第30話 厨房担当の嘆き

 今夜は陛下のおかげで完全に目が冴えてしまった。

 でもこうなったら翻訳だというわけには残念ながらならない。

 何せ相手は22世紀の英語の本らしいのだ。

 英和辞典でも取り寄せないと訳せる自信が無い。

 そんな訳で本は俺の荷物と一緒にしまっておく。

 そしてある事に気づいて主寝室の隣の寝室へ。

 目がさえても確実に眠れる方法がスティヴァレにはあるのだった。

 目覚めがちょい悪くなるが止むを得ない。

「睡眠魔法、対象俺、実行」

 はいおやすみなさい……


「おはよう! 朝だよ!」

 俺は眠い。

「アシュ、朝だよ」

 眠いのだ。

「起きないとぱふぱふしちゃうぞ」

 おい待て! 気を確かに!

 仕方ないので俺は目をさます。

「勘弁してくれ。朝は時々弱いんだ」

 昨夜の出来事は言えないからそう言ってごまかしつつ。

「せっかくここに来たんだから有効に時間を活用しないとね」

 フィオナは眩しい笑顔でそんな台詞をはいて俺の布団をはぎ取った。

 なお、ぱふぱふとはまあ、俺が翻訳でこの世界に持ち込んでしまった単語の一つだ。

 意味は日本語? のぱふぱふと同じだと思ってくれ。

 でもよく考えたらフィオナではぱふぱふは無理だよな。

 テディなら可能だけれどと思いつつ身を起こす。


「朝ご飯は出来ているよ。今日はテディと僕とで作ったから」

「ありがとう」

 ミランダが関わっていなければ大丈夫だよな。

 彼女だけはどうも料理に適性が無いようだ。

 実質マズメシ錬成装置だからな。

 本人に可哀そうだから口には出さないけれど。

 何せ自覚もあるようだし。

 そう思いながらのろのろと食堂へ向かって歩き出す。


 ◇◇◇


 昨日は日焼けで痛い目を見たので、今日は全員シャツを着た状態で海遊び。

 海に浸かっているだけでも充分楽しいが、ゆっくり泳ぎながら海の中を見るのもなかなか楽しい。

 硝子と木と布で出来た水中メガネはすぐ水が入ってきてしまうけれど、それでも海中の景色を色々映し出してくれる。

 無論魚を追いかけても奴らの方が速いからそのうち見失ってしまうけれど。

 なんて感じで泳いでいたら黒いトゲトゲを見つけてしまった。

 言わずとしれたウニだ。

 ここゼノアではウニも一応食べる。

 でも人気が無いのか保存が難しいのか市場にはあまり出回らない。

 チャンスだよな、これは。

 だが手ではうまくとれそうにない。

 ナイフとバケツを持って来るか。


 そんな訳でバケツとトングとナイフを装備してウニ探しを開始。

 これ、結構面白いな。狩猟本能を刺激するというか何というか。

 貝類も結構いるが俺はよく知らないので採取しない。

 ウニ専門だ。

「アシュ、何をなさっているのかしら?」

 テディが見に来たのでバケツの中をみせてやる。

「これは何ですの?」

「ウニだよ。美味しそうだからちょっと食べてみようと思って」

「ウニって、あのパスタ等に使うあの黄色い粒粒ですの?」

 生きている実物を見たことは無いが食べたことはある模様。

「そうそう。高価だし新鮮なのはなかなか市場に出ないしで食べてなかったけれどさ。ここには結構いるから試してみようと思って」

「これがウニなんだ。知らなかったな」

「食べたことはあるけれどな」

 フィオナやミランダも合流だ。


 結果3人がウニ採取を始めたので大量確保はもはや確定。

 ならば俺がすべき事は一緒に採取する事ではない。

 美味しい昼ご飯を準備する事だ。

 まず米を研いで吸水させるところからスタート。

 この状況ならやっぱり元日本人としてはウニ丼を食べるべきだろう。

 かつて礼文島で食べたようなウニ丼なんていいかもしれない。

 でもどうせ作るならウニ入り海鮮丼の方が楽しそうなのでそっちに決定。

 ちなみに俺は海鮮丼の飯は酢飯派だ。

 勿論ウニ入り海鮮丼以外にテディ達用のウニメニューも作る必要がある。

 定番という事でまずはウニクリームパスタあたりかな。

 ウニクリームパスタに生ウニを載せるなんて贅沢、こんな時でないと味わえない。

 更にウニバターとウニバターパンも作っておこう、ひひひひひ。

 料理方法で失敗したくないから無駄遣いと言われてもいいのでレシピ本召喚。

 財布から小銀貨3枚3,000円を出してテーブルに置いてと。

「日本語書物召喚! 生ウニのレシピがたくさん載っているレシピ本! 起動!」


 ◇◇◇


 誤算があった。

 悲しい誤算があった。

 何が誤算かというと、俺がせっかく作ったウニ入り海鮮丼。

 3人に全部喰われてしまったのだ。

「米はこういう風に食べるとおいしいのですね」

「初めて食べた味だがやけに身体が求めるよな」

「おかわりはないのかな」

「それはお試し用だからそれだけです」


 本当はそれは俺専用の特製ウニ入り海鮮丼だったんだ!!

 わざわざ俺の前に置いてあったのに回して食べるな!

 そしてフィオナ、最後まで食べ切るな!

 何気にお前が3人の中でいちばんちゃっかりしているぞ!!!

 そんな心の声は勿論表には出さない。

 俺としては他のメニューを粛々といただくだけだ。

 勿論ウニクリームパスタもウニバターパンも無茶苦茶美味しい。

 海鮮丼のついてに作ったカルパッチョも悪くはない。

 でもやっぱり海鮮丼が……

 仕方ない、今夜もまた作るぞ。

 俺は固く固く決意した。


 ところで海鮮丼3分の1とウニクリームパスタ2人前とウニバターパンをそれぞれ食べ切る女性3人にはどれくらい米が必要なのだろう。

 皆さんに自己申告させる必要がありそうだ。

「今の海鮮丼、夕食にも作りますけれどどれくらい食べますか」

「今の量が基準だと2杯分は必要だな」

「同意ですわ」

「同じくだね」

 おい待て!

 今の丼、米を1合使ったんだぞ。

 つまり俺の分含めて7合炊けというのか!


「このパスタも美味しいよな」

「でもこのバター塗ってさっとやいたパンも美味しいですわ」

「どっちも夕食でも食べたいよね」

「勿論だ」

 わかった。十分理解した。だから3人に告げる。

「わかりましたから、午後もウニの採取をよろしくお願いします。ウニの収穫量次第で夕食のメニューの充実度が変わると思ってください」


 幸い魚は買い込んであるので何とかなる。

 でも米7合を炊くのか。

 そんな大きさの鍋でご飯を炊ける自信は無い。

 何せ魔法炊きだから加熱時間分魔力を放出しなければならないからな。

 まあ充分に米を吸水させれば何とかなるだろう。

 魔力はまあ、ヤバそうならテディあたりに手伝わせよう。


 それにしても俺は何故休暇中なのにこんな苦労をしているのだろう。

 そう思いかけた俺はあわてて思考停止する。

 深く考えてはいけない。

 そもそもこいつら3人が妻だとか今の状況まで考えると収拾がつかなくなるから。

 それにしても何だかなあと思う。

 昨晩はついに陛下も出て来たし、俺の人生は絶賛大暴走中という感じだ。

 確かに楽しいけれど何か違うと常に感じるし時にどっと疲れたりもする。

 まあ誰もいない処でため息をつくくらいならいいよな、きっと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る