第4話 日本語書物召喚

 何が起きたかは既に全員わかっている。

 取寄魔法アポートで日本語の本を取り寄せるには膨大な魔力が必要だったようだ。

 魔力平均値の俺ではとても足りない。

 結果全ての魔力を吸われかけ、慌てて中断したという訳だ。


「普通の取寄魔法アポートではとても無理ですね。数十倍以上の魔力が無いと干からびそうです」

 俺の結論にミランダさんは頷く。

「なら魔法陣や魔法式でオリジナルな魔法を組み立てないと駄目か」

「やってみます」

 俺は頷く。

 そこまでやる必要は無いと普段の俺なら判断するだろう。

 だがこの本と同種の本を取り寄せるという提案は俺にとっても魅力的だった。

 だからいつもとは違い、多少面倒でもやってみようと思う。


 一般に魔力と魔法の関係には次のような性質がある。

  〇 一般的に使用者や使用回数が多い魔法ほど魔力が必要

  〇 一般的で応用が効く魔法は条件が色々限定された魔法と比べ魔力が必要

 この辺は授業でもやったので俺でも知っている。

 理由の一つは空間を満たしている魔素の存在。

 魔素は対応する魔法の種類毎に色々な種類が存在する。

 熱系魔法の魔素、水系魔法の魔素、空間系魔法の魔素という具合にだ。

 更に熱系魔法の魔素でも温度変化に作用しやすい魔素とか炎熱魔法に作用しない魔素とか色々な性質の魔素があるそうだ。

 故に一般的に使われる魔法に対応する魔素ほど使われて濃度は薄くなる。

 濃度が薄いほど魔法を発動させるのに使用者の魔力を余分に必要とする訳だ。


 勿論各論となると他にも色々な法則や規則がある。

 例えば各魔法系統の魔素の基本濃度、つまり誰も使う人がいない場合の濃度はどの系統でも同じではなくかなり偏りがあるとか。

 例えば熱系の魔素の基本濃度は空間系の魔素の数千倍以上。

 だから熱系魔法は大勢でガンガン使っても問題無いし、実際建物の建築や道路の舗装、家庭における料理までさまざまに使われていたりする。

 でも今回は使うのは空間系の魔法だ。

 基本濃度がとりわけ薄いとされる空間系魔素を使うなら、それなりに工夫が必要。


 そこで魔力と魔法の関係に関わるもう一つの理由を使う。

 応用が効く魔法は条件が色々限定された魔法より魔力が多く必要になる理由だ。

 これはよく管を流れる水に例えられる。

 同じ水量を同じ時間に流すなら、管が太いほど水流の速さは遅くなる。

 逆に言えば管が細ければ細いほど水流は速くなる。

 そして水流を物に当てたら速いほど威力が大きい。

 つまり同じ破壊力なら管が大きいほど水量が多く必要になる

 応用が効く魔法は管が大きく、限定された魔法は管が細いと思えばいい。


 俺は鞄から紙とペンを取り出し、空間系魔法の基本魔法陣を描く。

 途中までは取寄魔法アポートの魔法陣と同じ図形と魔法式。

 だが魔法式で制約条件を色々と追加記載する。

 まず対象は『1980年代から2100年代くらいまでの日本で出版された書籍を含む印刷物』

 これなら俺が読めないという事は無いだろう。

 更に『誰かの私有財産か、紙代以上の価値として保有されているものを除く』を追加。

 誰かが大切にしている本を勝手に持ってきては申し訳ないからな。

 でもこの2種類の制約条件ではまだ弱い気がした。

 何か他に制約条件が無いだろうか。


「何でしたら代価を支払うってのはどうでしょうか。支払う代価も制約条件になりますわ」

 テオドーラさんが魔法式を見ながらそんな提案をしてくれる。

 確かにそれはいい案かもしれない。

 だから対象に『本来の価値が魔法に捧げる代価と同等以下のもの』と追加。

「代価はとりあえずこの程度でいいでしょうか」

 テオドーラさんは小金貨1枚10万円をテーブルに置く。

 おいちょっとそこの大貴族令嬢待ってくれ!

「多すぎますよ」

「私にとってはこれくらいの価値があるのですわ」

 御嬢様の価値観はちょっとずれている模様。

 でも魔法の成功率は上がるから今回はいいとするか。


「本当はテディの魔力でやれば成功率も大分上がるんだろうけれどさ。この魔法式には私に読めない部分がある。多分アシュノール君でなければ理解できないのだろう。とすると全面的にアシュノール君に頼るしかない訳だ」

