第2章 ゼノアでの新生活

第9話 拠点へ到着

 馬車よりは船の方が遥かに楽だ。

 それが経験者のテオドーラさんとミランダさんの意見。

 でも俺とフィオナさんにとって船旅は厳しいものだった。

 結果として1泊2日の船旅の最中、俺とフィオナさんはほとんど意識無しの状態。

 テオドーラさんに睡眠魔法をかけ続けられたのだ。

 理由はまあ想像つくだろう。

 船酔いという奴である。

 何せ常に支えとなるべき場所が揺れているのだ。

 一度気分が悪くなると耐えられなくなる。


 結局飯もほとんど食べられないままゼノアに到着。

 俺はミランダさんに、フィオナさんはテオドーラさんに支えられて何とか上陸。

 このままではまともに歩けないので船着き場近くの店で休憩。

 ピタパンのサンドイッチを食べてやっと落ち着いた。

「今回は順調な方だったよな」

「そうですわ。風待ちもなくて波も比較的穏やかでしたし」

 経験者2人はそんな事を言っているけれど、だとしたら余計にだ。

「もう船は一生いいや」

「僕もかな」

 フィオナさんと2人でがっしり握手。

 そんな事を言える程度には回復したところで歩き出す。


 ゼノアは見た感じ海沿いの平地から山に向かって開けた感じの街だ。

 海から徒歩2~3時間くらい離れた台地上にあるラツィオの街と比べ、海が近いというか海と街が一体化しているというかそんな感じ。

 そして地形上、海から離れる方向は自動的に坂道上りになる。

「港からどれくらいだっけ」

 ほぼ2日飯を食べていない身体には微妙な坂でも結構堪える。

「だいたい半離1km位だな」

 それならあともう少し歩けば到着か。

 正直言ってすぐに家に帰って休みたいところだ。

 だがそうすると今日の飯が食べられない。

 何せ新居にも荷物にも食料が無いから。

 だから心ならずもちょっとした提案をする。

「家に行く途中で食料の買い出しをしておかないか」


「そう言えばそうだな」

 納得するミランダさんの隣でフィオナさんが余分な事言いやがってという表情。

 気持ちはよくわかる。

 俺だって早く休みたい。

 でも今買っておかないと後が苦しいのだ。

 そこを理解してくれると助かるのだけれど。

「なら市場へ寄って行こう。ちょうど通り道だしさ」

「何が売っているのか楽しみですわ。私、自分で市場で買い物をしたことが無いものですから」

 元御嬢様テオドーラさんは本当に家から勘当されて大丈夫だったのだろうか。

 生活力が大変にヤバそうだ。

 でも後悔してももう遅い。

 とりあえず飯については俺が何とかしなければならない。

 幸いお金はあるし手荷物もそれほど無い。

 大部分は運送屋に頼んだから。


 大通りから1本山側に入る。

 途端に人が増えて来た。

 すぐに賑わっているそこそこ広い通りに出る。

 これがこの街の市場通りなのだろう。

「食料の買い物はアシュノールに任せていいか。実は私はよくわからないんだ。どんなものを買っていいか、何がどれくらい必要か」

「私もですわ」

「同じく」

 3人ともあてに出来ない模様。

「なら食料は俺が選びますから、それ以外必要そうなものは頼みます」

「了解だ。と言ってもそれも私は自信無いけれどな。フィオナ頼む」

「わかったよ」

 つまり本調子ではない2人が責任もって買う訳か。

 大丈夫だろうか。

 でもまあ仕方ない。


 入口からの数軒は取り敢えずこの辺の相場を確認するつもりで見るだけにする。

 あとはまあ、客が多い処を狙えばいいだろう。

 取り敢えずパンとチーズ、出来ればスパゲティの乾麺とかも仕入れたい。

 オリーブオイルと岩塩、ニンニクも絶対必要だ。

 野菜は冷凍トマトとジャガイモとタマネギがまず必要かな。

 あとは売っているものを見ながら色々考えよう。

 肉はまあ、値段で見て安い奴で。

 そんな訳で途中から本気での買い物が始まる。

 何せ家に何もないのがわかっているので俺も真剣だ。

 チーズだのパンだの基本的なものだけであっという間に荷物が膨れ上がる。


「誰か自在収納袋持ってないか?」

「あ、私が持っていますわ」

「私も持っているぞ」

 助かった、ほっと一息。

 自在収納袋はRPGで言うアイテムボックスみたいなものだ。

 あそこまで容量無限大では無いけれど、入れたものは重さを感じなくなるし新鮮さもそのままだがら大変都合がいい。

 その分高価だから庶民や貧乏貴族は手が出ないけれど。


 なら思う存分買うとするか。

 気合が入った理由は簡単、魚市場があったのだ。

 魔法で冷やしたまま持ち込まれているらしくどれも新鮮でいい感じ。

 これは刺身にしなければ元日本人としては申し訳ない。

 醤油が無いからカルパッチョになるけれど。

 そんな訳で鰯を加工用含めて1重6kg、スズキを半身、タコ1匹、クルマエビらしきエビ12匹購入。


「こういうものってどうやって食べるんだ?」

 寮ではほとんど魚料理が出なかったからな。

 ラツィオの街でも魚料理は少ないし高いし。

「まあこの辺は任せて下さいよ」

 醤油や味噌は流石に無いが、酢はバルサミコ酢もリンゴ酢もレモン酢もある。

 匂いがちょい強烈だけれど魚醤もある。

 ハーブ類とニンニクは無いと料理がしまらない。

 米はあったがちょい高かったので半重3kgだけ購入。

 代わりに押麦を1重6kg購入。


 なお色々買っているのは俺だけではない。

「皿とか食器類、鍋とかやモップやバケツ等は家にあるんだっけ?」

「ある程度はあると思う。持ちきれない什器は置いて行ったと聞いているから」

「なら念のため最小限だけ買えばいいかな」

 その辺の日用生活用品類はフィオナさん担当。

 さっきまで調子悪そうだったのに元気が戻ってきている。

 俺もそうかもしれないけれど。

 買い物は人を元気にするのだ。

 財布を気にせず好きなものを買いまくれる場合は特に。

 それでも結構疲れてはいたので買い物は1時間くらいで終了。

 自在収納袋の容量めいっぱい買って、入り切れなかったパンとか軽い物は普通の袋に入れた状態で手に持って歩き、そして一軒の大きい家の前にたどりつく。


「思ったより大きいですね。しかも背が高い」

 4階建てなんて建物はあまり無いから正面から見ると結構圧迫感がある。

 しかも値段と広さの割にはそこそこ綺麗な建物だ。

 雨漏りとかそういう心配はしないで済みそうな感じに見える。

「楽しみですわ。早く入りましょう」

「ちょっと待ってくれ。暗号呪文は確か……」

 ミランダさんがメモを取り出し、暗号呪文を読み始める。

 この世界、家の施錠は機械的な鍵ではなく魔法で管理するのが普通だ。

 あらかじめ自由に出入りできる人を認証させておいて、他は出入り可能な人が開けた場合だけ他の人も通れるようにするのが一般的だ。

 だが借りた家に最初に入る際は認証していないからこの手段が使えない。

 その場合はこうやって暗号付開錠魔法を使う。

 暗号呪文で開けた人が最初の認証者になり、他に入れる人を認証する仕組みだ。


「よし、扉が開いた。認証するからちょっと待ってな」

 ミランダさんが俺達が玄関を通れるように認証してくれた。

「さて、今日からここが私達の新しいお家ですわ」

「まずは荷物を整理しないとな」

 俺達は中へと一歩踏み出す。

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