第152話 ラツィオの街内

 この先どうなるか、大筋は見えている。

 ラツィオに籠もってじり貧となった陛下と近衛・第一騎士団は事態打開の為にもっとも近い大都市フロレントとネイプルへと進軍。


 だが進軍途中で俺達に敗れ敗走の後ラツィオで最後の戦闘。

 そこでもチャールズ・フォート・ジョウント率いる第二騎士団主体の部隊に破れ、国王陛下も崩御。

 結果チャールズ・フォート・ジョウントを中心とする対策本部が王宮に入城し、前国王陛下を倒した実績により新たな政治体制を作る事になる訳だ。


 だがこのシナリオのままでは陛下を救うことが出来ない。

 陛下の死去が敗戦及び新たな政治体制への条件となるからだ。


 陛下を殺さないで条件を達成するのは難しい。

 本人に死ぬ気が無いならほとぼりが冷めるまで何処かに隠れて貰えばそれで済む。

 チャールズ・フォート・ジョウントの魔法により帰れない場所へと飛ばされたとでもすればいい。


 だが本人にその気が無いのが問題なのだ。

 今の俺の魔法では陛下をスティヴァレに戻れない状態にする事が出来ない。

 どんな閉鎖空間を作っても陛下は移動魔法で戻ってくる事が出来る。

 俺の魔法が陛下より多少威力が上であろうとそれは変わらない。

 かといって陛下が戻って来れない場所というのが俺には思いつかない。


 悩みつつも当面の業務である平民のラツィオ脱出援助を行う。

 未来視で騎士団衛兵の動向も確認できるので失敗は今のところ無い。

 午前中だけで20家族100人以上を無事移動させ昼食休憩。


 なお昼食休憩は移動魔法で別荘に帰って行う。

 黒装束の奥の素顔を見られる訳にはいかないから。

 サラが作っておいてくれた昼食を自在袋から取り出し、ミニ龍2頭とお食事だ。


 本日の昼食はデミカツ丼と海鮮入りサラダ。

 サラがわざわざ俺の好物を作ってくれたようだ。

 だがナディアさんがいないとミニ龍2頭の攻撃が厳しい。

 ニアは寄こせと足をつついてくる。

 マイアは俺の正面でうるうる目で訴えている。

 この攻撃に俺は弱いんだよな。

 仕方ないから何かやろうかと思った時だ。


 ふっと俺の未来警告魔法が起動した。

 これは未来視を応用して作った魔法だ。

 俺が関わる出来事で事案発生の兆候があると発動するようになっている。

 すぐに未来視を使用して確認。

 これは急いで対処する必要がある。


「ニア、マイア。俺は急用で出かける。残っている物は食べていい」

 ぱたぱた羽を広げてテーブルの上にやってくる2頭を見ながら俺は顔が見えないように頭巾をセットし直して移動魔法を起動。

 移動先はラツィオの市場だ。


 市場は俺達が高級学校にいた頃と比べると閑散としている。

 商人が徴用を嫌ってラツィオを避けるようになったからだ。

 脱出した商人も多い。

 結果残った僅かな店が、王室や貴族に直結した商人経由で流されたものを使用して細々と販売している状態だ。


 なお物価は以前の5割増し程度。

 これでも店の方の利益はほとんど出ていない。

 その辺は買う方もわかっているので混乱は比較的少ない。

 だが時に面倒な連中がやってくる。


「徴用だ。第一騎士団の名の下にこの店にあるパン及び惣菜類を徴用させて貰う」

 騎士団員5人がパン・惣菜店に入ってそんな事を言っている。


「これは国王庁から一般販売用に卸された小麦で作っているのですが」

「非常事態につき徴用だ。役に立てる事をありがたく思え」

 もちろんこれは正規の徴用では無い。

 単なる恐喝だ。

 物価高の現在、騎士団内では高級貴族を除いて食糧は配給制になっている。

 それで足りなければ金を払って購入すればいいのだが、それを惜しんだのだろう。

 仕方ない、介入だ。


『正規の徴用なら命令書と軍票がある筈だ。違うか』

 まずは姿を見せないまま伝達魔法で問いかける。


「め、命令書は後ほど提示する」

 おっと、この騎士団員のうち中央にいる偉そうなのは俺が知っている奴だ。

 高級学校で見た顔だな。

 そう思いつつ続ける。


『命令書を先に提示の上、軍票を出して書かれている値段を記載し手渡す。それが徴用の最低限の規則だ。非常事態法にもそう記載してある』


「平民の癖に逆らうのか」

『お前は頭が弱かったな、ジゴロフ。高級学校でも本来落第だったところを親の威光で進級させて貰っていたという記録がある。それが今は十卒長か。伯爵様の威光とは大した物だ。今やっている事は平民に対するたかり行為だが』


「煩いぞ無礼者。貴族様のお役に立てることを……」

『論理でかなわないから力押しか。私としても望むところだ。そちらの方がむしろ得意だからな』


 ここで俺は姿を現す。

 俺の正体を知った騎士団員5人がひくっと震えた。

『我が名はチャールズ・フォート・ジョウント。民衆の敵に仇なすもの』

 伝達魔法と同時に5人を店外へ移動魔法で追い出す。


『もし諸君らが私と戦う事を望むなら、チャンスを与えよう。だがかかってくるならその代償も考えてからにした方がいい』

「く、くそ。戦略的撤退だ!」

 あっさり5人は逃走する。

 

 今日のところはこれ以上奴らがこの店に関わってくる事は無い。

 この店をチャールズ一味だと隊内で報告したとしてもだ。

 今のラツィオで残っている店は貴重な存在。

 これ以上店が減るとラツィオ内での生活が成り立たなくなる。

 暴動すら起きかねない。

 結論として今の状況ではこの店をチャールズ一味として摘発するデメリットの方を重視する筈だ。


 更に言うと報告を受けた場合、隊も何が実際に起きたのか把握するだろう。

 今の連中にとってそれは好ましくない事態だ。

 結論として奴らに出来る事は何も無いし変えられる事も無い。

 俺の未来視でもそう出ている。


『店番お疲れ様。今後も宜しく頼む』

 俺は実は顔見知りの店番に魔法で声を掛ける。

「チャールズさんが来なければ俺自身でぶちのめしてもよかったんだがな。あれくらいなら魔法を使われる前に全員始末できる」

 店番の男が指をポキポキ鳴らしながらそんな台詞を吐いた。


 この店番は実は冒険者だ。

 今のような事態が多発するため、この市場の主な店は店番に冒険者を雇って出している。 

 勿論店の商品であるパンや惣菜は正規の店の主人が作っている。

 冒険者は店番をするだけだ。


 なお冒険者の雇用代金は冒険者ギルドと俺達対策本部が折半で出している。

 これも対策本部が行っている保護策の一環だ。

 同時にこれらの店が拠点のひとつにもなっている。

 脱出の手助けをしたり無検閲の号外をまいたりする為の。


 更に対策本部と商業ギルドで店へ北部や最南部から買い付けた穀類や野菜、肉類を卸したりもしている。

 ちなみにそれら食糧は価格上昇の少ない街の商業ギルドが買い付けを実施。

 ラツィオの商業ギルドが取寄魔法を使って受け取り。

 各店舗で取寄魔法を使って受け取る方法だ。

 何せラツィオは食糧難。

 だからこの辺にも神経を使うのだ。

 

『それでは私は戻る。市場を頼む』

「任せな。あんなの何人来ようが敵じゃねえ」

 俺は彼に手を振りつつ、移動魔法を起動した。

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