第91話 俺のせいじゃない

「どうせなら海で遊ぶ方法で何か面白そうなものは無いか? 今回は期間が長いからさ。もちろん牡蠣とウニ採取はやるとしてさ。それ以外にもアシュが何か思いついたら用意して欲しいな」

 おいおい。


「リゾートってゆっくり休養するものじゃないのか?」

「でもどうせなら楽しい方がいいよね」

 念のためフィオナ以外の皆さんの意向を表情で確認。

 どうやら皆さんそういう意見のようだ。

 なら仕方ないから考えるとしよう。


 ただ前世の俺はあまりアクティブな性格ではなかった。

 だから海で遊ぶと言っても急には思いつかない。

 こういう場合はまず資料の収集だ。

 小銀貨2枚2,000円をテーブル上に置いていつもの魔法。

「日本語書物召喚、ビーチで楽しめる多種の方法が記載されている本1冊、起動」

 いかにもというガイドブックが出てきた。

 どれどれ……


 ◇◇◇


 今回は準備期間が2週間しかなかった。

 しかもリゾート中のお仕事を片付ける必要もある。

 それでもまあそこそこ楽しめるものは出来たと思う。

 実際は案だけ出して設計はフィオナ、実際の制作は木工所や鉄工所だけれども。

 何を用意したかはまあ、後のお楽しみとして。


 8月21日朝9時。俺たちは旅行の準備をしてリビングに集合した。

 サラもナディアさんもジュリアももちろん一緒だ。

「さて、それじゃまず、ラツィオにあるオッタービオさんの工房だな」


「ラツィオまでは船?」

 ジュリアの本来なら当然な質問に俺達は顔を見合わせる。

 実は今日まで彼女には移動手段を秘密にしていた。

 でももういいだろう。

 来てから今日までの様子を確認した結果、話してもいいだろうと本人以外の皆さんで合意している。


「実はアシュは移動魔法が使えるんだ。この人数なら国内どこでもあっという間に移動可能だよ」

「えっ?」

 ジュリア、一瞬何を言われたのか理解出来なかった模様。


 2,3秒後。

「移動魔法って、他の場所へ移動する事が出来る魔法?」

「そういう事。まあ秘密だけれどな。その辺は宜しく」

「サラ知っていた?」

「冬にこの魔法でリゾートに行きました」

「うむむ」

 ジュリア、まだ考え込んでいる。


「論より証拠、って事でアシュ頼む。この前の公園で」

「はいはい」

 一度行った事がある場所へ移動するのは楽だ。

 念のため移動先の周りに人の目がないか確認した後、魔法を起動する。

 いつもと同じ感覚の後、無事到着。

 ジュリアがちょっとふらついたのを咄嗟にフィオナが支えた。


「ごめん、慣れないと目が回るよね」

「たくさんの景色が見えた気がする。もう大丈夫」

 確かに慣れないと視界に妙な景色が移って感覚が狂うよな。

 注意しておけば良かったとちょっと後悔。


「ここ、ラツィオ?」

「ええ。ラツィオのヴァルレ公園ですわ。王宮からチベル川を1離2km程下った処になります」

 木々の間から中央教会の尖塔が見える。

 なお他の皆さんは一度は来たことがある場所だ。

 春に来た時と同じように歩いて倉庫街の工房へ。

 入口とカーテンで仕切られた区画に声をかけるのも前と同じだ。


 だが待っていたのはもはや馬車とは違う形になった乗り物だった。

「お久しぶりです。やっと納得いく出来になりました」

 もはや馬無し馬車というより完全に自動車らしい形になったものが2種類。

 いずれも前に小さいボンネットがあって後ろに屋根付き車室があるという作りだ。

 いわゆる戦前のクラシックカー風だな、デザインは。

 全体的な形状はT型フォードに似ているけれど、ボンネットや座席はもっと低い位置で、その辺はむしろスーパー7とかモーガンに近い雰囲気。


 ただし窓ガラスは無い。

 これは馬車がそうだからだろうけれど、ここスティヴァレではほぼ全ての人がある程度の風魔法を使えるから問題ないだろう。

 風防や窓ガラス代わりに風魔法を起動すればいいだけだ。

 2種類のうち片方は3列シートの8人乗り、もう片方は1列シートの2人乗りだ。


「驚きました。まさかこんなに変わっているとは」

「重心を低くと言われて気づいたんです。馬車とは違う運転し心地があるという事に。ですので馬無し馬車として正しい形というのを考えた結果、こうなりました。かなり変わりましたのでこのタイプからは馬無し馬車ではなくゴーレム車と呼んでいます。こちらは8人乗りで単体で走るタイプのゴーレム車で、あちらは馬車を牽引するタイプ、つまり馬代わりに使えるゴーレム車です」


