第150話 それでも俺は挑戦する
「気づいたのは王位についてそう経っていない頃だった。でも気づいてしまうとそうしたいという衝動は膨らんでくる。結局僕ははじめてしまった訳だ。壊すための政策をね。
例えば小作農を含めた領民の移動自由化。今は何処の貴族も制限をつけて小作農は動かないようにしているけれどね、最初のうちは大々的にやったものだ。
それと同時にはじめた領地間での関税廃止と商業に関する租税の引き下げ。あとは所得税の累進化。
これらで確かに経済は活発になった。その結果都市に人口が増え、貧困層のかなりの部分を占める小作農の数は大幅に減った。
都市を領地に持つ領主では昔ながらの制度を固持したままのところはやはり収入が減った。たとえばフロレントやロンバルドは従来の大商家からなる都市内ギルドの規則が厳しく新興の勢いのいい商家等には避けられた。結果としてわずか数年でゼノアやボロニアにその地位を奪われた。
農業だけが主要産業の領地は更に悲惨な事になった。低い待遇で囲っていた小作農に逃げられ農地は荒れた。残った小作農らにも今まで以上の待遇が必要になった。未利用地の開墾や開拓に力を入れたり領内に産業を興したりしなければじり貧になる。しかしそれらにも金はかかる。
また図書館の出版局以外にも出版の自由を大幅に認め、税率もかなり引き下げた。結果として情報が国内各地に行くようになった。結果待遇の良くない場所から都市を目指す動きがますます強まった。
これらの政策で確かにスティヴァレ全体としては潤ったように見えた。領主である貴族階級を除いてね。でもこれは僕が描いた終わりの為の政策の第一歩だった」
「でも悪い事はしていないように見える。本等で見た限りでも政策に対する評価は高かった」
ジュリアの台詞に陛下は頷く。
「そう見えるだろ。でも現状から見たその結果はどうかな。穀類をはじめとした食糧価格の急激な上昇。領主らによる領内囲い込みの強化。領主及び領主と結託した大商家対庶民という明確化した対立。
僕は未来視の魔法を即位前から持っている。つまり政策を変える前に結果を知る事が出来る訳だ。その時視た通りにスティヴァレは変わってきた訳さ。対立の時代に。そう見えないかな、ジュリアさん」
「そういう理由であったとしても陛下の行った政策はきっと正しい。それで救われた者は大勢いる。私やサラが高級学校に通うことが出来たのもそのおかげ」
「ならきっとこの先起こる事も正しい事なのだろう。王政の破壊という作業もさ。具体的な道筋ももう視えている。
領民による暴動やチャールズ・フォート・ジョウントの襲撃に領主や貴族は怯えている。領民に優しくない政策をとる貴族ほどね。必然的にそれらに対する強硬政策を望む。結果、強硬政策を行う事を決定した僕、国王につかざるを得ない。
その結果、国内が分断される事になる。国王を中心とする貴族体制側と民衆側にね。もうこの流れは止められない。更に言うと国王を頂点とする制度以外の国政の姿も既に民衆に知られている。
つまり情勢は調いつつある訳だ。違うかな」
「それでも私は思う。陛下の政策は憎しみだけじゃない」
「嬉しい事を言ってくれるね。確かにそうかもしれない。幽閉されていた頃は食事も満足に出して貰えなかったからね。結果、発育不良でこんな体型になってしまった訳だ。アシュノール君も細いけれどね。だから僕には飢えに対する恐怖感があるのかもしれない。その辺が政策に反映されなかったとは言えない。
でも今度の物価高で大勢が影響を受けるんだろうけれどね。結果としてより多くの人を苦しめることになるな。憎しみからきた政策の限界かもしれないね、これは」
話を聞く一方で俺は過去視と未来視を使って確かめている。
陛下がただ偽悪的になっているだけではないかとの望みを持ちつつ。
陛下のシナリオを書き換える事が出来る可能性を信じつつ。
だが視れば視るほど陛下の台詞が正しい事がわかる。
「どうかなアシュノール君、黙っているけれど打開策は見つかったかい?」
どうやら俺のやっている事は陛下にはお見通しのようだ。
何せ向こうは俺が未来視の魔法を手に入れる何年も前から準備している。
状況も今は向こうを向いている。
でも俺は言わなくてはいけない。
だから俺は口を開く。
「それでも俺は挑戦するつもりですよ。陛下のシナリオを書き換える事に」
「出来るかな、アシュノール君に。君は空間操作魔法の腕は確かに僕より上だけれどね。でもそれ以外の部分は僕の方が絶対的に有利だよ。僕の方が早くから動いているし、国王陛下としての権限もあるからね。それにアシュノール君も僕が変えようとしている方向性そのものには反対していないんだろ。
「この時点で陛下をアシュノールさんの魔法で捕らえるというのは?」
「残念だけれどアシュノール君の魔法でも僕を閉じ込める事は出来ないんだ。確かに魔法そのものはアシュノール君の方が強力なんだけれどね。
それに今、僕がいない状態になればスティヴァレはより酷い状態になる。それが視えるアシュノール君はそういう事をしない筈だよ」
確かにそうだ。
陛下がこの時点でいなくなった場合、高級貴族らは傀儡になる王を即位させ、時代は圧政に向かう。
無論俺の魔法で実力行使して国政を倒す事も可能だ。
でもその場合には混乱の時代が訪れてしまうのが視える。
被害を最小限に抑えるには、
① 貴族対庶民という状況を確立して
② 体制側の貴族を国王陛下の元に集めた後で
③ その中心であり象徴である陛下を倒す
のが最良の方法。
そうなるように陛下が仕掛けている。
そして陛下を倒すには陛下を殺す方法しか無い。
俺の魔法で閉鎖空間に追いやろうとも、陛下は魔法で戻ってくる事が可能だ。
陛下が生きている限りは。
「それでも何とかしてみせますよ。陛下は俺の数少ない友人の1人ですから」
「僕がアシュノール君を利用するつもりで友人になったのを知っているのだろう、今では」
「ええ、それでも今までの色々は嘘ではなかった筈です」
陛下は薄く笑みを浮かべる。
「なら少しはまた期待しようかな、アシュノール君に。
さて、ちょっと長居したようだ。これで失礼するよ。もう次に会うのは戦いの時だろうから先に言っておくよ。アシュノール君、ジュリアさん、さようなら。どうぞお元気で、とね」
陛下の姿が消える。
置いてあった衣服もだ。
飲みかけのワイン瓶はそのままだけれども。
しばしの沈黙の後。
「アシュノールさん、信じていい」
ジュリアの台詞に俺は頷く。
「ああ、何としてでも」
俺は陛下を、友人を取り戻す。
まだ方法はみえないけれど。
それでも。
そう思ったところで、なんとなく気になった事をジュリアに尋ねてみる。
「ところでジュリア、どうしてこの時間に風呂に入りに来たんだ? しかも移動魔法を使って」
「アシュノールさんを悩殺に来た」
のうさつ?
悩殺って……ええっ!
「冗談。本当は目がさめただけ」
はあっ。
思わず安堵と疲れのため息をつく。
心臓に悪いぞその冗談。
頼むから勘弁してくれ、本当に。
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