第41話 孫悟空&仙豆理論

 さて、俺はテディ達に留守を頼み、ちょいと出掛けさせて貰う。

 場所は以前も行ったあの服屋だ。

 理由は簡単、魔法武闘会用の服装を整えようと思ったのだ。

 会場のあるラツィオには高級学校までの知り合いがいる。

 だから俺だとわからないような服装にしたい。

 服装のデザインは既に図面にしてある。

 陛下から参加しろと言われた後、こっそり作業して作ったものだ。

 無論俺独自のデザインとかではない。

 そんなセンス俺には無いからな。

 頭巾まで含めた黒子の衣装だ。

 人形浄瑠璃で人形遣いが着る顔が隠れた黒い衣装。

 あれを着れば中身が俺だとはバレないだろう。

 ここスティヴァレには無い衣装なので異国人と思われる可能性はあるけれど。

 なお本式の黒子衣装だと着用しにくい部分があるので少し手直しはしてある。

 ズボン部分とか腹甲部分とか。


「いらっしゃいませ。どのような服をお望みですか」

 いつもはこういった接客は苦手なのだが今日に限っては都合がいい。

「独自のデザインの服でも図面があれば作って頂けますか」

「多少お時間を頂きますが可能です」

 よし。

「ならこのような服をお願いしたいのですが。布地は艶の無い黒色で丈夫なもので。前にかかるこの部分だけは同じく黒色でも薄くて向こう側がある程度透ける程度の厚さでお願いします」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 流石プロだ。

 図面を見て文句も言わずあっさり引き受けてくれる。

 そしてすぐに布地を数種類持ってやってきた。

「艶の無い黒色で丈夫な生地ですとこのような物がありますが、どちらが宜しいでしょうか」 

 薄手の革なんてのも格好良さそうだが、ここはある程度通気性が良くてしっかりした厚めの綿生地を選んでおく。

 待てよ。


「この手の甲部分と、腹に掛けるこのパーツ、あと膝と肘部分はこの黒い革をつけて補強して頂いて宜しいでしょうか」

「かしこまりました」

 更に顔を隠す部分も薄いやはり黒色の綿生地に決める。

「この仕様ですと小金貨1枚10万円になりますが宜しいでしょうか」

「期間はどれくらいで出来ますでしょうか」

「何分ここで作った事の無いデザインですので、途中で一度合わせつつご確認いただいた方が宜しいかと思います。2時間ほどで一度来店していただいて確認した後、1時間かけて仕上げるという形はいかがでしょうか」

