第13話 お仕事開始

 あんな事こんな事した翌朝。

 なのに皆さんいつも通りだなと感じる。

 というか色々気になっているのは俺だけだろうか。

 夢だったというオチでは無いのはこの疲労感が証明している。

 でもまあ皆さんいつも通りなら無理に俺だけ気にしている様子も変だろう。

 そんな訳で努めて俺もいつも通りにふるまう事にする。

 上手く行くかは別として。


「さて、私は今日は見本を持ってこの街の図書館や出版社を回ろうと思う。皆は翻訳の方、よろしく頼む」

「了解ですわ」

「わかった」

「僕は取り敢えず図書館を確認して来ようかな。どれくらいリファレンスが使えるか確認しないとね」

 あ、フィオナいいなと思うが俺がここを抜ける訳にもいくまい。

 何せ翻訳のメインは俺なのだ。

「休日にでも図書館に行ってみようかな」

「まあ翻訳仕事も週に1日、安息日はお休みという事にしよう」

 そうしないと俺は本読みたい病できっと倒れる。

 俺には活字中毒のきらいがあるのだ。

 日本語翻訳以外でも本を読みたい。


「じゃあ今日は私がアシュノールさんと一緒ですわね」

「もう色々な意味で仲間なんだから敬称は無しでいこうぜ」

「そうですわね」

「私もそれ賛成かな」

 えっ。

 微妙にさん付けしないと呼びにくいけれどな。

 それに色んな意味での色んな意味とは、まさか昨夜のあの件か?

 だとしたらさらに微妙に呼びにくいような気が……

 そう思うのは俺だけだろうか。


「それはテディは秘書を兼ねているから基本的にアシュノールと一緒だろ」

「まあそうですけれど」

「2人だからと言ってあまりイチャイチャするなよ」

「善処しますわ」

 こらミランダさんにテオドーラさん!

 もといミランダとテディ!

 その受け答えは何なんだ!

 やっぱり昨夜の影響だろうか。

 何か非常に不安だ。

 やっぱり俺に不相応かつ柄にも無い事をやらかしてしまったのではないか。

 ちょい胃が痛い。


 やはり俺以外は1人2人前位食べた後、片づけて仕事場の方へ。

「それじゃ行ってくる」

「私も行ってくるね」

 2人が出て、そして俺達も作業開始。

 訳が途中の本は無いので、まずは新規に何を訳すかという相談からスタートだ。


「今日翻訳する分は簡単なのがいいよな。どうせミランダさん、いやミランダが図書館や出版社から希望とかも聞いてくるんだろうしさ」

「そうですわね。それでは私からリクエストいいでしょうか」

「何か面白い案、ありそう?」

「昨日作ったあのケーキのレシピとか載っている本ってありますかしら」

 なるほど、確かにスティヴァレには無い料理の本なんて売れるかもな。

 そう思ってすぐに考え直す。


「向こうとこっちでは入手できる材料が結構違うからさ。そのまま訳しても使える本にはならないと思う。かとは言って代用の材料を使うなら実際に作ってみないと」

「うーん、それですと作業が大変ですわ」

 翻訳作業が机上だけでは済まなくなる。

「でも実用本路線はいいかもしれないな。ただ向こうでもこっちでも使える実用となると何があるか……」

 何せ生活が色々と違い過ぎる。


「難しいな。その辺は後で皆で考える事にして、とりあえず子供用の簡単な絵本でも取り寄せて訳してみるか」

「でも子供向きの本って内容が教訓とかそんなのばかりで面白くないですわ」

 確かにここスティヴァレでは建国の昔話とか教訓的な話とかだけだな。

 子供の本で楽しさを追求したものは見たり読んだりした覚えがない。

 これは案外面白い路線かもしれないぞ。


「むこうの本はそうでもないさ。まずは取り寄せて訳してみよう。短い話が多いからさっと幾つか訳してみれば雰囲気もわかるだろう」

 ぐりとぐらあたりから行くか。

 それとも世界の童話シリーズみたいなもので行くか。

 でも絵本だと絵が中心になるからそれはそれで大変だよな。

 よし、ここは日本の創作童話の名作、『いやいやえん』と行こう。

 この世界には幼稚園は無いが、その辺の設定も含めてうまく訳してやればかなり対象年齢の広い話になるだろう。

 俺はポケットから小銀貨2枚2千円を取り出す。

 こんなものでいいかな。

 コインを置いてもう何度となく唱えた呪文を唱える。

「日本語書物召喚! 題名『いやいやえん』。起動!」

 作者名を忘れていたが無事召喚に成功した。

 ちなみに作者は中川李枝子だった。


「これが向こうの世界の子供向けの本なのですか」

「ああ。ちょっと訳すから待っててくれ」

 場所はスティヴァレではない別の国、そこには幼児が集まって過ごす保育園という施設があり……

 その辺の説明を付け加えつつガシガシと書いていく。

 ある程度は翻訳魔法が手伝ってくれるからそれほど苦労しない。

 ページ数こそ200頁弱あるが、文字も大きく少ないし通常の本より段違いに訳すのが楽だ。

 ダッシュで訳して1話毎にささっと確認して修正し、テディに渡す。

「イラストは入っていないけれど大体わかるだろう。本当は毎ページイラストを挟みたいところだけれど、まずはこのまま読んでみてくれ」

 俺は身体強化魔法で手の動きを倍速にして訳を筆記しつづける。


「これは……楽しいですわ」

 おっと肯定的な評価が来たぞ。

 まあ面白いだろうと思って取り寄せたのだけれど。

 テディは、

「この『赤がいや』を許される代わりに赤が全部使えなくなるの、なんとも言えないですよね」

とか、

「最後に狼が衛士に連行されていくのいいですわね」

なんて言いながら楽しんでいるようだ。


 手が攣りそうになりつつ2時間くらいで一気に全部訳し終えた。

 翻訳魔法と身体強化魔法とを併用して限界近い速度で訳した結果だ。

 何せ途中からテディが『早く寄越せ』と視線で催促してくるから仕方ない。

 本気で右手がヤバい状態になったので治癒魔法を重ねがけしている始末。

 脳みその方も全力で翻訳魔法を使ったのでかなり疲れている。

 ぶっちゃけ、フラフラだ。

 

 しかしそんな俺のすぐ横、テディは絶好調という感じ。

「これは傑作ですわ。是非これも出版してもらうべきです」

 彼女はそう力説する。

「なら良かった」

 無茶した甲斐があったというものだ。

「2人が帰ってきたら早速これを読んでもらって、売込みに行ってもらいますわ」

「その内容で大丈夫かな」

 狼や熊はいいとして、鬼はコボルトになっていたり消防車が王様の馬車になっていたりと色々改変した場所も多い。

 他の世界のお話という事で説明も多くなっているし。


「全然問題ないです。きちんと子供でもわかる内容になっていますわ」

「でも文体とかその辺はテディが校正した方がいいだろ。それに持ち込むならイラストもフィオナに描かせてつけたい」

「そうですわね。そうすればもっと楽しい本になりますわ」

 こんな感じで俺達の新拠点での翻訳作業はスタートした。

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