第46話 僕は友達が少ない
練兵場はがらんとしていた。
時間はやや早いが場所はここでいい筈だ。
そう思いつつ周りを見回す。
おっと、誰か来たようだ。
陛下かなと思ったがどうも違う模様。
身長は同じくらいだが服装が違う。
昨日対戦した相手、確かナディアさんだったな。
彼女は俺を認めると走ってくる。
敵意は特に感じない。
だから取り敢えずそのまま待つ。
「申し訳ありません。本日は来ていただきありがとうございました」
そうきちっと頭を下げられてしまったのでちょい戸惑う。
「いえ、こちらこそ昨日はすみませんでした」
ところで今日の用件というのは何だろう。
陛下ではなく彼女が来た。
つまり彼女が俺に何か用事があるという事だろうか。
でも思い当たる事は特にない。
「実はお願いをしに参りました」
「何でしょうか」
「実は昨日、召喚して取り上げられてしまった白竜と
なるほど。
確かに召喚しても出て来なくなるだろう。
閉鎖空間に閉じ込めてしまったからな。
「無論勝負に負けた私にそのような事を言う資格が無い事はわかっています。それでも白竜も
「いいですよ。こちらに出せば宜しいでしょうか」
ナディアさん、ぽかんとした顔をする。
「いいのでしょうか、本当に」
「私が預かっていても仕方ないですからね」
空間魔法を起動し、昨日閉じたままにしていた空間を目の前に展開する。
白竜と
実際こうやって出てくると巨大だ。
練兵場の一番広い場所を指定した意味がよくわかる。
そうしないと2体とも出すのは難しいから。
それに練兵場なら外から見られる心配も無い。
龍が出たと驚かれたりパニックを起こされる心配なんかも無いわけだ。
白竜も
ナディアさんに首を伸ばして甘えている様子だ。
なにやら言葉を交わしているようでもあるが、その辺は俺にはよくわからない。
ひとしきりその状況が続いた後、2体の龍はふっと姿を消した。
これはナディアさんの魔法だろう。
「どうも有難うございました」
頭を下げるナディアさんに俺は尋ねる。
「ところで俺にどうやって連絡したのですか。住所や連絡先等も特に公開していなかったと思いますが」
「昨日、あの試合の後、陛下に呼ばれました」
やはり陛下かと思う。
それしか俺につながる線はないものな。
「陛下に無理難題を言われませんでした?」
陛下の被害者である俺はついそう聞いてしまう。
「いえ、陛下にはむしろ気を使っていただいた形です。ニアとマイア、あ、さっきの龍たちの名前ですけれど、チャールズさんと闘った際に召喚した龍の事とか、今後の私の身の振り方とか親身に考えて下さりました。チャールズさんに連絡されたのもこの場所を空けて下さったのも陛下の心遣いです」
ちょっと今の台詞に不安な部分があったので尋ねてみる。
「今後の身の振り方って、ナディアさんは確か近衛魔法騎士団にいらっしゃるのですよね」
「龍を召喚できるからいただけです。元々は北部の山間部にある名も無い村の出身ですから。
今回騎士団の名前と期待を背負っていたのに1回戦で負けてしまいました。ですので正直騎士団に戻るのが心苦しい状況です。幸い陛下が直々に休暇を下さったので、これを機に騎士団を離れようかと思っています。元々あまり騎士団の生活も私にはあいませんでしたからちょうどいい機会かと思います」
おいちょっと待った。
俺に負けただけでそこまで行くか!
