異世界翻訳者は途方に暮れる~静かに読書生活を送る筈が何故か家がハーレム化し金持ちになったあげく黒覆面の最強怪傑となってしまった~
於田縫紀
プロローグ
第1話 そして回想へ
机の上には異国語の本が山積み。
俺はそのうち1冊を開き、翻訳魔法を使いつつ訳を紙にかきつけていく。
「アシュ、こちらはもう宜しいでしょうか」
すぐ左側に座った美少女がそう言って俺が横に置いた紙に手をやる。
「ああ。でも一応全体を読んでからもう一度確認した方がいい」
「わかりましたわ。でもスケジュールが詰まっていますからある程度はじめておきますね」
彼女、テオドーラはそう言って俺の書き殴った下訳を元に綺麗な訳に直しながら清書をはじめる。
「申し訳ありません。小説に関しては今月は他にも色々入っておりまして……」
何処かの人と何か交渉しているのはミランダ。
綺麗な赤い髪がここからでも見える。
彼女が色々調整してくれないと俺の仕事は量的にパンクする。
実際かなり仕事を断っているのだけれどそれでもスケジュールはブラックな状態。
扉をバタンと開けて金髪の女の子が戻って来た。
「アシュが言っていた医学用語、調べて書き取ってきたよ。向こうである程度図面も写してきたから確認お願い」
「わかった。ありがとうフィオナ。今のこれが一段落したらやる」
「了解。それじゃここへ資料を置いておくね。説明が必要だと思うから読むときは僕に声をかけて。それではお茶を入れてくる」
何だか今日もやっぱり無茶苦茶忙しい。
何でこんな事になったのだろう。
きっかけはわかっているし理由もわかっている。
だがもう一度やり直せたら元通り静かで落ち着いた日々に戻れるだろうか。
そもそも俺は戻りたいと思っているのだろうか。
こうなった今でもよくわからない。
本来、俺の人生は生まれながらにして終わっていたようなものだった。
子爵家の5男という飼い殺し身分。
衣食住を何とかしてもらう代わり学校卒業後は一生部屋住みニート生活。
子爵家の館の一室で静かに孤独に一生を終えるはずだった。
それなのに今は女の子3人と一緒に毎日ここで過ごす日々だ。
3人ともタイプは全く違うがそれぞれ綺麗だし可愛い。
だからこそ世間様とかこの3人とかその両親に申し訳ないような気がする。
でも元々の俺の理想は静かで落ち着いた暮らしだった筈。
そんな訳で俺は声に出さずに自問する。
本当にこれでいいのだろうかと。
◇◇◇
子爵家の5男なんてばれると普通は『お気の毒に』という顔をされる。
権力あんまり無い。
お金もそれほど無い。
でも一応貴族だから妙な事は出来ない。
ある程度飛び抜けた能力があれば上級官僚とか軍の将校とかになれる。
でもそれくらいの能力がない限りは子爵である当主から捨て扶持を貰い、館の片隅で細々と生きていくという暮らしになってしまう。
通称部屋住み、まあ実質ニートだ。
それが嫌でも能力に見合った職場、一般兵とか下級公務員とかには応募出来ない。
貴族様を平民が部下として扱えないという名目で。
同じ理由で商家等への就職も不可。
嫌なら聖神教会でも入信して聖職者にでもなるしかない。
だからまあ、世間一般から見えれば『お気の毒に』というのは正しいのだろう。
ただ俺は予期される部屋住み生活が嫌ではなかった。
何せ暇がありあまる位にある筈だ。
お金はそれほどないけれど、三食食べて図書館通いをする程度は問題ない。
ここラツィオの街の図書館は入場料が1回
昼飯を抜けばこれで1日中本を読んでいられる。
読書が好きで他に特に取り柄もやりたい事も無い俺にとってはこんな暮らし、ある意味理想だった。
それに静かで煩わしい事が何もないし。
だから高級学校でも目立たぬように、そして誰とも特につるまずに生きていた。
伯爵以上の高級貴族の子弟は俺を相手にもしない。
それ以下の階級の子弟がおべんちゃら使うような資金力も権力も魅力も無い。
成績は中の中、しいて言えば文学が得意で運動系が苦手。
魔力は貴族としては中の中程度。
話しても特に面白い訳でもない。
学校でも基本的に時間があるときは読書をしていて特に誰とも会話しない。
何かを振られれば最小限の会話はするけれど。
つまり俺は学校でも目立たない番付トップクラスを誇っていた。
それが狂ったのは高級学校3年の夏休み、そろそろ蝉の鳴き声が煩くなる頃。
朝食後、俺は夏休み中のいつもの日課通り、図書館へ。
ここの図書館は本を閲覧させたり貸し出したりする他、本を発行したり収集したり、販売したりなんて事も業務内容としている。
つまりはまあ本に関する総合的な取扱所だ。
本以外にも雑誌とか号外紙とかも扱っているけれど。
俺はいつものように図書館の受付で入場料
珍しくその日は図書館が混んでいて、静けさを好む俺は必然的に人の少ない書棚の方へと追いやられる。
たどり着いたのは『古書、奇書、その他』の棚だ。
そう言えばこの辺の書棚はあまり漁っていないな。
まあ当たりはずれで言えばはずれの本が多いし。
そう思いながら書棚を目で端から順に確認していく。
その本を見つけたのは書棚のほぼ最後の方だった。
分類でいえば『その他・分類不能』にあたる場所だ。
既にその本は背表紙の時点で他の本と違った。
紙質もそうだし書いてある文字らしきものも違う。
なお挟んである札には『貸出
本としては激安、だけれども理由は一目瞭然だ。
この本は読めない。
文字がスティヴァレ語でもフラン語でも他のロタン語系統の何語でもない。
それどころかアルファベットが類似しているギリアム語系統ですらない。
この国では未知の言語で記載されている。
だが見た瞬間、俺には読めてしまったのだ。
同時に今までなかった記憶が蘇る。
そうだ、俺は日本人だった。
今の俺とは違う別の俺で、おそらく別の世界の別の時代で。
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