらを見てくるエリカ。

くっ、なんで俺が駄々こねてるみたいな雰囲気になって……。


「まあ、ryogaくんがどうしても嫌なら自己紹介で声だけでもできるけど、どうする?」


「……分かりました。やります」


「やったー!一緒に頑張りましょうね、せーんぱいっ♪」


なぜか嬉しそうな様子のエリカ。

別に俺と一緒だからってそんなに喜ぶようなことでもないと思うが……。


——こうして、『ryoga』のyoutube出演が決まったのだった。

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クラスメイトに『根暗』と呼ばれ馬鹿にされている俺ですが、実は超人気声優です。 __ @kakerudd

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