第40話 学校へ通う意味

 サラ自身も進学の事が結構気になるようだ。

 午後はミランダとフィオナが外回りに出て俺とテディ、そしてサラだけ。

 そしてテディは半ば趣味を兼ねて小説をのんびり翻訳している状態だ。

 つまりサラにとっても話しやすい状態。


「高級学校なんて農家出身の普通の女の子には贅沢ですよね」

 案の定それとない感じでサラがテディに尋ねてきた。

「私はそうは思いません。行きたいと思う人は行くべきだと思いますわ」

「でも行っても私では役には立つかどうか」

「役に立つかどうかは判断基準ではありませんわ」

 テディはそう言って、そしてサラに問い返す。


「例えばサラは本が好きですよね。本を読むとき、この本は役に立つだろうかと思って読むかどうかを決めるでしょうか?」

 サラは少し考えて答える。

「いいえ」

「それと同じですわ。読みたいから読む、それでいいと思いますしそれが正しいと私は思います。そしてそうやって読んだ本がいつしか自分の考えを構成する要素のひとつとなっている。

 学校もそれと同じですわ」

 テディの奴、なかなか綺麗に例えているなと思う。

 俺だとこういった感じの台詞はうまく言えない。

 翻訳で書いたりはするけれど。


「学校に行くことが出来る時期というのはやはりある程度若いうちです。領立ならある程度稼いでから入る方も多いですが、どうせ学ぶのでしたら早いうちの方がいいですわ。それに学校で学べるのは学問だけではありません。自分とは違う考えを持つ友人と出会えるのも学校のいい部分です。私達も高級学校で出会ったグループのままここでお仕事をしていますし」

 うんうん、テディなかなか説得工作が上手だ。


「でもこちらの皆さんにご迷惑がかかるんじゃ……」

「確かにサラの美味しいご飯が食べられなくなるのは痛いですわ。でもそれでサラの邪魔をしたと思ったらもっと心が痛くなります。私達に取ってはその方がよっぽど嫌です。ですからサラが進学されたいと思うなら、むしろ進学された方が私達も気が楽ですわ。ご飯はまあ、なんやかんや言ってアシュも作れますし、簡単でも良ければ私やフィオナも出来ますから」

 ただサラが作るものに比べると質・量ともに落ちるけれどさ。

 その辺の腕はやっぱりサラ様々だったりする。


「あと考えても結論が出ないときは、より積極的な方を選ぶのも方法の一つです。その方が後に納得できる可能性が高いと感じています。今までの私の経験では、ですけれど。今の現状なんてまさにそうですわ」

 侯爵家を勘当された本人が言うと異様な説得力あるよなと俺は思う。

 サラはその辺の事を知らないだろうけれど。


「わかりました。それではもう少し考えてみます」

「じっくり考えて、後で納得できるようにして下さいね」

 こういう物言いって本当にテディは綺麗だよなと感じる。

 常に俺にはもったいない位だと思っているから惚れ直すことはないけれど。

 俺が訳した物語もテディの手にかかるとより一層綺麗になるのだ。

 多分テディ自身が綺麗な人だからだろう。

 なんて思って、まずいまずいと思い直す。

 俺は1週間分のお休みの為、翻訳作業に没頭しなければならないんだった。

 よし集中するぞと思った時。


 コンコンコン、ドアのノック音だ。

イービス商会さん、速達書留便です」

「私が出ます」

 ささっとサラが出て行って、サインして受け取ってくる。

 なおイービス商会とは要するにここの事だ。

 最初は『アシュノール商会』にしようとミランダが言い出したのだが、俺が断固反対してこうなった。

 なおこの世界ではイービスは知恵の神の使いという伝説はない。

 だから本の裏表紙には

イービスはとある世界で知恵の神の使いとされています。我々も皆様に知恵と知識、そしてひとときのこの世界とは違う体験を提供したいと思っています』

なんて説明が書いてあったりする。 

 なんて余談は置いておいて。


「どちらからのお手紙でしょうか」

 ここに手紙を出してくる者は結構いる。

 読者だの出版社だの王妹殿下だのいろいろだ。

 でも書留なんて面倒なものを使う相手は限られている。

 そして俺には予感というか来るあてがあった。

「国王庁企画部となっておりますわ」

 やはり陛下だな。

 そう確信する。


「開いてみよう」

 開いて読んでみる。

 内容は国王庁への招致状だ。

 簡単に言うと、

『オーキッド伯爵領内新規開拓地における灌漑用水汲み上げ方法が他の開拓地においても有効と認められる。ついては本件及び類似案件等についての説明を求めたい』

という内容。

 期日は12月1日から12月6日。

 つまりはまあ、陛下が言っていた工作そのものだ。


「これっていったい何なのでしょうか」

 そうかサラは知らないんだな。

「以前、水がない開拓地で水を得る方法を教えて欲しいという依頼があったのですわ。それに対してアシュが川の流れを利用して自動的に水を高所へくみ上げる装置について翻訳して、開拓を担当する商会へと教示したのです。その件を国王庁が聞きつけて、他の場所でも使えないかと思ったのでしょう」

「ここではそんな事もやっているんですか」

「たまにというか、断れない場合だけかな」


 どうせならどんなものか見せた方が早いだろう。

 なので隣の図書室予定地へ行って、提出したものや提出までに訳したもの等をもってくる。

「こんな感じかな。何通りかの方法を書いてあるけれど、結局はこの水車でポンプを動かす方法にした」

 サラは図面を一通りじっくり見る。

「こういう事も高級学校で教わるのでしょうか」

「これはアシュの独自の魔法ですわ。アシュはここよりもっといろいろな事が進んだ場所から本を取り寄せることが出来ますの。花の名前ノメンフロッスもそうやって取り寄せた本を訳したものですわ」

 これはここの秘密事項だけれどもサラには言ってもいいだろう。

 そうテディは判断したらしい。

 俺もまあ大丈夫だろうと思うので特に異をとなえることは無い。


「でもこんな事をご存知なら、ひょっとして学校に通う意味とかは無かったのではないでしょうか」

「そうでもないさ」

 その辺については俺なりに思っていた答えがある。

「こういったより進んだ世界の事を知っていても、それをスティヴァレに合わせてスティヴァレの言葉で説明するにはそれなりの知識が必要だ。まあその辺、俺の知識や技術だけでは足りない事があるからフィオナに調べて貰ったりもするんだけれどさ。

 翻訳だって俺が訳しただけの物語とそれをテディが書き直した物語では全然違う。テディが書き直した方がより綺麗というのかな、心にしみる物語になる。

 それに俺1人じゃそもそもこういう仕事を興す事は出来なかった。学校でテディ達に会って、様々な経緯があってこうなった訳だ。そういう面を含めてあの学校に通った事は意味があったと思っている」


「その辺も踏まえて、サラにも高級学校に通うという体験をしてみていただきたいのですわ」

 テディが続ける。

「それで得る様々な事がサラにとって得難いものになってくれると私は思うのです。きっとここの皆さんもおなじ考えだと思いますわ」

 さすがテディ、綺麗にまとめてくれた。

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