第29話 最強へのお誘い

「ところで君達の出す本や思想の出所はアシュノール君、君由来のものという事でいいのかな」

 おっと探りが入ったな。

 誤魔化す理由も無いし誤魔化して突っ込まれたら面倒だ。

 だから正直に答えておく。

「俺です。厳密には俺が取り寄せた図書というべきでしょうけれど」

「なるほど。ならちょうど良かった」

 陛下はにやりと笑う。

 何がちょうどいいのだろう。


「実は出会って早々申し訳ないけれど、頼みがあるんだ。まずはこの本を見てくれ」

 彼は何処からともなく1冊の本を取り出す。

 見ただけで紙質や表装等がスティヴァレのものと違うのがわかる。

 むしろ俺が取り寄せる日本の本に近い。


「手に取ってみていいですか」

「ああ」

 手に取ってみる。

 残念、日本語ではない。

 でもスティヴァレの文字ではない向こうの世界のアルファベット。

 タイトルに使用している単語も見覚えがある気がする。


 念のため中を開けてみる。

 わかる、わかるぞ。読めないけれど。

 これは英語だ。

 更に表紙の次の次位に奥付らしいページがあった。

 Copyright, 2105, by……


 もしこれが俺の知っている英語なら、この本は22世紀に刊行されたという事になってしまう。

 俺の前世からは80年くらい先だ。

 こういう事はありうるのだろうか。


「どうだい、読めるかい?」

「おそらく知っている言語です。ただ母国語で無いので自信はありません。ただ時空間の本だというのはわかります」

「なら僕より大分ましだな」

 陛下はそう言って頷く。


「頼みというのはこの本の事だ。ところでアシュノール君は僕が少し変わった魔法を使う事を知っているかい?」

「あくまで噂では」

 陛下はにやりと笑う。

「多分その噂は事実さ。例えば僕は他の魔法使いの魔法が及ばない空間から一方的に攻撃する事が出来る。更に知っている場所なら自由に移動することが出来る。ちょっと前までラツィオの王宮にいたのに、君に会いにここゼノア近郊まで来ることが出来る位にね」


 いずれも常識的には不可能な事だ。

『他の魔法使いの魔法が及ばない空間から一方的に攻撃する』なんてのはまあわかりやすいチートで常識外。

 そして瞬間移動は物レベルなら可能だが人間の移動は不可能な筈。

 少なくともそれがこの世界の魔法の常識だ。

 その辺の事は中等学校とか高級学校で毎年誰かが試している。

 取り寄せ魔法アポートの変形で魔法陣や魔法式そのものは描けるのだ。

 だが実際に起動すると限定条件を自分だけに限定しても、お金を積んでも、短距離でも、魔法威力強化の魔法を重ねかけしても上手く行かない。

 魔力が足りなくなって途中で中止するか、中止できずに気絶するかどちらかだ。


 でも陛下はそれが可能だと言った。

 そして話の流れ、そしてこの本のタイトル『Structure of spacetime』。

 時空の構造とでも訳すだろうか。

 それが意味するところは何となく想像がつく。


「陛下の魔法はこの本と関係するのですか」

 彼は頷く。

「ほぼ正解だ。僕がチートな魔法を使えるようになったのはこの本のおかげさ」

 だとしたら疑問がある。

「失礼ですがどうやってお読みになったのですか。この本はこの世界の本では無い筈ですが」


「やはりそれがわかるか。『おそらく知っている言語』と言っていたし当然かな」

 陛下はうんうんと頷いて続ける。


「その通り、この世界の言語ではないから読むのに非常に苦労した。ただこの本を入手した当時は幽閉中みたいな状態でね。他にすることも無かったからさ。翻訳魔法に全魔力を注ぎこんでは気絶するなんて事を何回もやって力づくで解読した訳だ。結果何とか内容のニュアンスを掴む程度までは理解できるようになった。

 でもその程度の理解と知識でもとんでもない魔法が身についたんだ。それが僕独自の時空間魔法さ。この魔法で僕は幽閉状態から脱出し、いわゆるクーデターを仕掛けた訳さ」


 なるほど。

 そうやって得た魔法ならその知識が無い他の魔法使いでは抵抗レジスト出来ない。

 魔法の威力や効果によっては無双する事も可能だろう。

 ならば俺を呼んだ理由はこんな感じだろうか。

「この本をもっと理解できるよう訳してくれ、ですか?」


 だが陛下はかぶりを振った。

「いや、僕はもう今の魔法で充分だ。威力も効果も充分以上だからね。これ以上の魔法は危険すぎて1人の人が持つべきではないだろう。

 だから僕はもうこの本を必要としない。この本と同じ言語の本も数冊拾ったけれど、解読してみると異世界にある国の旅行記だったしね。まあそれはともかくとして、君への依頼だというのは間違っていないかな」

