第36話おまけ ミランダによるスティヴァレ出版情勢について
■■■■ 注意事項 ■■■■
第36話は本編,おまけの2部構成です。
この部分、つまりおまけはスティヴァレにおける書籍や号外紙等がどう作られて販売されているかについての説明です。
特にその辺が気にならない方は読まなくても特に影響はありません。
逆に本編(つまりこのお話のひとつ前のお話)は話のつながり上読んでいただいた方が嬉しいです。
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珍しく全員揃った午後のおやつの時間。
サラが作ってくれたクリームパンを食べながらフィオナが尋ねる。
「そういえばミランダ。いつも外回りをしているけれど、そんなに回る会社があるのかな?」
「基本的には5カ所くらいかな。ただサラの仕事になった号外紙とかの会社を含めるといち、にい、さん……全部で12カ所か、今のところは」
「そんなに出版社ってあるんですか?」
サラの台詞にミランダは頷く。
「もっとあるぞ。勿論本社だけでなく支店も含むけれどさ。今の数は私が懇意にしているところだけだ。ゼノアは昔は自由都市だったから今でもかなり自由な空気があってさ。そのせいか出版社も結構多いんだ。ラツィオあたりに本社がある大手もだいたい支店がゼノアにあるし。
私が回っている処には今はうちの本を出していない会社もあるけれどさ。それでも顔つなぎは重要だからな。ある程度あちこちに顔を出すようにしているよ」
流石にサボっている訳では無いようだ。
「でも出版社ってどんな処なんだ? 翻訳業なんてやっているけれど俺は全然知らないからさ。簡単に教えてくれないか」
考えてみれば仕事でお世話になっているのに俺自身はその辺の事を全然知らない。
何せ基本的に全てミランダが対処しているからな。
だからその辺についてちょっと聞いてみようと思ったのだ。
「今日は仕事も忙しくないし、まあ問題ないか」
ミランダは一口レモン水を飲んでから話し始める。
「まず書籍扱いの本についてだ。スティヴァレで出版される本は基本的に持ち込み企画からスタートする。例外は国の発行する行政資料くらいだ。それを出版社が書籍にするか審査して、お眼鏡にかなったらめでたく出版となる。
こういったシステムになったのはスティヴァレの出版業界が国の図書館事業から始まったからだと思う。行政資料や教育機関、学術機関等の依頼に応じる形で受動的に仕事を受ける形がそのまま残っているんじゃないかな。だから基本的に書籍扱いの出版社には企画担当はいない。審査担当がメインだ。まあ国立図書館以外の出版社には企画担当がいて社の企画で本を作ったり、それにあった著者に出版社側から依頼したりするところも無い訳じゃないけれどさ。そうやって出来る本は今でもごく少数ってところだな。
だから私のような出版会社の外にいる企画持ち込み担当の代理人が必要な訳だ。勿論私のようにここ専属の代理人ばかりじゃなくて企画発掘専門のフリーの代理人も多い。というかそっちが主流だな。そっちの業界だと著者側利益の4割が代理人の手数料になる」
「代理人が4割ってちょっと取り分が多すぎないかな」
俺もフィオナと同じ事を思ったがミランダは肩をすくめる。
「実際はそうでもないさ。儲けの4割、つまり代理人の収入は成功報酬だ。つまり売込みに失敗すると1円も入らない。しかも売込みが成功した場合でも次回からは代理人を通さず直接契約される恐れがある。だからまあ仕方ない」
つまりスティヴァレでは代理人こと編集者は基本的にフリーな立場にある訳か。
俺達はミランダがいて幸運だったよな。
そんな事を俺は思う。
「次に個別の書籍出版社についての説明だ。
まずスティヴァレにおける最大の出版社は間違いなく国立図書館。厳密に言えば国王庁文化部図書館局出版部門だな。行政資料から学術書、娯楽本に至るまで何でも出している。学校の教科書なんかも国立図書館が発行しているな。
でも国の予算の関係もあって持ち込まれた物を全部出せるような状態じゃ無い。だから出版するかどうかの審査も厳しいし審査の時間もかかるんだ。結果、娯楽本なんかの新作はなかなか図書館では出してくれない。うちの
そんな訳で他に主に娯楽本メインの出版社とか、いちいち審査を待っていられない業界内での速報的な本を出すような専門出版社がある訳だ。業界本関係だとスティヴァレ国内の経済状況、例えば何が豊作で何が不作、どんな新商品が開発されたかなんてのを中心に分析的な本や速報的な本を出すイザイケ社が有名かな。娯楽本だとワカードカ社とかダンーコ社とかさ。この辺の出版社はスティヴァレ内に5カ所くらいの印刷所兼流通部門を持っていて、全国の図書館に販売や賃貸を委託している。本が借りられたり売られたりすると出版社の収入になる訳だ。
あとは北部だけ、中部だけ、その地方だけという小規模な出版社もあるな。あと有力な領立図書館なんかも本を発行したりする。この辺も大体構造は同じ。ただこのクラスになると自分で印刷所とか流通部門を持っていない会社も多い。そういった会社は印刷や在庫管理、配本については専門会社に任せる訳だ。この辺ではハーント社が有名かな。
