第21話 未来視の魔法
「ところで殿下を見てアシュはどう思った?」
ミランダは俺にそんな事を尋ねる。
「どうって、殿下とわかったから緊張しっぱなしでしたけれど」
「そういう意味じゃない。殿下、可愛いだろ。そう思わなかったか?」
おいおい待ってくれ。
「そんな余裕ありませんでしたよ」
「そうかな」
ミランダはにやりと悪そうに笑う。
何だかなあ。
「それにロッサーナ殿下はブラコンだって有名じゃないですか」
「そういうのを抜きにしてさ。大人しそうに見えるし可愛いし、タイプとしてはどうだ、アシュ?」
はいはい。
殿下も既にいないしここの3人には本音を言っても問題ない。
だから感じた事をずばりと言ってしまおう。
「これは俺の勘違いかもしれませんけれどね。あの方は見た目とは違って怖い方だと感じました。とても俺が相手に出来るような方じゃないですね、おそらく」
「正解ですわ」
テディは軽くため息をついて頷いた。
「あの方は外見は大人しそうで可憐に見えます。けれど実際はアシュの感じた通り嵐のような方ですわ。目的の為なら自らを巻き込んでも構わないという位に。無論私達には親切で優しい先輩でした。でも本質は
「仮にも国王による専制政治の中心人物の1人の筈だけれどな。あの人は何を考えているんだろうな」
「相変わらずわからない人だよね」
3人がそんな感想を漏らす。
しかし今、俺達がやるべきことは一つだ。
「なにはともあれ依頼には応えなければなりませんよね」
前金もいつもの仕事でいただく全額くらい頂いたしな。
テディは大きく頷く。
「もちろんですわ。あの方の期待に応える為にも最善をつくしましょう」
テディが俺の前に小金貨1枚をでんと置いた。
かなり気合が入った金額だな。
以前ならともかく最近はテディも相場はわかっているのに。
でもまあ、その気合に応えてやるとするか。
大量に本が出てきそうだけれど。
「日本語書物召喚! 共産主義体制と資本主義体制について教科書的に様々な点について網羅したもの。詳細確認用の副読本的なものも含む。起動!」
◇◇◇
殿下の依頼は時間と手間をかけた。
他の依頼のうち緊急でないものは全て『少し遅れる』連絡を入れた上で、かかりっきりに近い状態で2週間。
基本的には高校の政経の教科書と副読本をメインにして、更に現代政治学の本や比較政治経済学等の本から比較的思想的偏りの少ない本を選び追加したという感じだ。
勿論俺1人では出来ないので、ほぼ全員総がかりの作業になった。
具体的には、
① 俺が高速翻訳で資料となる本を全部訳して、
② フィオナが全部通読して必要な部分を選んで編集し、
③ ミランダがそれを読んでわかりにくい点や説明が必要な点を指摘し、
④ 最後にテディが校正及び清書をする
という感じである。
「まさか私も作業に参加させられるとは思わなかったな」
「今まで知らなかった事を調べてまとめる作業って楽しいよね」
「ロッサーナ殿下の依頼ですから出来る限り完全なものにしないと」
その辺の思いは各々違うけれど、結果的にはそれなりのものになったと思う。
「ところでミランダやフィオナは生徒自治会で殿下と一緒だったんだよな」
「そうだよ。僕ら3人とも1年の頃から生徒自治会にいたからね」
「でも去年は何故3年3人しかいなかったんだ?」
「殿下が色々やらかしたおかげで私達まで危険人物扱いされてさ。結果卒業した後は自治会役員の補充無しって訳だ」
そう言えばそんな事を聞いたような気もする。
「なら今年は生徒自治会は無いのか?」
「多分アルマ殿下が入学されるから新しい面子で作ったんじゃない? 私達の時もロッサーナ殿下の話し相手という名目で各学年各階級から選ばれた感じだし」
アルマ殿下というのは王弟で4男。
待てよ長女と4男の間にまだ何人かいるよな。
「その間の王弟や王妹殿下は……そうか、他の高級学校か」
「そうそう。ネイプルやトランの高級学校」
なるほど。
「ところでこの本、テディの清書が終わったら完成なんだけれどどうやって渡そうか。出来上がった頃伺うって言っていたけれど、出来上がったよって手紙で知らせるべきだろうか?」
ミランダがもっともな疑問を口にした。
「おそらくご自身が取りに見えられると思いますわ。連絡するまでもなく」
清書しながらテディがそう答える。
「どういう事だ?」
「お忘れでしょうか。あの方かあの方に近い方に、おそらく未来視の魔法をお持ちの方がいらっしゃるだろう事を」
おいおい。
思わず俺は尋ねてしまう。
「未来視の魔法って、噂には聞くけれど実在するのか?」
基本的にはスティヴァレでは誰であろうと全ての魔法を使う事が可能だ。
無論保有する魔力の差や知識の差で例外的に使えない魔法もあるけれど。
例えば俺は前世の知識で日本の事を知っているから『日本語書物召喚』魔法を組み立てて使用することが出来る。
だがそういった特殊な知識が無い限りは使える魔法はほぼ同じ筈なのだ。
そして未来予知に関する魔法は今の処使用方法も実際の使用例も聞いた事が無い。
でも俺以外の2人はそういえば、という顔をした。
「忘れていたな」
「そうだね」
おいおい2人とも待ってくれ。
「そんな魔法本当にあるのか?」
「あると思える状況を何回か見たからな」
ミランダがそんな事を言って頷いた。
「殿下の『そんな気がするのですわ』には従っとけって言われていたよね」
フィオナまで。
「詳しい事は言えませんが当時の生徒自治会のメンバーは何度かそういう状況を経験しているのですわ。殿下は『よく自然災害に狙われる』方でしたから」
ヤバい台詞が出て来た。
この『自然災害に狙われる』というのはそのままの意味ではない。
災害や事故に見せかけた暗殺の危機下にあるという意味だ。
3年前までの国政は国王と側近の大貴族によって私物化されていた。
謀殺や暗殺なんてのもよくある話だった。
2年前に今の国王陛下が父である当時の国王を退位させ、一気に国王中心の明解な政治体制に変えるまでは。
国王が代わり古い貴族家のうちいくつかの家の当主が交代しただけ。
一般にはあの改革はその程度しか見えていない。
でも一応貴族だった俺は知っている。
あの改革で国王と一部大貴族の力関係が一気に変化した事を。
当時学園の寮にいた俺は何があったのかそれ以上は知らない。
ただ政治の中央から大貴族による不透明な関与が排除されたのは確かだ。
そう言えば殿下は『今は私史上最も安全な状況』と言っていたな。
その台詞はそれら『自然災害』の事を念頭に言っていたのだろう。
知っているテディ達には通じて、知らない俺には伝わらなかった訳だ。
「ですから明日にはおそらくいらっしゃると思います。まもなく私も清書が終わりますから。もし明日に何か抜けられない用件があったとしても、近いうちにいらっしゃる筈ですわ」
「なるほどな。なら明日は私も出掛けずここで待機しておくことにしよう」
「僕もかな」
確かに皆さん居てくれた方がありがたい。
「あとせっかくですからお茶やお菓子等も用意いたしましょう。この前は何のお構いも出来ませんでしたから」
「ならちょっと
「僕は市場でちょっといいお茶でも買って来るよ」
それくらいの準備はいいだろう。
相手は王妹殿下にして現役の筆頭国政補佐官、かつ王位継承権第2位だからな。
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