第160話 最終決戦の前に

「今日は夕食がとんでもなく豪華だな」

 ミランダの言う通りだ。

 Tボーンステーキ、牛テール肉のトマト煮込み、南蛮漬け、白身魚三種のカルパッチョ、刺身盛り合わせ、牡蠣フライ、アクアパッツア、サラダ…… 

 更にデザートにプリンとショートケーキまで用意してある。

 俺だと胃もたれしそうな位豪華で豊富すぎる状態だ。


「明日は皆さん大変ですから」

「景気づけ」

 明日はファブーロとバジリカタでの二方面作戦の日だ。

 今回は俺とナディアさんだけでなくミランダとフィオナも戦場に出向く。

 無論攻撃されない状態での参加だけれども。


 そしてこれがおそらく最終決戦になる。

 この事は正式には誰にも言ってはいない。

 だがここの面子はおそらくわかっていると思う。


 対策委員会の方も準備済みだ。

 近衛・第一騎士団の指導部や王宮にいながら政治と戦闘を操っている高級貴族用の一時収容場所も既に準備済み。

 いざ事案の際に王宮に乗り込む部隊も手順も準備も出来ている。

 この辺りは前回の陛下親征時から準備しているのだが、今回は実際に実行する事になる筈だ。

 突入するのは戦闘の次の日の予定だけれども。

 なんて考えているとジュリアにカルパッチョを取り分けた皿を渡される。


「今は食べる時間」

 確かにそうだな。

 準備は万全の筈だし後は明日だ。


「ありがとう」

 やっぱりうちのごはんは美味しい。

 しみじみ思う。

 ただおかずが多すぎて全部制覇するのが大変だ。

 ひとつひとつの料理が美味しいだけに始末に負えない。


「このテール煮込み、とろとろでほろほろで美味しいですわ」

 テディが骨付きの塊を食べながら言う。

「この骨際のゼラチン質のところがまた美味しいんだよな」

「でもこのステーキのしっかりした感じもいいです」

 うんうんと俺も頷いてしまう。


「でもこの刺身もやっぱり安定の美味しさだよ。カルパッチョにかかっているソースも絶品だしね。魚も刺身の方は寝かせて熟成させた奴で旨みが凄いし、カルパッチョの方は新鮮でコリコリしていて食感がいいし」

 このフィオナの意見にもうんうんと頷いてしまう。

 そして残念なことに俺の胃袋はあまり大きくない。

 結果的に何とかメインのおかずをほんの少しずつ食べたところで限界を迎えた。


「こういう時は悔しいよな。どれも美味しいのにこれ以上入らない」

「何ならデザートは僕が食べてあげようか」

「だが断る」

 この辺はいつもの会話だ。


「自在袋に入れてとっておきますね」

「私のも入れておく」

 ジュリアも俺と同様、デザートまでたどり着けなかった模様。

 他の皆さんは胃袋の容量が大きいので大丈夫らしい。


 これでは相当に稼がないとエンゲル係数が上昇しすぎて生活を圧迫しそうだ。

 今はまだまだ貯金があるから大丈夫だけれど。

 でもいつもの生活に戻ったらまた頑張って働かないとな。

 今は締め切りを延ばしてもらっているし、ジュリアの描きためていた漫画がまだ半年分くらいある。

 でも小説はそろそろ厳しい筈だ。


「また事態が正常化したら翻訳家業をバリバリ再開しないと」

「そうだな。今は非常事態で締め切りを待って貰っているけれど、あと3ヶ月位でいつもの体制にもどさないとな。テディも半年したらあまり動けなくなるだろうしさ」

「それまでアシュ、数冊出版用の翻訳をお願いしますわ」

 それは仕方ないな。


「でもまずは明日の戦闘です」

 その通りだ。 

「明日はナディアさんがバジリカタで1人になる。申し訳ないけれど頼むな」

「任せて下さい。元は本職ですから。今は翻訳業の方が好きですけれどね」

 きゅううー、きゅううー。

 ニアとマイアが同意するように鳴いた。


「そのかわり陛下を宜しくお願いします」

「ああ、大丈夫だ」

 どう大丈夫か、陛下をどうする気か。

 俺はその辺を皆には話していない。

 テディは俺が案を思いついた時に側にいたから気づいているかもしれないけれど。


「これくらい豪華な夕食だと陛下や殿下がたかりに来ていたよな、そう言えば」

「それで人一倍食べる」

「そうだよね」

 俺も思い出す。

 確かにこれくらい豪華な夕食だとよほど忙しくない限りやってきたよな。

 自分用とお土産用のワインを数本自在袋に入れて。


「次に来る時は陛下でも殿下でもなくなっていますわ、きっと」

「とすると殿下はロッサーナ先輩と呼ぶ事になるのかな。でも陛下はどうしよう」

「その時はその時」

「ですね」


 その辺の名前も決めないとな。

 事実上は俺が決めることになるのだけれど。

 その辺もまだあえて準備をしていない。

 陛下の未来視に影響を与えない為だ。


「殿下、ロッサーナ先輩はまだこの別荘にいらしていないですものね。温泉施設もご案内しないと」

「あとテディの妊娠も教えないとね」

「だな」

 その辺はちょい俺的には恥ずかしい。

 いやある意味当然の結果なのだけれども、それでも。


 そういえばちょっと関係ないけれど思いついた疑問を聞いてみる。

「そう言えばテディって今でもよく温泉入っているけれど、妊娠中に温泉入って大丈夫なのか?」


「念の為調べたけれど大丈夫みたいだよ。ただ体温が普段より上下するくらい入っていると影響があるかもしれないけれど。あとは足もとに注意する位かな。立ちくらみとか起きやすくなるみたいだしね」

「フィオナにそう聞いて、今は体温と同じか少しだけ暖かめのお風呂にしていますの。椅子湯だと自分専用に出来るのでちょうどいいですわ」

 なるほど、既にその辺調査済みという事か。

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