第92話 陛下の長い腕?
ゴーレム車は無事に工房裏のガレージへと戻ってきた。
綺麗にバックで駐車して、そしてオッタービオさんは尋ねる。
「どうでしたでしょうか、このゴーレム車は」
「まさかこんなとんでもない乗り物になっているとは思いませんでした」
もう自動車そのものだ、これは。
誰でも運転できるところなどは現代日本の自動車を超えているだろう。
窓ガラスは無いが風魔法を展開すれば問題ない。
その方がワイパーもいらず視界もいいだろうし。
だから屋根は悪天候用ではなく荷物置き用。
俺達は自在袋を多用するから使わないと思うけれど。
「何か他に改善するようなところは無いでしょうか」
こらフィオナにテディにミランダ、俺の方を見るな。
「何も無いです。乗り物としてこれで完成されていると思います」
率直な感想を言わせて貰う。
「本当でしょうか。何かあれば遠慮無くお願いします」
おいおい。
それをゴーレム素人の俺に言わせるか。
「もちろん細かい用途によって形は変わります。もっと多人数用とか、逆に2列シートの家族用とか。内部のゴーレムも素材や構造が改良されるかもしれません。でも形としては次の世代の乗り物として完成していると思います」
俺の本音だ。
オッタービオさんは笑みを浮かべた。
「安心しました。これで私も自信を持ってこのゴーレム車を出す事が出来ます」
何だかな。
少し不安に思ったので尋ねてみる。
「失礼ですけれど俺はゴーレムについても馬車についても素人です。こんな俺の意見でいいのでしょうか」
「ええ」
彼は頷いた。
「前に言った通り、私は武闘会で大きなミスをしました。当然考えるべき、対処すべきだった事を無視してしまった。その結果負けてしまった。でも今はあの時負けた事で一歩また先に進めたような気がするのです。
この前意見を聞いた時、あの時負けた相手のチャールズさんを思い出したんです。そうそう、そこで立ち止まって色々意見を聞いてごらんなさいと彼に言われた気がしたんです。
もちろんチャールズさんと貴方とは違います。ですがふと面影が重なった気がしたんです。もちろん私の錯覚でしょうけれどね、きっと。でも貴方が前に言ってくれた様々な改良点はいずれも私にとっての盲点でしたから。
だから貴方に完成していると言って貰えると私も自信を持てるんです」
おい待て、ひょっとして俺=チャールズとバレていないか。
バレると非常にまずいぞ。
何せチャールズ君はお尋ね者なのだ。
オッタービオさんは俺のそんな内心に気づいていない様子で続ける。
「実は既にこのゴーレム車、注文が入っています。国王庁から国王陛下とロッサーナ王妹殿下の乗用としてです。そこにある紺色のゴーレム車がそれです。どこからゴーレム車の事が伝わったかはわかりません。試運転を何度もしましたからそこからでしょう、きっと。
ただ自信を持って送り出せるというにはあと一歩足りなかったんです。まだ何かするべき事があるのではないか。しかしこれでやっと自信を持って陛下の元へとこの車を送り出す事が出来ます。どうもありがとうございました」
「こちらこそ素人なのにそこまで思っていただいて恐縮です」
そう言って頭を下げながら俺は考える。
陛下め、ちゃっかりしていやがる。
前回の食事会の後、この工房の動向を観察してやがった模様だ。
普段は公務で忙しい筈なのに。
そう思ってふとある考えが思いつく。
まさかとは思うが陛下。
武闘会の時に既にこのゴーレム車完成まで読んではいないよな。
未来視はそこまで詳細な未来を見ることは出来ない筈だ。
同じ魔法を持っている俺が一番よく知っている。
知っている筈だけれども……うむ。
「それではこのゴーレム車は販売予定なのでしょうか」
一方で俺の考えとは全く別方向に反応している奴がいる。
もちろんテディだ。
「ええ。この8人乗りは正金貨20枚、馬車牽引用は正金貨17枚で販売する予定です。陛下にお乗りいただけば他の貴族の方や商会トップの方なども関心を寄せていただけるでしょう。乗合馬車もこの車による牽引タイプが主流になるかもしれません。
もちろんこの小さな工房ではそれら全ての注文に応えることは不可能です。ここではゴーレムが絡む制御及び動力部分だけを生産して、座席や車体全般及び仕上げは馬車工房にお任せする形式になります。既にいくつかの馬車工房に話を持って行っている状態です」
いわゆるコーチビルダー方式か。
「今ここと工房の中にあるゴーレム車は陛下注文品を除けばここで使用する予定なのでしょうか」
テディの考えている事は想像がつく。
現在この工房にあるゴーレム車は5台。
うち1台は陛下用だから残りは4台。
うち1台をこのチャンスに購入してしまおうと思っているに違いない。
「うちで使用するのは3台の予定です。試乗用にこの8人乗りを1台と牽引用1台。もう1台は荷台を牽引して荷物の配送に使用する予定です」
つまり8人用1台は余っている訳だな。
「それでは大変ぶしつけなお願いなのですが、残った8人用のゴーレム車を売って頂けないでしょうか。勿論既に予約が入っていれば別ですけれど。
実を言いますと以前見せていただいた時から欲しくて仕方なかったのです。こうやってあちこちに出向くことが多いので、あれば非常に便利になると前々から思っておりました」
フィオナとミランダが横でにやりとした。
「悪いテディ。実はもう話はついているんだ」
えっ、どういう事だ?
「絶対テディが欲しがるだろうと思ってね。オッタ―ビオさんに注文していたんだよ。1台購入したいのでよろしくお願いしますってね」
おいおい待ってくれ。
仮にも
でもまあフィオナがそう言うって事はうちの予算的には問題ないんだろうな。
「ええ。そういう訳です。実は既に別の8人乗りゴーレム車を
別の倉庫から出して参りますので少々お待ちください。ポロコフ君、例のゴーレム車を頼む」
「了解です」
若い男が通りを向こう側へ向かって走って行く。
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