第166話 半年後(2)
本日は休養日。
正午に陛下が過去から到着予定だ。
11時頃にはお客様も来る予定。
でも休養日は俺の趣味の買い出しの日でもある。
だから朝食を食べた後すぐに俺は出かけようとした。
しかしジュリアに捕まった。
「私も昼食用の買い出し。だから一緒に行く」
「サラと一緒に買い出しじゃないのか?」
「サラは野菜と肉、乳製品。私は海産物専門」
サラは最近、買い出しにも移動用ゴーレムを使っている。
南部のレッツアにある市場まで行っているのだ。
『別荘に逃げた時に使っていた市場なのですけれど、物が新鮮だし何より安いんです。ゼノアほどではないですが物も揃っています。嗜好品や高級品ならゼノアですが、日常の食品ならレッツアの方がいいです』
なんて事を以前言っていた。
「なら行くか。カーモリでいいんだよな」
ジュリアが頷く。
カーモリのいつもの公園墓地へ移動。
市場までジュリアと並んで歩いて行く。
「ここは変わらないな」
ラツィオとか暴動があったバジリカタだけではない。
ゼノアもかなり変わった。
税金等が明確化された事で貿易が盛んになった事から港がさらに活気づいた。
その為新しい埠頭が現在建設中だ。
領主館は役所になって中も大幅に変わったらしい。
そして今は選挙を目指す立候補者がそこここで自分の意見を訴えている。
「その変わらない事が昔は嫌だった。でも久しぶりに来てほっとするのも事実」
そんなものだよなと俺も思う。
ジュリアは自分の意思で変えるためにゼノアの高級学校まで行ったんだよな。
毎日片道3時間かけて。
「実家なんてそんなものなのだろうな。特にサラやジュリアのように自分の意思で出た場合はさ。俺自身は単にその時その時に流されてこうしているだけだけどさ。それでも実家が今どうしているか、つい確かめてしまったし」
幸いうちの家は偽チャールズにも領民にも襲われずに済んだようだ。
今度の議員選挙でも兄が立候補するらしい。
このご時世でも何とかやっているようだ。
俺自身は帰るつもりはないけれど、その辺ちょっと安心する。
市場通りに出る。
「この季節は何がお勧めなんだ?」
「今はマグロが沖にやってくる。あれば大人買い。あとは小蟹。脚をとってパリパリに揚げる。ウニも旬は今」
なるほど。流石詳しい。
俺の身長より大きいマグロだのウニ全部だの、いつも以上に散財して帰宅。
「あとは私の仕事」
「トロ部分の刺身は頼むな」
「全て了解」
自在袋を2人分持ってジュリアは台所へ。
既にサラも帰ってきていて調理を開始している模様。
俺は事務所でお仕事だ。
なおミランダは休養日なのに応接スペースで商談中。
フィオナは例によって外出中。
テディとナディアさんは事務所でお仕事中だ。
そう言えば俺は以前、こっそりナディアさんに聞いたことがある。
俺の子供を妊娠したと発覚した時だ。
「本当に俺が相手でよかったのか? 本当はナディアさん、陛下を……」
台詞途中でナディアさんは苦笑しつつ口を開く。
「陛下は確かに尊敬できる上司ですけれどね。生活を共にする相手としてはお断りですわ。余分な苦労をしそうですから。そういう意味ではアシュノールさんが一番です。もっと自信を持っていいですよ」
「でも俺は特に優秀でも見栄えがいいわけでもない。此処だって皆が色々やってくれたから出来たし維持できているようなものだしさ」
「国内最強の快傑でスティヴァレを変えた本人が何を言っているんですか。でもそこがアシュノールさんのいいところなんですけれどね」
一呼吸置いて、そしてナディアさんは続ける。
「アシュノールさんは止まり木なんです。一見普通にみえて、でも実はとっても大きくて安定していて安心できる止まり木。陛下や武闘会、騎士団の襲撃や革命まであっても変わらない。それでいて私達が自由に動くことを束縛せず待っていてくれる。そのくせいるだけで外の風すら感じさせてくれる。そんな存在であり場所なんです。
だからテディさんもミランダさんもフィオナさんも、それだけでなくサラやジュリアまで引きつけて放さないのでしょうね。私もそうです。大好きですよ、アシュノールさん」
俺はそんな特別な存在になれているという実感は全くない。
でもナディアさんがそう言ってくれるのなら、少しは自信を持っていいのかもしれないな。
サラとジュリアは学校卒業後、出来ればもっといい場所には羽ばたいて欲しいと思うけれど。
でもとりあえずやるべき事はお仕事だ。
皆を食わせるためには働かねば。
なお訳しているのはオーウェルの一九八四年。
新しい政治制度に対する警告とかそういう意味はさらさら無い。
単なる俺の趣味だ。
そうでもしなけりゃ今の仕事量、やっていられない!
Big Brother is watching you!
……
「アシュノールさん、アシュノールさん」
肩を叩かれて気づく。
「あ、どうした、ナディアさん」
「本当に気づいていないんですね」
誰だこの声は。
顔を上げて見るとヴィットリオさんだ。
慌てて立ち上がる。
「お久しぶりです。その後どうですか?」
「本当は陛下がいなくなったら田舎で農業でもしようと思ったのですけれどね。慰留されて結局新政府準備委員会にいます」
「殿下、いえフレドリカ先輩達ももういらしていますわ。向こうへ行きましょう」
テディの台詞で俺は時計に目をやる。
もう11時を過ぎていた。
全然気づかなかったな。
「わかった。じゃあ行こうか」
机の上を簡単に片付ける。
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