第87話 散歩の収穫

 翌日。

 サラに場所の説明を聞いた後、地図と照らし合わせて近くて人通りの少なそうな場所を選んで遠隔移動する。

 海を見下ろす高台にある墓地に出た。

 墓地と言っても緑が多く半ば公園のような場所だ。


「それじゃ2人がここへ戻ってきたら迎えに行くから」

「時間を決めなくて大丈夫でしょうか」

「位置だけを捕捉し続ける魔法があってさ。これを使えば周りの景色とか何をしているかはわからないけれど、場所だけはずっと意識しなくても補足し続けるんだ。地図上のこの点に今居るなという感じでさ。それを使ってこの場所に戻って来た時に俺がわかるようにしておくよ。だからゆっくりでも早く終わっても問題ない」


 これは陛下が俺を捕捉していた魔法の応用だ。

 陛下は最初、この魔法で俺が一人になった時を狙って接触してきた。

 なお今でも陛下は俺をこの魔法で捕捉し続けているようだ。

 ただこの魔法、座標だけを自動的に捕捉し続けるだけなので実害は無い。


 正直陛下は迷惑な人ではある。

 でも友達が他にいないとかたまにはそういう存在に絡みたいとか、その辺の気持ちがわからないでもない。

 だから今のところこの魔法を解除したり抵抗レジストしたりしていない。


 さて、少しカーモリの街を散策するとしようか。

 普段あまり外に出ないからこういう時くらいは出歩かないとな。

 それに知らない街を散策するのも結構面白そうだ。

 俺はテディ達とは違う方向へゆっくり歩き出す。


 一応地図である程度この街の事は予習している。

 確かこっち側に市場があったはずだ。

 まずはその辺をゆっくり見させて貰おう。


 歩いて行くと道はゆっくり下り坂になる。

 坂道の向こうに港が見えた。

 港が一番低い場所にあり、それを囲むように斜面に家々が立ち並んでいる。

 低い場所に平地が無いので主要産業はやはり漁業なのだろうか。

 そんな事を思いながら低い方へ向かって歩く。


 漁港のすぐ横に魚市場があり、更に道路を挟んで市場街になっていた。

 時間的にもちょうどいい感じで品物がずらりと並んでいる。

 やはり漁港の街だからか海産物が多い。

 ゼノアの市場より3割くらいは安い値段で並んでいる。


 あのスズキ、大きさの割に安いし美味しそうだ。

 刺身にしてもいいしフライにしてもいいよな。

 そっちにあるホンビノスらしい平たい貝もいい。

 ワイン蒸しなんてするといい感じだろう。


 まずい、気を抜くと爆買いモードに突入しそうだ。

 でも食事の買い出しは基本的にサラの仕事であり権限でもある。

 だから何とか我慢して歩く。

 ハムとかソーセージ、肉類はゼノアの方が豊富かな。

 値段もだいたい同じくらいと見た。

 野菜はそこそこ、柑橘類は季節の割に多いかな。

 そんな風に他で気を紛らわせて。


 だが俺は見てしまったのだ。

 大きい箱に海水を入れてそのまま大量に売っているアレを。

 間違いない、これは牡蠣だ。

 以前ボリアスコで採った時の牡蠣は岩牡蠣系統だったがこれは真牡蠣系統。

 しかも半重3kgあたり小銀貨1枚1,000円とゼノアに比べて激安。

 パチン!

 俺の精神的なたがが外れてしまった。


「すみません。この牡蠣をいただけますか」

「何重にしますか」

「全部」

 おかみさんはえっ、という顔をする。

「全部下さい。自在袋で持ち帰ります」


 ふふふふふ、これで昔憧れていた牡蠣小屋ごっこが出来る。

 あの食べ放題的に焼いて食べ焼いて食べするアレだ。

 でもカキオコ用に少し残してもいいな。

 いずれにせよ買い占めだ!


「わ、わかりました。それでは重さを量りますから」

 よしよし。

 柑橘類もついでに買っておこうかな。

 焼いた牡蠣にさっと絞ると最高だ。

 トマトケチャップも一応作っておこう。

 フライ用にタルタルソースも必要だな。

 ああ妄想がはかどる!


「ありがとうございます。5重30kgになります。入れ物はどうされますか」

「直接これに入れていきます」

 自在袋に突っ込んでおけばいくらでも保存できる。

 中の物を汚す心配もない。

 俺は小銀貨10枚を出した後、計った後の牡蠣を自在袋に詰め込む。

 全部で187個あったようだ。

 これではうちの大食い軍団相手には充分ではないな。


 俺は更に周りの店を見回す。

 まだまだ牡蠣を売っている店はありそうだ。

 ついでだから思う存分買い占めておこう。

 うちの大食い連中に負けないように。

 俺は狙いを定め、次の店へ……


 ◇◇◇


 約1時間経過後。

 テディの位置が動き始めた。

 もう少しであの公園墓地かな。

 俺は手近な路地へ入り来た時の墓地へと魔法で移動する。


「どうだった?」

「早速明日の放課後から来るそうですわ。家財道具類は自在袋の一番大きいのを貸しましたので、明日それにいれてくるそうです」

「本当にありがとうございました」

「いや、こっちはこっちで嬉しい収穫があったからさ」

 サラが頭を下げるのを俺は止める。 


「そう言えばアシュ、とっても機嫌が良さそうですね。何があったのでしょうか」 

 テディ気づいたか。

 でもいい。どうせ昼食時には気づかれるんだし。


「市場を見たら色々掘り出し物があった。今日の昼食と夕食は俺に任せてくれ」

 収穫は牡蠣だけではない。

 ここの人はウニも食べるらしくしっかり売っていたのだ。

 更に新鮮で美味しそうな魚や他の貝類も。

 結果、大人買い通り越したお大尽買いを決行。

 いい金額が吹っ飛んだが後悔はしていない。


 さて今日の昼は何にしようかな。

 まずは牡蠣小屋形式で焼き牡蠣か。

 でも自分が食べたければ生で食べてもいいだろう。

 魔法で殺菌できるから食中毒を起こす可能性は低い。

 卵に小麦粉、パン粉とオリーブ油を用意してセルフ牡蠣フライさせてもいいな。

 もう希望は無限大だ。

 夜は久しぶりの豪華海鮮丼にしよう。

 うひひひひひひひ……


 ◇◇◇


 昼食のセルフ牡蠣尽くしは大好評。

 ウン百単位であった牡蠣がごそっと減った。

 夕食の海鮮丼ももちろん大好評だ。

 俺だけで無く全員に。


 その結果、安息日にはカーモリの市場街を見回るのが俺の習慣になってしまった。

 牡蠣やウニだけではない。

 新鮮なサバをしめさばにしたり小鯛のささ漬けもどきをつくったり、もう素材が新鮮かつ安くて色々楽しめるのだ。

 酢締めのような保存食は冷凍魔法や自在袋が使えるこの世界では普及していない。

 食べたければ自作するしかないのだ。

 そして新鮮な魚で作れば間違いなく美味しい。

 俺だけで無く家の皆様にも好評だ。


 数週間経過後。

 カーモリの市場街では魚介類専門の上得意様扱いとなってしまった。

 歩いているだけで魚屋が挨拶して今日のお勧めとかを出してくれる。

 漁港の街だけあってそのお勧めが毎回毎回俺のツボにはまるのだ。 

 結果毎週正銀貨万円単位で俺の小遣いを投入してしまう状態。

 カモにされているとは思っていない。

 お互いWin-Winな関係だ。

 なにより美味しいは正義。

 間違いないし問題ないのだ。

 多分、きっと。

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