第129話 危険の兆候

 昼食はサンドイッチと南蛮漬けとカルパッチョとサラダとスープ。

 カルパッチョの魚はやや透明な白身で切り身が結構大きい。

 かみしめるといい感じの歯ごたえと旨みを感じる。


「この魚はスズキかな」

「そうです。ナディアさんが釣りました」

「こんな大きいのがかかるとは思わなかったけれどね。どうやら小さい鯖が釣れてそれに食いついたみたい」

「他は小鯖ばかりでした」

「でもこの南蛮漬けも美味しいよね」

 確かに。


 なおこれだけ魚が多彩なメニューなのにサンドイッチにビフカツが入っているところがナディアさんだなと思う。

 ナディアさんは肉、それも塊系統が大好きだから。


「ところでネイプルの空気が悪いとはどういう事でしょうか」

 そういえばその話だったな。

 ミランダはふっとため息をついてから話し始める。


「街全体が荒んでいる感じだ。理由は簡単、穀類の物価上昇だな。これじゃ生活できないって訳でさ。もう街のあちこちを衛士が立って警戒しているような状態さ」

「どうしてそんな事が起こっているんですか」


「元々はスティヴァレ自体の発展が元なんだけれどな」

 ミランダが解説を始める。


「今の国王になって開拓や新産業開発が盛んになった。そこまではいいんだ。だがその結果食料の需要は多くなった。勿論新規開拓の成果も徐々に出てきているし流通もかなり改善はされている。だから今まで通り回っていれば若干物価が上がる代わりに収入も増える筈なんだ。

 ところがそこで欲をかいた連中がいる訳だ。物価、特に穀類の物価が将来上がっていく事が確実なら流通に回さず抱え込んでおけば儲かるんじゃないかってな。

 他にも欲をかいた連中がいた。農村部まで物価情報が回るのは遅くなるから、物価が上がる前に農村部から農産物を買い占めてしまえばいいんじゃないかとさ」


「つまり買い占めと青田買いが理由って事でしょうか」


「いや、これは実は去年までの状況の話なんだ。これは偽チャールズ事件や陛下の措置で少しは落ち着いた。この少しは落ち着いたというのが今年の夏、偽チャールズ事件第3弾等が終わった頃の話だ」

 つまりミランダの話はまだ先がある訳か。


「さて、南部は麦の他に米も栽培していて主食にしている人も多い。そして米の収穫は秋で新米が流通するのは秋の終わり頃からになる。ところがそこで問題が発生した。農家がなかなか米を売らなくなったんだ。


 早期に売れば安い値段で買われてしまう可能性が高い。現に昨年はそうだった。なら今年は出来るだけ遅く売って去年の損をとりかえそうって訳さ。


 結果、特に米の値段は昨年の5割増し以上になった。つられて他の穀類の値段も上がった。特に米を主食としている南部で農村地帯ではない街ではその影響が大きい訳だ。領主や国が備蓄を放出しているけれどまだ効果はそれほど出ていない。


 街の労働者からは給与が上がらないのに物価が上がったと不満が出る。農村部は物価が上がったのに買い取り価格が上がっていないと不満が出る。穀類を扱う商会は今年は何もしていないですよとしらばっくれる。つまりはそういう状態だ」


「それって解決方法はあるのでしょうか」

 サラの質問にミランダは肩をすくめる。


「ゼノアではここまで酷い状況じゃなかった。つまり今の事態は南部がメインなんだろう。なら北部から南部に穀類を回した上で物価統制令でも国がしかければいい。


 だが実際はそううまくもいかないだろう。北部でもそこそこの値段で売れるものを何故南部に回さなければならないんだ。ほうっておけば高く売れるものを何故安く売らなければならないんだ。大体において大手の穀類取扱商社は領主とくっついているからさ、その辺で賄賂でも何でもしかけて何とか物価統制令をごまかそうとする。


 結果、国が出した物価統制令もうまく回らない。となると残る方法は限られる。原因となっている領主の領地統治権を剥奪して国の直轄とするか、さもなくば超法規的な措置を使うかだ。領地統治権剥奪なんてのはやると全国の貴族から反発を買うから無理だろう。となると出来る方法はひとつ、超法規的措置だ」


 テディが頷く。

「偽チャールズ事件ですね。原因となる商会や貴族を襲って強制的な措置を使わせる余地を作るとともに庶民の不満のガス抜きをする訳でしょう」


「そういう事さ。近々ネイプルでも偽チャールズによる事件が発生するだろう。それは正直いい気味だと思う。領主のアシャプール侯爵家もレオンヌ商会も自業自得だからな」


「レオンヌ商会って昔ミランダが婚約させられそうになった奴の実家だっけ」

 フィオナの台詞にミランダは苦笑いする。


「そんな話も昔あったな。親父は今頃そうしなくて良かったと胸をなで下ろしているかもしれないけれどな。大手の穀類扱い商社は今や火薬庫みたいなものだから。

 ただ偽チャールズに襲われるのならまだいい。それ以上の事になると厄介だ」


「どういう事かな」

「庶民の暴徒が加わったら大変な事になるでしょう。そういう事ですわ」

 フィオナの疑問に今度はテディが答える。


「偽チャールズだけの犯行なら犯人がつかまりませんである程度はごまかせます。ですがそこに庶民の暴徒が加わると当然衛視庁も捜査をしなければなりませんし被疑者も出てくるでしょう。その被疑者が厳罰を食らった場合、領主と大商会対庶民という対立が明確化してしまいますわ。そうなるともう強制的な措置でなければ抑える事は出来なくなるでしょう」


「そういう訳だ」

 今日のミランダはため息が多い。


「スティヴァレでは皆が魔法を使える。だから完全武装の兵でも3倍の民衆には勝てない。だが長い事戦いが無かったせいで貴族様はその辺に気づいているのか気づいていないのか。陛下くらいに危機意識があれば別なんだろうけれどな。

 ただ私達として出来ることはそれほど無い。せいぜい商会として救護院に寄付するかこの社会状況をレポートにして警告するか程度だな。でもレポートにしたところで読んで貰えるかどうか。庶民には口当たりのいい号外紙の貴族・商会打倒の方が耳に入りやすいだろうし駄目な貴族どもには何を書いてもどうせ読んでは貰えない。

 全くもって陛下も大変だなと思うよ。私も今の国王はやりたい商売じゃないな」

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