第2話 生徒自治会室に召喚

 前世については特記するほどの事は無い。

 魔法の無い21世紀の日本に生まれ、ぼっちで育ちぼっちで働きぼっちで死んだ。

 そんないかにも俺の前世らしい生涯だ。

 でも今問題なのはその事ではない。

 日本語で書かれたこの本が読めるという事だ。


 思わず手に取って頁を開いてみる。

 やはり読める、読めるぞ。

 この国とは違う縦書きで右から左へ続く記法だけれども。

 もう一度値段を確かめてみる。

『貸出小銅貨5枚50円・週、買上小銀貨2枚2,000円

 ぎりぎり俺の持金で購入可能な金額だ。


 本を所有する事は俺の長年の夢だった。

 何せ21世紀の日本と比べると出版技術が低いし発行部数も少ない。

 だから必然的に本は高価。

 やや薄め、100頁程度の娯楽本でも1冊正銀貨1枚1万円は当たり前。

 ちなみにこの程度だと俺は2時間も持たない。

 だからとても購入なんて気にはならないのだ。

 貴族とはいえ子爵家の5男は決して裕福ではないから。

 高級学校に通わせているだけでもありがたいと思えという扱いだし。

 まあ王立高級学校は寮生活分含めて費用は全部国持ちだけれども。

 それでも少ないながら親から小遣いは貰えている。

 学校図書館ではなく有料の王立図書館に通える程度には。


 よし決めた、これを俺の私物としての書籍第1号にしよう。

 2号が今後出来るかは大変怪しいけれど。

 決めたからには即刻購入だ。

 この本は安いから読めなくとも飾りとして購入する奴がいないとも限らない。

 俺はその本を手に取りそのままカウンターへ直行。


「いらっしゃいませ。貸出ですか買い上げですか」

「買い上げです」

 ちょっと声が震える。

 無いと思うがもし値段を見間違えていたらどうしよう。

 それに値付けを間違ったなんて言われたらどうしよう。

 そんな不安に襲われつつこわごわと店員さんの次の言動を待つ。


「買い上げですと小銀貨2枚2,000円になります」

 よし、間違いじゃないよな。

 もし後で間違いだと気付いても遅いからな。

 そう思いつつ俺は用意していた小銀貨2枚2,000円をささっと出す。

「はい確かに」

 紙袋に入れてくれるその時間ももどかしい。


「ありがとうございました」

 店員さんの声と同時に俺は図書館を出る。

 俺の私物としての書籍第1号を誰にも奪われないように。

 よし、今日からはこの本を思い切り愛でてやろう。

 半ば走る位の速さで歩いて学校寮の自室へ戻る。

 まずは内容を全部スティヴァレ語に翻訳だ。

 確かに日本語は前世での母国語だが今の俺はスティヴァレ語の方が楽に使える。

 だから内容をよく確認するためにも全部完璧に訳してやろう。


 その後の夏休みの期間、俺は必要最小限以外のほとんどを寮の自室から出ることなく過ごした。

 あてられる時間を全て翻訳に費やしたからだ。

 本の内容は12万字程度のせつない系青春小説。

 しかし全く違う世界の書物だから前提となる環境も知識も色々異なる。

 その辺をいかにうまくスティヴァレにあった形で訳すか。

 ただ直訳するだけではなくその辺にもこだわる。


 そして夏休みが終わる前、俺はついにほぼ満足のいく程度に訳し終えた。

 これならスティヴァレの人が読んでもそれなりに面白いだろう。

 スティヴァレの小説とは色々と趣も異なるしな。


 そんな訳で夏休み終了後。

 俺はつい、この訳した小説を学校の自由作品展へと応募。

 今思えばこれが全ての間違いだったのだ。

 レポート用紙300枚超の大作は自由作品展に並べられた。

 それでもまあ、絵画とか木工とかに比べると見かけは地味。

 だからまあ自己満足で終わるだけだろうと俺は勝手に予想していた。

 俺の人生は今まで大体そんな感じだったから。

 この前知った前世含めて今までずっと。

 

 異変が起きたのは2週間後だった。

 授業が終わり、いつものように図書室へ行こうとのんびり席を立った時だ。

 教室の前の方が何となくざわめき始める。

 でもどうせ俺には関係ないだろう。

 鞄に筆記用具やノート等を入れて立ち上がる。

 だがざわめきは前方から俺の方へと近づいてきた。

 見るとその中心は1人の少女のようだ。


「失礼します。生徒自治会長のテオドーラ・アンジェリカと申します。アシュノール・カンタータさんは貴方で宜しいでしょうか」

 聞き違いではないようだ。

「そうだけど」

 そう答えた瞬間、周りにいたとりまきから厳しい目で睨まれる。

 御令嬢に対して言葉がぞんざいであると言いたいようだ。

 いいじゃないか、たとえ相手が侯爵令嬢で生徒自治会会長でも。

 少なくとも学校内では身分は平等と言う名目だぞ。

 本当に名目だけだけれど。


「作品展に『フィリカリス』を出されたアシュノールさんで間違いないですね」

 フィリカリスというのはここスティヴァレでも割とメジャーな花だ。

 俺が訳した本には本当は別のタイトルがついていた。

 だがその題名が意味するものがスティヴァレには存在しなかった。

 それでイメージに合う花の名前を翻訳後の題名にした訳だ。

「はい」

「ちょっとお聞きしたいことがありますので、生徒自治会室へ御足労頂けますでしょうか」


 本当は断固として『いいえ』と言いたい。

 相手が美少女であっても侯爵令嬢であっても、いやそれだからこそ面倒だ。

 なんて本音を貫く事が出来る程俺は人間強くない。

 何せ今でも周りでとりまきの皆様が怨念交じりのオーラを発しつつ俺を見ている。

 断った時点で呪い殺されそうだ。

 呪われなかったとしても殺されそうだけれど。


「わかりました」

 この場合は素直に応じるのが一番面倒がなくていい。

 少なくともその時の俺はそう判断した。

 そんな訳で侯爵令嬢かつ生徒自治会長の後ろについて取り巻きに左右を囲まれながら生徒自治会室まで事実上連行される。


 彼女は生徒自治会室の扉を3回ノックした後、

「テオドーラです、入ります」

 そう言って扉を開け、

「アシュノールさん、どうぞ」

中へ入れと促す。

 仕方ない。覚悟を決めて入る。

 続いてテオドーラさんも入ってきて扉を閉めた。

 この室内まではとりまきの皆さんも入ってこない模様だ。

 

 中には他に女子生徒がもう1人いた。

 赤い髪が印象的な活発そうでやはり綺麗な女の子だ。

「秘話魔法、部屋この部屋全体!」

 テオドーラさんは魔法を展開すると俺の方を見る。

「さあどうぞ」

「ここが空いてるぞ」

 赤い髪の女の子が隣の椅子を引いてくれた。

 成り行き上そこへ自動的に腰掛けさせてもらう。

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