以上がいわゆる『書籍』扱いの本を作っている出版社だ。これらの書籍は基本的に国立や領立、もしくは私立の図書館で販売されいる。そこまではいいかな」
ミランダ以外の全員が頷いたところで、ミランダは次の説明に移る。
「もう一つは号外紙とか情報紙を専門に扱っている会社だ。広く見ればこれも出版社の一種だな。この辺の会社は基本的に内部の社員が記者として取材したり分析したりして記事となる原稿を書いている。ただサラが作っている料理の号外が成功したから、今後は外部の企画による書籍に近い内容のものも出てくるだろう。
これら号外紙の会社は印刷とか流通の方法も書籍の会社とは違う。ニュースの号外紙なんて速報性が命だからさ、体制が全く異なる訳だ。
これらの会社はまず記事やイラスト元にして銅板や亜鉛板で出来た印刷原版を作成する。その辺の作業は書籍の会社と同じで
① ガラス板に元になる字やイラストを描いて
② ひっくり返して金属板に貼り付けて
③ 金属魔法と熱魔法を使って文字以外の場所を凹ませ印刷原版を作る。
④ ②と③を繰り返して必要部数の印刷原版を生産。
という感じだ。見たことがあるが大体号外紙1面あたりガラス板の原稿作成が1時間程度、最初の金属製原版が出来るまでプラス
ただ号外紙の出版社が作る印刷原版の数は書籍の出版社と全然違う。書籍の場合はせいぜい各印刷所用と増刷用スペアで原稿1つあたり10枚も作れば多いほう。でも号外紙の会社の場合は最低でも100のオーダーは作る。だから最後の方に作った原版はガラス板の文字がかすれていて原版の出来もいまいちになったりする。田舎の号外の文字がかすれ気味ってのはそんな原版を使っているからなんだ。最近はガラス板描写用のインクも大分良くなってきたからそういう事も少なくなっているけれどな。
そして作った原版をあちこちにある号外紙印刷所へ
なるほど。
とりあえず何処で作ってどうやって販売ルートにのるのかはだいたいわかった。
「流通については大体わかりましたわ。ではどの著者のこの本はここが出版するというような、本の内容の管理とか出版の権利とかはどうなっていますの」
これはテディの質問。
つまり著作権とか著作隣接権についてという事か。
「実をいうとさ、その辺に対してスティヴァレの法律では何も規定は無い」
えっ。それじゃ無法地帯か?
ミランダの説明は続く。
「かと言って実際に何をしてもいいというわけじゃない。実際は業界の最大手である国立図書館の措置で著作者や出版社の権利は守られていたりする。
具体的には国内において、
○ 著作者の意に沿わない方法等で著作物が出版された場合
○ 著作者が契約した以外の出版社が著作物を複製して出版した場合
なんかが発覚すると、国立図書館の指示により全国の国立図書館や領立でその本の扱いが停止される。
なお著作者が連絡不能な場合については翻訳者等、その著作を紹介または公表した者が著作者の代理をしていい事になっている。うちの本はこの慣行に基づいて出している訳だな。
基本的に書籍のほとんどは国立か領立の図書館で販売または賃貸されている。だからこの措置を食らったらその出版物は事実上終わりって訳だな」
なるほど。
それなりに何とかなっている訳か。
「なら号外紙の場合はどうなるんですか」
「国立図書館から全国の号外紙印刷所へ通知を出すんだ。『この出版社はこの内容でこんな事をしました。だから再発防止措置を行い著作者等に必要な賠償を行うまでこの社の号外紙からの依頼受理を控えるようお願いします』って感じでさ。号外紙印刷所もこの指示に逆らうことはまず無い。その辺はまあ、業界内における暗黙の了解って奴だな。国の権力に従う訳じゃなくてお互いの利益の為に通知を守るんだ」
なるほど。
結果としてサラの料理号外も安心という訳か。
「庶民が安価に楽しめる娯楽や情報源は出版物しか無い。口コミとか井戸端会議以外にはな。ニュースなんかは基本的に号外紙を読まなければわからないし、本がなければ調べ物だけじゃなくちょっとした暇つぶしにさえ困る。演劇や音楽鑑賞なんてのは決まった時間に会場に行かないと楽しめないし料金も高いしな。それに大都市以外はそんなもの開催されないし。
だからまあ、出版関係がここまで発達したのも当然だな」
確かに放送が無ければ他にマス対象の情報伝達の手段が無い訳だからな。
日本以上に出版物の業界が活発なのはある意味当たり前という訳か。
「それじゃスティヴァレ国外の場合は?」
フィオナがそんな質問をする。
「今のところ出版物の海外販路が無いから不明だな。順当に考えたら海外の出版社と契約するんだろうけれどさ。私も正直その辺まではよくわからない」
「ミランダでも商売の事で知らない事はあるんだね」
「これが穀物とか金属とかなら普通の取引なんだけれどさ。その辺の商売は実例を知らないからな。私だって実例が無いことはわからないさ」
ミランダはそう言って肩をすくめて見せた。
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