第17話 今度は馬車?
昼食後の休憩時間。
事務所で手紙を読んでいたミランダが大きなため息をついた。
「アシュ、申し訳ないが頼みがある」
何だろう。
「どうした?」
「うちの父からの依頼だ。どうもグードリッジさんから色々聞いたらしくてさ。ここをどうも何でも屋と勘違いしているらしい」
「どんな内容ですの」
「運送用の大型馬車の不具合が何とかならないか、だとよ」
「どれどれ」
手紙を受け取って皆で読んでみる。
最初の辺りは挨拶文とかグードリッジ商会の件だとかだから省略。
本題は中盤からだ。
大雑把にまとめるとこんな感じになる。
〇 ポンプの件でこちらにもゲオルグ商会からお礼の連絡があった。
〇 ところでこっちも困っている事がある。
〇 運送用の大型馬車は揺れが酷くなるのであまり速度を出せない。
〇 カーブを曲がる時そのままでは曲がれないので内側車輪にブレーキをかける必要がある。
〇 これらの欠点のせいで大型馬車による運送が高速化出来ない。
〇 異国の本と知識で何とか解決できないか。
という感じだ。
貴族用の2輪馬車なら車室はフレームから革ひもで吊り下げられているから振動はそこまで酷くない。
2輪だから曲がるのもスムーズだ。
でも運送用の大型荷馬車は4輪でサスペンション無し。
鉄輪をはめ込んだ車輪だからちょっとした凹凸でガンガン振動する。
4輪で車軸固定だからそのままでは曲がれない。
結果、内側車輪にブレーキをかけ、むりやり引っ張って曲がることになる。
当然急カーブの度にそんな事をしたら速く走れる筈はない。
なるほど、その辺の理屈は理解した。
「割と簡単に解決できると思うから、やってみるか」
ミランダはあきらかにほっとした顔をする。
「済まない。助かる。取引先とかの関係があるから父をあまり粗末に出来ないんだ」
「今月も1冊出しましたし、多少のんびりしても大丈夫でしょう」
財布から念のため正銀貨1枚を出し、いつもの呪文だ。
「日本語書物召喚! 馬車の設計図または設計図入りの書物、馬車は4輪以上で舵取り機構がついていてサスペンションがあるもの。起動!」
うん、あっさりと出て来た。
それにしてもこの魔法、なかなか優秀だよな。
検索ミスなんてのがほぼ無く、だいたい俺の思う通りの印刷物が出てくれる。
どこぞの検索エンジンとはえらい違いだ。
スティヴァレにはそんなもの無いけれどさ。
何枚か単発で出て来た設計図のうち、操舵機構が自動車と同じように動くタイプの、サスペンション付きのものを選ぶ。
ちょうどいいのがあった。
観光用に21世紀になってから設計されたものらしい13人乗り馬車の設計図だ。
四輪独立懸架、コイルバネ形式のサスペンション付き、油圧ブレーキ装備、自動車と同じように前輪左右が舵取り出来る機構装備。
流石にゴムタイヤは今のスティヴァレでは材料が無いから調達出来ない。
でも他の場所はそのまま採用していいな。
強いて言えばサスペンションについている油圧ダンパーがシール材で困るかもしれない。
でも多少漏れる事を許容すれば革パッキンでも何とかなるだろう。
よし、この図面だけならゆっくり訳しても今日の午後には終わるぞ。
俺より図面を清書するテディやフィオナの方が大変だけれどな。
「この図面の清書をお願いしていいかな。あとはこれに注釈をつけて送れば、この図面そのまま作るかどうかは別として高速馬車の参考にはなるだろ」
「図面ものなら僕がやるよ。それにしても複雑な構造になっているんだね。僕が知っている馬車と随分と違うよ」
「大体はバネの力で揺れをましにする機構で、前2輪だけについているのが舵をとる機構だな」
「この数字はそのまま書いていいのかな」
「大きさの単位が違うから数字は後で俺が記載する。まあ実際はこれを参考にして、もっと大きい馬車を作るんだろうけれどさ」
その辺のアレンジは先方任せだ。
「この車輪も僕の知らない構造だけれどそのまま描いていいのかな」
フィオナがゴムタイヤに気づいたようだ。
「とりあえずそのままでいいと思う」
ゴムが入手できないのでゴムタイヤの構造を描いても本当は仕方ない。
でも大商人なら俺達の知らない処でゴムを入手できる可能性もある。
だから一応そのまま描いてもらう。
ならついでにこんな文献もさらっと訳しておくか。
小銀貨2枚を出して前に置く。
「日本語書物召喚! ゴム製エアタイヤの設計図とタイヤ用ゴムの基礎的な製法が記載された書物あるいは図面。起動!」
さて、これで訳す文章がちょっと増えたな。
でも仕方ない。
ちゃっちゃとやって今日の午後には終わらせよう。
◇◇◇
その日のうちに全ての翻訳を済ませ、分厚い封筒に設計図や解説等を色々入れ、ラツィオにあるミランダの実家まで送った。
俺自身はそれきり馬車関係の事は忘れていた。
何せ実際は半日程度の作業だったしそこまで手間取った訳でも無いし。
再びその事を思い出したのは約2か月後。
ミランダが再び実家から手紙を受け取ってである。
「あの馬車、新型車輪も含めて開発成功したらしい。今までとは段違いの速さと快適さでとんでもない事になりそうだってある」
「どれどれ」
いつも通り全員で取り囲んで読んでみる。
何と空気入りタイヤの開発まで成功してしまったようだ。
しかもゴム製らしい。
「何か僕たちの予想以上に凄いものになったみたいだね」
「流石アシュですわ」
いや、今回は本当に俺の予想以上だ。
どうやらゴムはここスティヴァレでも輸入という形で一応手に入るらしい。
だが今までは幌の防水処理とか限られた用途にしか使われていなかった。
それがついでに書いたゴムの架橋やカーボンブラックの添加等によって一気に実用物になり、更に空気入りタイヤなんて用途も出来てしまった訳だ。
「同じ馬の頭数で同じ荷物なら、平均5割増し以上の速さで進める訳か。しかも圧倒的に快適と。これはちょっと色々教え過ぎたかな」
「でもお礼として取り敢えず
「親父の事だからその数倍の儲けを確信しているんだろ。しまったなあ、こっそりグードリッジさんと連絡をとってこっち主体でやっていれば……」
ミランダは微妙に不満そう。
「でもこれだけ貰えれば収入としては充分じゃないでしょうか」
「みすみす儲けを逃したような気になるんだよな」
俺としては自主開発なんてやったら面倒だからこれでいいと思うのだけれど。
「でもこれで馬車もかなり快適になりますわね」
「構造が複雑でお金もかかるから当初は大型馬車や高級馬車が中心だろうけれどさ」
「僕は船の旅はもうこりごりだしなあ。だから有難いかな」
「俺もだな」
まあお金が入って世の中便利になったからいいじゃないか。
俺を含むミランダ以外の3人はそう思っている感じだ。
ミランダだけは未だ納得がいかないという感じだけれど。
それにしても
他の翻訳の儲けも順調だし新生活は1年目にしてとんでもなく好調。
夜の当番制とか若干色々俺的に疲れたり本当にいいのかと思う事もあるけれど、まあここに来て正解だったかな。
この時の俺はそんな事を思っていた。
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