 そう言ってから彼は一度本の方に目を落とし、そしてもう一度俺の方を見る。

「この本を読んで欲しい。そして僕と少なくとも同等、もしくはそれ以上の魔法を身につけて欲しい。依頼というかお願いに近いかな。お金を出すわけでも無いしさ」


「何故、というか何の為ですか」

「うちの妹がこの前妙な本を作らせただろう」

 妹と一瞬考えてすぐ気づく。

 ロッサーナ殿下の事だ。

 陛下は俺の返事を待たずに続ける。

「あいつの考えている事は想像がつく。やろうとしている事も正しい。ただ危ない事なのは間違いないんだ。ただ正しい事には違いないし僕からやめろとも言えない。何せ僕も同じ方向を目指そうとはしているからね。目的と理由こそ少し違うけれど」


「国政の形を変えるつもりですか」

 俺はあえて正面から聞いてみる。

 彼は頷いた。

「大々的にね。でもそうなると他の王族だの貴族だのが黙っていないだろう。彼らの既得権益をばっさりと奪おうという訳だから」


 俺は頷く。

 貧乏子爵と言っている俺の実家でも実際に動いている金はその辺の商家以上ではあったりする。

 だからこそ5男坊でも飼い殺しながら一生衣食住を保証できる訳だ。

 まあ俺は勘当されてしまったけれど。

 ましてや伯爵以上の大貴族ともなればその権益は巨大なものになるだろう。

 そしてそれぞれが抱えている軍兵も多い。

 大貴族がある程度連合すれば国王旗下の国軍を優にしのぐ兵力になる。


「陛下の横に並んで戦え、ですか」

「いや、その逆かな」

 彼はそう言って少し間を置いて、そして続ける。

「いざ僕が妹の敵に回った際、僕を魔法で倒せるだけの実力をつけて欲しい」


 ちょっと待ってくれ。

 意味がわからない。

「どういう事ですか?」

「僕がロッサーナの敵に回る可能性がある、そういう事だ。無論僕はロッサーナの考えに賛成だ。あいつの考えはきっと歴史的に見ても正しい方向なのだろうと思う。でも正しいだけでは動かないのもまた世界の姿だ。

 だからアシュノール君は僕が妹の敵に回ってしまった際、あいつを助けて僕を倒せるようになって欲しいんだ」

 ちょっと待て。


「そもそも敵に回るという可能性が良く分かりません。でもそれは取り敢えず置いておくとしましょう。でもそんな強力な魔法を使えるようにするなら俺じゃなくて他に適任者がいるんじゃないですか?」

 王妹殿下にも御付きの魔法騎士とか近衛とかいるだろう。

 でも陛下は首を横に振る。


「僕はこの力を広めたくない。なにせ最強最悪の切り札だからね。何処にでも行けて何処にでも入れて誰の抵抗も気にしない魔法使いなんて危なくて仕方ないだろう。それこそ戦争の為の絶対負けない切り札だ。だからこの力は広めたくないし、本来なら僕1人で終わりにするつもりだった」


「なら何故俺を選んだんですか」

「君がそういう力とかに興味がなさそうだったからさ。あと異世界の知識にたけているようだから僕よりこういった知識を得るのが得意だろうと思ってね。

 つまり君ならこの知識を身につけられるし余分に広める事も無い。なおかつロッサーナとのコネクションもある。つまりは最適任者だって事だ。違うかな」

 言いたいことはわかってきた。

 それでも疑問が一つ残る。


「なら俺ではなくロッサーナ殿下に教えないのは何故ですか?」

「あいつに教えるとより一層危ない真似をしそうだからさ」

 陛下は肩をすくめて俺の方を見る。

「違うかい?」

 確かに。

 納得いかないけれど理解はした。

 ただ一応念のため言っておこう。


「でも俺がこの力を習得できるかはわかりませんよ。この本の言語も本来俺が訳している言語と違いますし」

「その時はその時だ。でも期待しているよ。あとこの件はロッサーナに知られたくないから、出来る限り秘密にしておいてくれたまえ。君の妻たちにもだ」

 うっ!

 妻と言われるとちょっと色々……

 確かにそうなんだけれど、何か申し訳ないというか勿体ないというか……


「あれ、確か3人とも奥さんと聞いて、何気にやるなアシュノール君と思ったんだけれども」

「確かに間違っていないですけれどね。ただこれについて今でも自分的には微妙に納得していないんです。何か3人それぞれに申し訳ないようなもったいないような気がして」

 陛下が苦笑する。


「その辺はまあ、頑張って慣れるしかないと思うな、僕は。ただ正直よくやっているなとは感心する。僕なんて妹1人の手綱を取る事すら手こずっているしさ。

 それじゃ頼むよ。あと時には1人歩きしてくれると助かる。こうやって連絡をとりたいからさ」


 また妙な事を頼まれたらとんでもない。

 でも仮にも最強の魔法使いにして国王陛下にそう言う訳にもいかない。

 模範的かどうかは別として俺も一応この国の国民。

 それに今の陛下の政治姿勢には好意を持っている事も確かだ。

 だから俺の返事は必然的にこうなる。


「善処します」

 陛下は笑いながら手を振る。

「それじゃ僕はこれで失礼するよ」

 そのまますっと姿が消えた。

 少なくとも移動魔法を自由自在に使えるのは確かなようだ。

 俺はため息をつきつつ残された本を見る。

 仕方ない。

 この本も3人には秘密で読んでおくしかないな。

 これで最強の魔法が身につくかどうかはわからないけれど。

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