第144話 やらかした後に

 バジリカタからネイプルへ飛び、そこでも話をすること1時間あまり。

 何とか昼前に帰れたが俺はもうくたくただ。


「おかえりなさい」

 テディとサラ、ジュリアが迎えてくれる。


「あれ、ミランダとフィオナは」

「フィオナは自室に籠もっています。ミランダはいつも通り外回りだそうです。ところで第二騎士団の方はどうだったでしょうか」


「予定通りうまくいった。ナディアさんのおかげで助かった」

「アシュノールさんのおかげです」

 そんな事はない。

 やはりナディアさんは騎士団でも特別な存在だったようだ。

 何処へ行っても知り合いがいるし相手もきちんと話を聞いてくれる。


「ただやはりオイグル伯爵は事が起きた際、自分で陛下に訴えに行くそうだ。だから投獄は避けられない。また脱獄もする気はないと言っていた。

 あと第三,第四,第五騎士団長宛の紹介状も書いて貰えた。更に陛下に訴えに行く前に各騎士団長宛に状況説明の手紙を書いてくれるそうだ」

「予想通り」

 ジュリアの言うように俺達が立てた予想通りの結果だ。


「他の騎士団に行くのは第二騎士団の事態が始まってからでいいのですね」

「ああ。第三、第四、第五騎士団はそれまで動かないと視えている。とりあえずはそれまで陛下がどう動くか情報収集だな」

「ならそれまでは一休みですか」

「ああ」

 一休みといって、ふと思い出す。


「そう言えば翻訳の仕事はどうなるんだろう。学校ですら休校になる位だから国立図書館等は当然、休業なのだろうけれど」 

 念の為魔法でゼノアの国立図書館を見てみる。

 おっと、図書館、営業しているようだ。


 ちょっと待てと思って念の為ラツィオの国立図書館も確認。

 こっちは閉まっている。

 事務所の方は活動しているようだけれども。

 どういう事だろう。


 あとでミランダに聞いてみようと思った時だ。

 空間が揺れる。

「ただいま」

 本人が帰ってきた。


「おかえりなさい。今日は早かったですね」

「あちこちで情報収集していたら腹がへってさ。サラ、おやつが欲しい」

「もうすぐお昼ですから我慢してください。今準備をしてきます」

 時計を見るともう半時間30分で12時だ。


「ところでミランダ、翻訳の仕事、今の時勢だと延期とか中止になるのか?」

 ちょうどいいから確認してみる。

「今のところ取り消しも延期も無いぞ」

 なんだと!


「まさかこの情勢でか」

「うちの取引相手はもっぱらゼノアに事務所がある出版社だからな。ラツィオがどうだろうと関係ないみたいだぞ」

 ちょっと待った。


「国立図書館は国の役所だろ。行くとまずい状態だから確認できないだけだよな」

「いや、既に襲われた後、会って担当と話をしている」

 おいおい大丈夫かよ。


「担当者が言うにはさ。『あれは王都でやっているだけでうちには関係ありません。検閲も国王陛下のサインが入った正式な書類を受け取るまではやらない予定です』だと。国立図書館でさえそんな感じだからさ、他の出版社はまあ推して知るべしといったところだ。つまりどの仕事もいままで通りの締め切りが待っている。

 更に言うと漫画はどの出版社でも欲しがっているな」

 という事は、つまりは……


「スケジュール担当として言わせて貰えば、そろそろこそあどの森は全部訳した方がいいだろう。テディにもそろそろ1冊翻訳して渡した方がいいな。あとフィオナ担当の医療の方で要望が来ている。万が一の際に備えて怪我や火傷等の救急法を頼みたいそうだ」


 ここの戦闘は魔法を使う事が多いから、怪我以上に熱魔法による火傷とかが多い。

 攻撃魔法では熱魔法が一番簡単で効果も高いから。

 しかし昨日、非常事態に関する情報収集だけでなく仕事の方もやっていたのか。

 何と言うかさすがミランダだとしか言えない。


「あと、これは大事な事なのでもう一度言っておこう。漫画はどの出版社でも鬼のように欲しがっている。だから出来れば別シリーズで3冊くらい欲しいところだな」

「私も欲しい」

「私が先ですわ」

 おいジュリアとテディ、俺を追い詰めないでくれ。

 仕方ない。


「日本語書物召喚、君の膵臓をたべたい、起動!」

 実は俺は読んだ事が無い。

 流行ったり映画になったりした話は基本的に避けるタイプだから。

 でもこの際、背に腹は代えられない。


「1冊だけですか」

 テディ、不満気。

 最近あまり動かせて貰えなくて微妙にストレスがたまっているようだ。

 それに妊娠の影響もあるかもしれない。


 なら仕方ない。

 恋愛ものも青春小説もネタが切れた。

 ならば女性作家が書いた小説を召喚しよう

 新井素子が書いた最怖の小説群をまとめて召喚する。

「日本語書物召喚、わにわに物語、わにわに物語II、起動!」

 

 新井素子で最怖と聞いておしまいの日を連想した奴はまだまだ甘い。

 このあたりの本は俺としてはクトゥルー神話以上のコズミック・ホラーだ。


 ちなみにコズミック・ホラーとは『広大かつ無機質な宇宙、宇宙における理解不能な超常的存在と対峙した人間の恐怖や孤独感』を描いた作品の事。

 そしてこの辺の本は普通の男性にとってコズミック・ホラー、まさに理解不能で超常的な話だと思うのだ。

 という冗談か本気かわからない話は別として……

「この辺を翻訳するからちょっと待っていてくれ」


「私のは」

 ジュリア用も勿論考えてある。

「日本語書物召喚、夕凪の街 桜の国、櫻の園、シュナの旅」

 定番ばかりで趣味的には面白みに欠けるがまあいいだろう。


「できれば漫画もシリーズものが欲しいな。10冊いかない程度で完結するもので」

 ミランダ、後注文はやめてくれ。

 でも仕方ないな。

「日本語書物召喚、綿の国星コミックス版全巻、召喚」


 これでいいだろう。

 そう思ってふと我にかえる。

 調子に乗って召喚してしまったがこの冊数、俺が全部訳すのか……

 他に日本語を解する人がいないから仕方ない。

 

 ゴーレムに翻訳機能を持たせられないかというのは実験済みだ。

 少なくとも俺の知識では無理だった。

 ああどうしよう……


「お昼御飯ができました」

 サラの声。

 よし、とりあえず後で考えよう。

 俺は現実逃避をすることにした。

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