第66話 終わらない旅の幕引き

 昨晩は大変だった。

 何がどうしてどうなって大変だったのかは省略。

 結果として俺の頭脳と神経と体力がすり減った訳だ。

 なおサラは昨日露天風呂で語った色々は全て記憶に無い模様。

 もちろん俺たちもサラにその辺を教えるつもりは無い。

 今後サラが果実酒を飲む際に注意する程度だ。


 さて、今日はあまり天気が良くない。

 窓の外では雪が斜めに降っている。

「今日はスキーはやめた方がいいですね。前が見えなくなりますし体温を急速に奪われる心配があります」

 山岳地帯出身ナディアさんの台詞に全員が頷く。

「なら本日はどうしましょうか」

「のんびりと温泉に入ったり読書したりして過ごそうぜ。たまにはそんなのも悪くないだろ」

「そうだね。本はどうする?」

「この宿にも本棚があるらしいけれどさ。どうせならゼノアの図書館で借りてきたほうがいいだろう。業者パスで入場料無料だし、本の数そのものも多いしさ」


「サラも今日はのんびりして下さいな。ご飯も市場でテイクアウトを買ってくればいいでしょう」

「それも楽しいよね。何なら風呂で食べても……って、今日は露天風呂は無理か」

「土魔法か氷魔法で防風壁を造れば大丈夫です。実家の方でも屋外で必要な場所には作っていましたから」

「なら露天風呂は使えるのですね」

「ついでに露天風呂を増設してもいいよね。浅くて寝転がれる浴槽とか逆に深い浴槽とかさ」

 何か色々とアイディアが出て来たぞ。


「なら今日はまず図書館へ行って、本を選んだら買い出しして此処へ戻る形かな。フィオナはどうする? 一緒に図書館に行くかそれとも……」

「今日は先に図面描きをするよ。皆が帰ってきたら交代でアシュと一緒に材料の買い出しに出るからさ」

 つまり俺はゼノアと此処を行ったりきたりという感じで酷使される訳か。

 まあいいけれどさ。

 最近は移動魔法でもそう魔力が減らない感じだし。

 単に魔力が上がっただけかもしれないけれど。

「それじゃ朝食を片づけたら出かける支度してゼノアの図書館へ移動だな。フィオナは留守番と図面作成頼む」


 ◇◇◇


 国立ゼノア図書館。

 俺が調べて技術関連、それもゴーレムに関する本だ。

 本棚に並んでいる関係する本にささっと魔法を使って内容を確認。

 やはり魔法武闘会に出ていたような自立作動型ゴーレムは一般的ではないようだ。

 ただしちょっと面白い論文を見つけた。

 タイトルは『無操縦型ゴーレムの可能性について』。

 今から2年前に出された論文集に出ていたものだ。

 著者はオッタービオ・ラモッティ。つまりあのオッタ―ビオさん。

 取り敢えずこの論文集を借りてみよう。


 あとはゆっくり読める小説がいいかな。

 1冊位借りて……1冊買ってじっくり読んでもいいな。

 昔と違って今の俺にはその程度の小遣いはある。

 そんな訳でじっくりと探し1冊を選択。


 受付で会計をしていたところで皆さんやって来た。

 全員数冊ずつしっかり抱えていらっしゃる。

「アシュは何か変わった本を持っているな」

「論文集ですよ。中に読みたい論文があったもので」

「珍しいですわね。アシュは普段は小説専門ですのに」

 ちなみにテディは小説2冊、サラも同様。

 ミランダは市況だの農作物の作柄だのといった経済専門の定期刊行本3冊。

 ナディアさんは小説1冊と絵本3冊だ。


「ナディアさんの絵本は子供用のものですか?」

「お手伝いしている仕事の参考になるかと思いまして」

 ナディアさんは最近児童書の翻訳をお願いしている。

 文芸関係の校正その他は基本的にテディ。


 でもそれでは俺以外ではテディの仕事量が一番多くなる。

 だから児童書に関してはナディアさんが手伝ってくれる事になった訳だ。

 ついこの前最初の1冊として『エルマーのぼうけん』を仕上げて貰った。

 元々文学少女だって陛下も言っていたし、なかなかいい感じの出来だ。

 販売前だけれど多分いい結果になると思う。


 借りた本を仕舞ったら今度は市場。

「おすすめの惣菜店とかありますか?」

「そう言えば啄木鳥ピカスが新たにテイクアウト専門の店を出したんだよな。サラはともかく他はまだ行っていないだろうから案内するよ」

「実は私もまだ行った事がありません」

「そうなのか」

「何か気恥しくて」


 市場を通り過ぎ住宅街に入ったあたり、つまりもうすぐ我が家で啄木鳥ピカスの隣という場所に真新しい店が出来ていた。

 店名は『橿鳥亭ジャーイ』とある。

「鳥シリーズなんだね」

「次はコーバスかな」

 なんてくだらない事を言いつつ中へ。


 おっと、これはなかなかいい店だ。

 まず片面には美味しそうなパンやケーキがまずずらり。

 もう片面は野菜炒め各種サラダ、ローストチキンやビーフといったおかず類だ。

 おかずは指先から手首までと同等サイズの素焼きの器入り。

 普通の器4つ分くらいの大きい器に入ったお徳用もある。

 これらをトレーに取って一番奥で会計する仕組みだ。


「いつ来ても取り過ぎてしまいそうになるな」

 そんな事を言ったミランダが軽く身体強化の魔法を起動した。

 本気モードだなさては。


「これだけケーキの種類があると迷いますわ……いえ、迷わず行きましょう」

 テディも何気に身体強化をかけている。

「この器、重ねる事も出来て便利です」

 ナディアさんはおかずメイン派の模様。

 おいおい皆さん喰意地張りすぎだぞ。


 俺はソーセージドッグとクリームパン、あんパンに特製サンドイッチ、ミニピザにミニりんごパイを選択。

 あとサラダを1つ取っておこうかな。

 ただローストビーフが非常に美味しそうだ。

 食欲に負けてつい追加。


 他にいざという時用にある程度買っておいた方がいいかな。

 だからおかずパンを更に6個追加。

 会計へ行こうとしてミランダにつつかれる。

「全員で会計に行くから待っていてな」

 仕方なくトレーを置いて店の隅で皆が終わるのを待つ。

 ただでさえ結構繁盛して人がいるので隅に逃げないと邪魔だから。


 それにしてもうちの連中、皆さんかなり酷い。

 甘いパンとケーキをトレー上にパズルのように敷き詰め更に物色中のテディとか。

 徳用おかずの器を4つ重ね、更に小さい器を山盛りにした上に食事パンを重ねているナディアさんとか。

 トレー上が無法地帯になっているミランダとか。

 なおサラは俺より早く終わっている。

 現在俺の隣で皆さんを待っている状態。

 あ、ミランダもこっちに来たぞ。


「アシュのトレー、上がまだ空いているよな。だからこれを載せてくれ」

 俺のトレーにおかずの器6個を載せ、ミランダは再び物色へと旅だった。

 うん、決めた。

 このままにしておいたら取り返しがつかない事になる。


「ミランダ、テディ、ナディアさん。あと30数えたら会計に並びますよ」

 さんじゅー、にじゅーく、にじゅうはち……

 小さくつぶやいてカウントダウン。

 おっと3人が加速した。

 これは逆効果だったかな……

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