第109話 テディ&ナディアさんへの課題

 世間様も夏休みシーズンが無事終わった模様。

 俺達はまあ、リゾート終了から働いていたけれど。

 サラとジュリアも学校が始まった。


 なお2人とも休みのうちにそれぞれのお仕事をかなり進めてくれている。

 例えばサラは週刊レシピ号外を読者欄以外は11月分まで仕上げている。

 ジュリアに至ってはリゾート後だけで漫画5冊も仕上げてしまった状態だ。

 内容はイティハーサ2巻分、革命物新作1巻分、第三のギデオン1巻分、それに俺が頼んだ群集心理の漫画1巻。


 このうち革命物の新作は『ベルサイユのばら』をもとにかなりスティヴァレ風に翻案したものになっている。

 話の筋もかなり変わった。

 ジュリアに言わせれば原作は『愛だの恋だのが多すぎる』そうだ。

 何か日本の原作ファンと原作者に大変申し訳ない気がする。

 まあ異世界の事なので勘弁して欲しい。


 一方で『第三のギデオン』はドロドロなところそのままに絵柄だけ変えている。

「こっちの方が好き」

 ジュリアの性格、大丈夫だろうか?


 また群集心理の漫画は更にノリノリでやったようだ。

 絵柄は全く異なっているけれど読むと原作以上に漫画として面白い。

 それでいてちゃんと群衆心理についての解説だの考察だの入っている。


 更に言うとやたらとロベスピエールのキャラが異常なまでに立っている。

『群衆の中に入ってしまえば学者も愚者も等しく馬鹿になるのだよ、君達』

 なんて解説していたと思えば、

『私は童貞だ! だから君達と比べて少なくとも女性関係は清廉潔白だ!』

なんて叫んでいたりもする状態だ。


 それにしても彼、日本の他の漫画でも童貞扱いされていなかっただろうか。

 残念ながら憶えていないけれど。

 あと仮にも女子学生が童貞だなんて叫ぶ漫画を描くのはちょっと……

 なんて事を少し思ったりもする。


 それにしてもジュリアの仕事の早さは日本的な常識から考えると異常だ。

 しかし彼女の作業を実際に見れば何故それほど早いか納得できる。

 何せジュリア、一般的な漫画程度なら、12半時間5分かからずに1ページを描画してしまうのだ。

 日本の漫画家さんが考えながらネームを描くより遥かに速い。

 恐ろしい事に俺が通常モードで翻訳魔法を使用して翻訳するよりもジュリアが同じ部分を漫画で描く方が早い状態。


「前に比べて随分と描くのが早くなっていないか」

 そう尋ねたところ、

「4月から描いて慣れた」

という台詞が返って来た。


「設定さえ描ければ登場人物が動くのを写すだけ。問題ない」

 そう言ってほぼ一発で描いて仕上げてしまうのだ。

 勿論仕上げ直しで描き直しとかもある。

 コマ割りを変えたりなんて事もある。

 でもそもそも描く速度が速度だ。

 結果、俺やテディが翻訳文を追加したり書き直したりして仕上げるよりも早い。

 ジュリア、この方面の天才なのではなかろうか。


 さて。

 お仕事時間中、事務室は俺、テディ、ナディアさんの3名体制の事が多い。

 ミランダは常に外回り。

 フィオナは大量の調べ物をしながら作業をするので図書館に居る事が多い。

 サラとジュリアは学校だ。

 だから陛下の件を話すにはちょうどいい時間になる。


「テディとナディアさん。実はお願いがあるんですけれどいいでしょうか」

「何でしょうか」

 2人が俺の方を見る。


「実は最近、未来視でこの先がどうなるか時々見ているんです。それで見ると俺以外に移動魔法を使えるようにした方が作戦の成功可能性が高くなるようなんです。出来れば今年の冬頃には。

 ですからこれからテディとナディアさんに空間操作魔法をある程度憶えてもらいたいと思うのですが」


「是非お願いしますわ。そうすれば好きな時に好きな場所に行けるのですよね」

 テディは積極的。

「もちろんやってみますがあまり自信はありません。高級学校と騎士学校を出たソニアさんでもマスターできなかったと聞いていますから」

 ナディアさんは自信なげだ。


「一応テキストを2人分用意しました。全部スティヴァレ語で書いてあります。これを1日1時間、10ページ前後読んで理解出来れば1月以内に空間魔法の考え方が理解出来るはずです。質問は俺にこの時間にしてくれれば大丈夫ですから」


 テキストとは『宇宙の構造と時空間~我々のいるのはどんな場所なのか』をスティヴァレ語に訳して、かつ憶える段階ごとに区切ったものである。

 俺の手書きなのは勘弁して欲しい。

 でも2人とも翻訳で俺の手書き文字については見慣れている筈だ。


「これは結構分厚いですね。かなり時間がかかったのではないですか」

「お仕事1週間分位ですね。俺にはあの魔法がありますから時間についてはごまかしが効きますから」

「でも無理しないで下さいね。アシュが私達より早く老けたら悲しいですから」

 そんな話をしながら2人は俺が書いたレポート用紙の束を受け取る。


「概念的に難しい面がありますので、1日で1日分が理解出来なくても無理しないで下さい。早さよりも理解度の方が重要ですから」


 何せここスティヴァレ暮らしの人にとって難しすぎる概念がいくつも入っている。

 量子論あたりから先は俺だって苦労しまくった。

 現代日本の知識がある程度あるにも関わらずである。

 陛下がよく理解出来たなと感心する程だ。

 案外理解していないのかもしれないけれど。

 理解したつもりでも魔法は発動するから。


「ところでアシュ。未来視ではどれくらい先まで見えるのでしょうか」

 それについては説明が難しい。


「見えるという位確定しているのはせいぜい数時間の範囲までかな。あとはぼやけたイメージから雰囲気をつかみ取るという感じだ。例外として予定が決まっている事項なんかははっきり見えたりもするけれど。

 このお願いについては『陛下の目的を達成させ、更に陛下自身を死なせない』と仮定した上で条件を色々考えて、そんなうすぼんやりしたイメージの変化を感じる作業をした結果なんだ」


 基本的に未来は確定していない代物なのだ。

 だから俺に見えるのは雰囲気、イメージだけ。


「イメージがいい方に変化したなと思ったら、その条件を固定して更に条件を追加していく。その作業を繰り返してよりいい感じのイメージを目指していく。そんな作業かな。だから時間もかかるしその割にたいした事はわからない。

 だから今未来視でほぼ確実に言えるのは、この時計で12時ちょっと前にミランダが帰ってくる事と、その時に陽だまりの彼女と猫の地球儀が再販になったニュースを持ってくる事くらいかな。ついでに言うとフィオナは調べ物が充実して昼ご飯に遅れて3時過ぎに帰ってくるとかさ」


「それだけでもわかれば便利ですわ。昼食でフィオナを待たずに済みますから」

 まあそうだけれどさ。

「フィオナさんは調べ物作業になると周りが見えないですからね。でも児童書部門の再版が今回無かったのは悲しいです」

「たんたのたんけんは元の部数が多かったですわ」


 テディの言う通りだ。

 児童書はライバルが少ない分、初版も多く設定されている。

 いずれにせよ今年は昨年以上にイービス商会、儲かっている。

 このままでは税金がとんでもない事になるのでは無いだろうか。

 まあ会計関係はミランダとフィオナに任せているけれど。

 俺としては非常に不安だ。

 陛下がどうなるかよりリアルな問題として。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る