 確かに一部日本語で書いたからわからないよな。

 でもその方が魔法の威力が上がるような気がしたのだ。

 この日本語がわかる者以外に使えないという制約条件にもなる。

 だから仕方ない。


「それではやってみます」

「待ってくださいな。少しでも成功率をあげたいですから」

 テオドーラさんは魔法威力強化の魔法を唱えたようだ。

 この魔法は周囲の魔素を集める効果がある。

 つまり次に唱える魔法は威力が同じなら魔力が少な目で済むのだ。

 俺としては大変ありがたい。


「では行きます。我此処に強く望む。空間系の魔素よ我が元へ集いたれ。我此処に強く望む、我が魔力と魔素によって……」

 オリジナル魔法は最初だと取寄魔法アポートのように簡略化した魔法式を使えない。

 だから全ての術式動作や呪文詠唱を省略せずに行う必要がある。

 こんな事はめったにやらないから大変面倒くさい。

 でももし上手く行けば2回目から簡略化した魔法式を使える。

 結果あの本と同じようなものを手に入れられて俺、ウハウハになる訳だ。

 だからつまらない動作や詠唱一つ一つにも力がこもる。


「……以上これら我が祈願を『日本語書物召喚』と命名する。日本語書物召喚! 著者●●●●の書籍、ただし目の前の本と同種同内容を除く。場所は指定せず。起動!」

 すっと俺の魔力が消費される。

 でも先ほどのような危険な感じではない。

 魔法陣上に置かれた小金貨がゆらゆらと揺らめいて消え失せていった。

 代わりにどさどさと数十冊のハードカバーが出現する。

 成功だ。

 ただ随分と数が出てきてしまった。

 違う作家の分まである。


 何故こんなに出て来たか理由は俺には想像がつく。

「やっぱり小金貨1枚10万円は少し多すぎましたね」

 どうやら代償の金額は日本における本の定価で換算される模様だ。

「でもこれだけあれば思い切り楽しめますわ」

 いや御嬢様ちょっと待ってくれ。

「この状態の本が何冊あっても翻訳できるのは俺だけですよ」

 日本語を読めるのは俺だけだからな。

「でも早く読みたいです」

 俺を不眠不休でこき使う気が!


 横でミランダさんが苦笑している。

「テディあまり無茶は言うんじゃない。翻訳がどれだけ面倒な作業かはフラン語の授業の事を考えればわかるだろ」

「……確かにそうですわね」

 テオドーラさんに理解して貰えたようだ。


 そしてミランダさんは俺の方を向く。

「さて次はアシュノール君に相談だ。そうは言ってもテディが読みたいというのは本心だろう。だったら少しでも効率よくやろうじゃないか。

 アシュノール君は他の人が読めない辞書も無いこの言語から展示されている『フィリカリス』になるまで翻訳できた。つまり君は充分この言語を理解している。違うかな?」

「それはそうですけれど……」

 微妙に嫌な予感がする。

 ミランダさん、何か企んでいないか?


「なら翻訳魔法でかなりの部分は訳せるはずだ。無論この言語用の翻訳魔法を組み立てなければならないし筆写分の時間はかかってしまう。それでも魔法を使わず翻訳するよりはよっぽど早い。違うかな」

「……その通りです」

 嫌な予感、更にひしひし。


「アシュノール君の時間をあまりに使うのは申し訳ないからさ。翻訳時間は放課後、この部屋でやるだけにしよう。

 具体的に言うと、アシュノール君はこれから毎日放課後にこの部屋に通ってもらう。通ってやることはこれらの本の翻訳だ。翻訳魔法を使えば1時間で20頁以上は楽に進むだろう。

 この部屋で翻訳すればテディも翻訳したての内容を読むことが出来る。違うかな」

「それは大賛成ですわ」

 テオドーラさん、目を輝かせる。


「もちろんそれだけならアシュノール君にとっては単なる強制労働だ。だから私は君にこの作業に対するちょっとしたインセンティブを提案しようと思う。

 具体的に私がするのは売込み活動だ。一応これでも結構大手の商家の娘だからさ、図書館出版局や出版社にも知り合いがいる訳だ。私が責任もって翻訳後の物語を売り込んでお金にしよう。アシュノール君は上手く行けばかなりの収入が得られる訳だ。

 どうだいアシュノール君、この提案は?」

 俺が思ってもみない提案だ。

 でも確かにこれでお金が稼げるならそれはそれでいいかもしれない。

 少なくとも部屋住みの捨て扶持よりはお金も入るだろう。


「でも売れますか、こんなのが」

「今までのどんなお話よりも面白かったですわ」

 テオドーラさんが妙に強気な太鼓判を押す。

「悪いが商家の娘なんで金になるものは直感でわかるんだ。その直感がこう言っているんだな。この機会を逃すなと。

 さあどうだいアシュノール君。この提案を受け入れてくれるかい?」


 今思うとこれが悪魔の誘いだった。

 だが俺はこの時、欲に釣られてしまったのだった。

「今ひとつ自信は無いですけれど、でもやってみましょうか」

「嬉しいですわ。これからよろしくお願いいたします」

 テオドーラさんが俺の両手を取ってぶんぶんと握手のような事をする。

 俺としては女性に免疫がないのでかなり気になるのだけれど。

 手に汗をかいていないかとか。


 そんな事で俺は高級学校も残り半年ちょいで終わりという秋の日に、翻訳の為に生徒自治会室へ毎日通う事を約束させられてしまったのだった。

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