 なるほど、この2シーターは牽引タイプか。

 これなら確かに今の馬車をそのまま使えるな。

 馬の代わりに引っ張ればいいだけだから。


「以前と違って動力になる部分が見えませんが、ひょっとして前に持ってきたのでしょうか」

「気づかれましたか。全体を低くしたいのでゴーレム部分は下ではなく前に持ってきています。こんな感じです。

 オッタービオさんはボンネットに相当する部分を開ける。

 なおゴーレム車のボンネットは一般的な自動車と同じように前から開くようだ。


「この部分は大雑把に言うと人型ゴーレムが前に向いて座っているような設計です。ただしゴーレム車専用のもので、頭部分がごく小さく胴体部分がありません。

 腕部分で前輪を操作し、足部分が動力を担当しているのは以前と同じです。またギアも高速用と低速用の2段になっていて、時速20離40km/h以上になると高速用に、時速15離30km/h以下に落ちると低速用になるようになっています。これは後退時も同じです」


 おいおい。

「馬車より遙かに速いですね」

 思っている事をフィオナに言われた。

「ええ。設計しなおした事で以前の物と比べてかなり性能が良くなりました。私としてはこれでひとつの完成形になったと思っています。どうです、試してみませんか」

「是非お願いしますわ」

 テディが待っていましたという感じだ。


 以前と同じようにガレージっぽい場所へ移動する。

 ここには3タイプの馬無し馬車があった。

 黒色の8人用と黒色の牽引用、もう一台は大きさは8人用と同等で色が濃紺、窓ガラス付で中がよく見えないものだ。


「それでは以前と同様、私が最初運転させていただきます」

 黒色の8人乗り、2人ー3人ー3人の3列シートタイプの前左席に彼は座る。

 ゴーレムなので運転用に特別な装置は無い。

 1列目の右席がフィオナ。

 2列目がジュリア、サラ、テディ。

 3列目がナディアさん、俺、ミランダだ。


「では行きます」

 すぐわかるのは進みはじめの力強さとスムーズさ。

 そして曲がる時の安定感だ。

「走っている時の動きがスムーズに感じますわ」

「乗る場所を低くしたおかげです。重い物は極力下になるように設計しました。それが安定感につながったようです」 


 今回は街中方面では無く西へ。

 まっすぐ行くと港へと続く太い馬車道へ出る。

 倉庫街を過ぎ建物が少なくなったあたりでゴーレム車は一気に速度を上げた。

 途中1回ふっと加速が緩んだ後、再び速度が上がる。

 これがギアの切り替えだな。


「速いです。馬車とは比べものにならない位」

「ええ。これでもまだ余裕があります。ただ馬車を牽引する際は止まるや曲がる事を考えて、もう少し速度を抑えた方がいいでしょう」


 何かとんでもない乗り物が出来てしまったようだ。

 馬車の数倍速いのに水も飼い葉もいらず糞害もない。

 操縦も馬車以上に簡単。

 これってまさに技術チートだよな。


 ただ言っておくが俺のせいじゃない。

 俺は登山用モノレールという案を出しただけなんだ。

 それが何故か自動車が出来てしまった。

 いや本題である登山用モノレールも出来ているらしいけれど。


 これでも俺のせいで根も葉もない技術が普及しないように考えてはいるのだ。

 基本的に現物では無く本を召喚するようにしているのもそう考えているから。

 本で知識を得たうえで開発するなら物や知識も定着するだろう。

 でもこのゴーレム車、いや自動車は……

 まあこの世界の人が自発的に考案したから仕方ないだろう。

 深く考えない方がいい。

 馬車に比べて革新的過ぎる産物だけれども。 


 ゴーレム車はスティヴァレとしては冗談みたいな速度で走ってあっという間に港へ到着。

 馬車では絶対出来ないような小回りでくるりと転回をして止まる。

「それじゃ次は誰が運転なさいますか」

「それじゃ僕がまず運転してみるよ」

 呪文を唱えるのだけは以前と同じだ。

 ゴーレム車は来た道を戻り始める。

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