第149話 僕は壊したかった

 それにしてもジュリア、堂々とし過ぎだと思う。

 その気になれば胸が完全に見える状態だ。

 だから俺は見ないようにあえて向こうを向いている。

 いや、気を抜くとどうしてもそっちに視線が行きそうなので、つい……


「パン3種出したぞ。あとワインはグラスで無くタンブラーでいいか」

「その方がありがたい。量飲める」

「なら陛下、頼む」

「わ、わかった」

 陛下も微妙に戸惑っているようだ。


「こっちのお盆は用意した。グラスとお盆は自分の取寄魔法で取れ」

「わかった」

 そうすればジュリアの方を見ないで済む。


 そんな訳でしばし食事タイム。

 いや、風呂で食事タイムというのは本当は変だと思うのだ。

 だが今日の場合は最初に持ち込んだのは俺だし文句は言えない。

 そうでなくとも文句は言えないけれど。


「このワイン美味しい。流石陛下」

 ジュリアはサラと違って陛下に対し遠慮が無い。


「ああ。甘いパンならこれが一番だと思う。北部のバネトにある聖神教会カルネ修道院で作られているスパークリングワインだ」

「高いの?」

「ああ。でも高いものを買って経済を回すのもある程度金がある者の義務だからね」

「理解。うちの田舎も毎週休養日に買い物に来るお大尽のおかげで潤っている」


 おい待てジュリア。

 それって俺の事か?

 いや俺1人でそんなに潤うことも無いだろう。

 普通は1回正銀貨5枚5万円程度だし。

 きっと俺と同じように魚を買いに来る金持ちがいるのだろう。

 そうに違いない。


 さて、せっかく陛下がいるのだ。

 このチャンスにもっと聞ける事を聞いておこう。

 今の段階ではどうしても俺の方が情報が少ないのだ。

 ロッサーナ殿下の時のように失敗するわけにはいかない。


「陛下はこの先どうするつもりなんですか」

 とりあえずそんなところから聞いてみる。


「勿論壊すつもりだよ。今の国の体制を」


「以前は独裁が一番効率がいいと言っていましたよね。なのに今、急いで体制を換えようとするのは何故ですか」

「見える未来が変わったからかな。内容ではなく時期がね。このままでは間に合わない、そう思ったんだ」


「革命を起こさないでより改革を進めた方が経済状況等はより早く良くなるんじゃないですか」

「いや、ここで体制を変えないといずれ行き詰まる。領主全般の力を削いで国をより効率化させないと間に合わない」


 ふと考える。

 先程も言っていた理屈だがよく考えるとおかしい。

 何故ならば……


「俺も未来視を使えます。ロッサーナ殿下が消える前にも何回か確認しました。あの時点ではロッサーナ殿下を擁立して立憲君主制に持ち込んでも間に合う未来が見えた筈です。陛下が未来視で視たとしても俺が視ているのとそう変わらない筈です」


 少し間が空く。

 この隙に未来視で先の事を確認する。


「殿下の居場所が俺にはわからない。だから殿下に王位継承させて立憲君主制に持って行く方法は俺では見えません。ですが陛下なら見える筈です。おそらく今回の件で勝手に動いた貴族を処分し、事態を収拾させつついまの体制のまま立憲君主制を目指す未来も。その場合でもおそらく間に合う筈です。混乱が少なく安定した国家体制確立に時間が必要ない分、むしろ短期決戦には適しているでしょう。違いますか?」


「それでもできる限り早く貴族や領主を廃して体制を刷新した方が、全体として余分な経費が減る分庶民に回る金額も増える筈だ」


 どうも何か怪しい。

 そう思った時だった。


「庶民は変化を望んでいない。望んでいるのはきっと陛下自身」

 ジュリアだ。

「昔ながらの田舎の庶民は今日と全く違う明日を望んでいない。せいぜい今日と同じ明日か今日とほぼ同じでもう少しいい明日程度。何故ならそれしか想像しないから。むしろ予期できない変化を恐れる。変化しない方が楽だから」


「厳しいね」

 陛下が苦笑した気配。

「ならジュリアさん、貴方はどうして田舎からここに来たんだい?」


 少し間が空いた後。

「変えたかったから。動かない空気。昨日と同じ今日と今日と同じ明日。息がつまりそうな世界に埋もれるのが怖かった」

 ふと以前誰かが似たような事を言っていたなと思い出す。

 そうだ、テディやミランダ、フィオナだ。

 それで結局4人でここに来たんだった。


「それでアシュノール君達の家に来てどうだった」

「此処はきっと避難所アジール、逃れの聖域。でも居心地はいい。陛下もきっと逃れて此処にいる」


「本当に厳しいね、ジュリアさんは」

「不敬承知。でもこの場では正直に言わない方が失礼。だからあえて問う。陛下は何故、壊したい?」


 壊したい?

 俺の想像に無かった単語が出て来た。


「何を僕が壊したいと思ったのかな?」

「王政と自分自身」


 何ともいえない沈黙の後。

「まいったな」

 陛下が口を開いた。

「繰り返すけれど本当に厳しいね、ジュリアさん。その通りさ。アシュノール君に言ったのは口当たりのいい表向きの理由。本当はただ壊したいだけなんだろう、僕は」

 ここで一息ついて、そして陛下は続ける。


「僕には友達なんてのはアシュノール君くらいしかいない。何せ即位するまでかなり長い事幽閉状態にあったからね。独房のような部屋と何冊か置かれていた本、ロッサーナと密かに交わした手紙のやりとりだけの世界で長い事やってきた訳だ。なまじある程度の年齢まで皇太子として不自由なく暮らしてきたからね。落差も大きいしその分環境を憎むわけだ。何故こうなった、誰のせいだってね」

 ここで更に一息つく。


「ジュリアさんはさっき言ったよね、変えたかったからと。僕も最初は同じだよ。変えたいと思った。僕の幽閉状態だけじゃなくてそんな事が密室の話し合いだけで決まるようなこの体制を。

 だから力をつけてクーデターに近い形で王権を得て、様々な改革をした訳だ。でも改革をしているうちに気づいた。僕は変えたかった訳じゃない。壊したかっただけなんだとね。

 今の制度、一部の貴族だけが富と権力を搾取する仕組み、世襲でそれが決まってしまう不合理、そしてその頂点たる王家そのものも、その血が流れる僕自身もすべて」

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