何か責任を感じて来た。
まあ真に責任を感じるべきは陛下なんだろうけれどさ。
そう思った時、ふと俺は感じた。
空間の揺らぎという奴をだ。
これは間違いない、奴だな。
「陛下! 盗み聞きしないで出てきてください!」
「いやいや気付かれたな、やっぱり」
本事案の責任者が現れた。
全く油断も隙もない奴だ。
「大会の方はどうしたんですか」
「今は休憩時間さ。食事後、僕は私室で休んでいる時間だ。扉は魔法でロックしておいたから誰も来る心配はない。まああと
ナディアさんがさっと一歩下がって片膝をつく。
その辺の動作は流石騎士団員だ。
「陛下、お出でいただき恐縮です」
「ここではそうかしこまる事はないよ。いるのは僕とアシュノール君だけだしね」
ん、今の台詞ちょっと待った。
「俺はチャールズですよ」
「実はもう
陛下は肩をすくめる。
「ちょい開会式で余分な事を言ってしまったせいかあっさり気付かれてね。アシュノールさんまで巻き込むなんて大概にしてくださいと、昨日夜に怒られた」
おいおいおい。
「でも他にはバレていないですよね」
「一応ね。その辺は秘密にしないとアシュノール君の普段の生活が危ういしさ」
なんだかなあ。
「それでチャールズ・フォート・ジョウントことアシュノール君に御願いだ。しばらくナディアをそっちで預かってくれないか。
無論後程説明には伺うから。とりあえず今日はヴィットリオに説明に同行させる。後程僕か
えっ!? 何でそうなるんだ!
「近衛師団は名前と格式こそ高いけれど、今は上流貴族のドラ息子どもの巣窟になっていてね。ナディアみたいに身分が無くて実力がある子には風当たりがつよいんだ。まあその辺の空気は元貴族のアシュノール君なら理解できるよね。そんな訳で今の状況ではナディアを置いておきたくなくてさ。
かと言って地方の軍やその辺の貴族に預けるのも危険なんだ。ナディア1人で騎士団1個連隊以上に匹敵する戦力だからさ。本人の魔法戦闘力も騎士団有数だけれども何といっても龍2頭を呼び出せるのは大きいからね。その辺考えた結果、この事態を招いた責任を兼ねてアシュノール君に押し付けるのが一番安心だろうという結論になった訳だ。
あとナディアには既にその辺説明済みだ。アシュノール君の本業が翻訳業であることも、奥さん3人メイドさん1人と暮らしている事もね」
うーむ。
「つまり俺がここに来たときは、既に全ての話は決まっていたと」
「毎度ながら済まないね。事後承諾で」
はあ、ため息が出る。
というかため息しか出ない。
「申し訳ありません。当分の間よろしくお願いいたします」
まあナディアさんに頭を下げられては仕方ないよな。
この人も被害者だし。
「わかりました。ナディアさんをお預かりします」
「何なら娶ってもいいよ。4人目の奥さんになるか5人目かはわからないけれど。あと魔法武闘会の方も優勝まで宜しくな。ま、余程のミスをしない限り楽勝だと思うけれどさ、アシュノール君なら」
はあ。
ここは陛下と言えど、ちょい文句を言わせてもらおう。
「随分とまあ、便利に扱ってくれますね」
「僕には味方が少ないからね。味方というか友人がかな。そんな訳で妹の友人の亭主でも、まあ友人のうちという事でさ。他に頼めない事で頼らせてもらおうかと。
あ、ナディアの生活費はナディアに持たせたから。10年くらいは問題なく暮らせると思うよ」
はいはい。
「それじゃ頼んだよ。ヴィットリオはもう全部承知しているから」
頭痛の種を残して陛下は消える。
後に残された俺はもう一度ため息をついた。
「本当に申し訳ありません」
頭を下げるナディアさん。
「いや、ナディアさんが謝る事は無いですよ。全部陛下のせいですから」
そう、ナディアさんは悪くない。
悪いのは陛下だ。
「ところで家財道具とか荷物とかは大丈夫ですか」
「昨日のうちに整理して、この自在袋に入れてきました」
準備は全てOKという事か。
「それではゼノアに移動します。移動中は目を瞑っていた方が安全ですのでお願い出来ますか」
「わかりました」
俺は移動魔法を起動する。
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