 フルオーダーでその早さで出来るのは異常だよな。

 いくら魔法があるとはいえ。

 でも俺としては都合がいい。

「それでお願いします」

 先払いして店を出る。


 さて、ついでに魔法武闘会にふさわしい小道具も購入しておこう。

 そんな訳で次に向かうのは武器屋だ。

 待てよ、この付近だと冒険者が少ないから武器屋もそれほど栄えていないよな。

 どうせ購入するならアイテム数の多い場所の方がいい。

 南部でその手の店が多そうな街というとカラバーラあたりがいいかな。

 スティヴァレでも一番南側にある街だ。

 そんな訳で路地に入り、人目が無い事を確認して魔法移動しようとして断念。

 行った事が無く資料も無い場所だと移動できない模様だ。

 せめて地図でも手元にあれば別なのだろうけれど。

 確実に行けるのはラツィオだが、昔の知り合いに見られるとあまり嬉しくない。

 仕方なくゼノアの商店街を歩いて適当な武器屋へ。


 本当は剣とか槍あたりの攻撃的な武器の方が格好いいのだろうが、俺の筋力では正直心もとない。

 ここは魔法使いらしく杖か棒にするべきだろう。

 あの黒子衣装に合いそうなのはと見てみて、そこそこ長い黒色木製の杖を選ぶ。

 棒としても使える程度の長さで、魔法銀ミスリル魔法金オリハルコンで装飾を兼ねた魔法導線がついているので魔法増幅機能も期待できる。

 これでいいかな。

「この杖、お願いします」

小金貨5枚50万円だがいいかい」

 まあ妥当な値段だろう。

「それでお願いします」

「それじゃ魔力に合わせて調整するからちょっと握って魔力を通してくれ」

 言われた通り魔力を通す。

 店のおっさんは杖先端のネジ式になっている調整具を回し、そして熱魔法で長さを固定した。

「これで魔力にあった出力が出る筈だ」

 確かに素直に魔力が通るのが感じられる。

 今まで魔法杖を使った事は無かったんだけれどこれもなかなかいいかもな。

 翻訳魔法を使うにはちょい大きすぎるけれど。

 そう思いつつ購入し自在袋へ仕舞う。


 さて、ある程度は筋力もトレーニングしておいた方がいいだろう。

 方法論は既に考えてある。

 ド●ゴン●ールの孫悟空&仙豆方式だ。

 筋肉を限界まで使ってその後超回復させ、また筋肉を限界まで使ってという繰り返しで筋力を増強する。

 普通の超回復だとそれなりに回復時間が必要なところ、某悟空は仙豆というチートアイテムを使って時間を短縮した。

 そしてスティヴァレには仙豆は無いが治療回復魔法がある。

 つまり極限トレーニングをやった後治療回復魔法を使えば同じ事が出来る筈だ。

 

 更にトレーニング方法も考えてある。

「空間操作! 時流操作、対象俺、速度十分の一。起動!」

 こうするとどうなるか。

 俺の体感での1秒が、普通の人の10秒になる。

 つまり俺の動きが遅くなる訳だ。

 この状態で普通の人と同じように歩けばそれだけでかなり凶悪なトレーニングになるだろう。

 無論これだけで普通の人の動きが出来る訳はないので、もう一つ魔法を使う。

「身体強化! 筋力のみ、魔法増力なし、対象俺、7倍。起動!」

 これで俺はいつもの7倍筋肉を使う事が出来る。

 ちなみに7倍というのは魔法増力を使わず筋肉の限界的な動きを出せる最大値とされる値。

 つまり魔法で筋肉を全力で使いまくって鍛える訳だ。

 他の人からは普通に歩いているように見えるけれど。


 歩き出してみて気付く。

 普通に歩けていないな、俺。

 見かけの早さを常人並にすると歩き方がかなり怪しい。

 何せ他の人と同じ速さで歩こうと思うだけで強烈に力を必要とする。

 いつもは特に感じない慣性すら俺の邪魔をする状態だ。

 やばい位疲れる。

 でも疲れるという事は俺の作戦が正しいという事だ。

 なので商店街を極力他の通行人と同じ速度で歩く。


 僅か半離1km程度歩いただけで筋肉がひくひくしてきた。

 そろそろ頃合いかな。

 治療魔法と回復魔法を交互にかける。

 おっと、身体が軽くなった。

 

 キン、キン、キン、キン。

 甲高い音が辺りに鳴り響いた。

 何だ! そう思ったが付近の人は誰も驚いていない。

 ああ、これは時間を知らせる鐘の音か。

 俺の時間が加速している分、鐘の音が甲高く聞こえた訳だ。

 ならそろそろ服屋へ向かうとするか。

 慣性に苦しめられながらも俺は再び歩き出した。


 ◇◇◇


「ただいまー」

 何とか我が家にたどりつく。

「どうした、アシュにしては遅かったじゃないか」

「それに何か疲れているようですわ」

 テディに気づかれた模様。

「久しぶりに外に出たからさ。市場とか図書館とかあちこち回ってみた。運動不足だな、我ながら」

「確かにアシュは運動不足かもね。安息日くらいは外へ散歩に出たりした方がいいと思うよ」

 フィオナ、ナイスフォローだ。


「それにしても12月最初の週はアシュがいないのか。スケジュール大丈夫かな」

 ふふふふふ、それは対策済みだ。

「とりあえず医学書追補版と児童書第3弾、花の名前ノメンフロッスの12冊目は何とかしてから行くつもりだ。本当はバカンス目指して仕事を進めていたんだけどさ、まあ仕方ない」

「なら大丈夫か。それにしてもなかなか用意がいいよな。ひょっとして国の方から事前に打診でもあったか?」

 ここでぎくっとしても態度に出してはいけない。

「そんな手紙来ていれば誰か見ているだろ」

「それもそうか」


「それにしても始めてから半年ちょいで随分仕事増えたよね」

 確かにフィオナの言う通りだ。

 最初は1月に1冊も出せばいいかという予定だった。

 しかし今は依頼を抑えているのに月あたり3~4冊は出している。

 サラのレシピ号外も極めて順調。

 更に殿下からの依頼が入ったりするとブラック企業状態に突入決定だ。

「まあその辺は仕方ない。小説や児童書は断りまくってこの状態だし、医学書追補版は国王庁保険省からもせっつかれる状態だろ」

「サラのレシピ号外も続きが出そうだしね」

 本当に何でこんなに忙しくなったのだろう。

 ひとつひとつは理由がわかるのだけれどどうにも納得いかない。

 おまけに今度は魔法武闘会で最強を目指す羽目になったし。

 まあ深く考えても考えなくてもなるようにしかならないのだろうけれど。

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