第161話裏側 バジリカタ戦~ある第一騎士団員の立場から

『近衛騎士団及び第一騎士団の方に告げます。私は元近衛騎士団、現チャールズ・フォート・ジョウント部隊のナディアと申します。そちらのゴーレムは全て無力化しました。もはや抵抗は無意味です。投降してください。投降すれば悪いようには致しません』

 伝達魔法が頭の中に響く。

 どうやらこっち側の全員を対象にしているらしい。


『怯むな。兵数はまだ我が方が圧倒的に有利だ。第5小隊前進!』

 大貴族である伯爵のお子様である小隊長は伝達魔法で命令する。

 だが部隊は動かない。

 いや、動けないのだ。

 圧倒的な力を前にしているから。


 敵の前面に出ているのはナディア元十卒長。

 中立古龍と白竜を従える、つい数ヶ月前まで騎士団最強を誇った魔法騎士だ。

 龍がいない状態でも魔法と格闘術を併用して十人以上の騎士と互角以上に戦える。

 龍を2頭出した状態では3個中隊を圧倒するとも。


 それが単なる伝説ではない事をここにいる兵の半数以上は知っている。

 つい半年前までナディア十卒長は近衛騎士団にいたのだ。

 近衛騎士団と第一騎士団はどちらも王都ラツィオにあり、交流も多い。

 その際の模擬演習等でナディア元十卒長の強さはよく知っている。


 その存在があのチャールズ・フォート・ジョウントの力も借りた上で目前にいる。

 しかも無傷の戦闘用ゴーレム部隊を伴ってだ。

 更に背後には第二騎士団も控えている。


 勝てる訳は無い。

 どうやっても。

 その気になれば龍2頭の咆哮ブレスで3数える間もなく撃破される。

 時間稼ぎすら不可能だ。


『第5小隊前進だ! 聞こえないのか!』

 前衛兵長が進言する。

『どの部隊も動いていません。前面に戦闘ゴーレム部隊と龍2頭がいる以上、動かないのが正解です』


『どの部隊も動かないから我が部隊が活路を切り開くのだ』

『無理です』

 前衛兵長があっさりとそう告げる。

『兵30名ではゴーレムの前に数秒と持たないでしょう。更に上空には龍が2頭控えています。街道の左右は森林で迅速な展開が出来ません。他部隊の援護も不可能です。ただ無駄死にするだけです』


『部隊後方は封鎖済みです。もはや抵抗は無意味です。投降してください』

 再びナディア元十卒長の伝達魔法が聞こえる。


 元々部隊の士気は低い。

 少なくともお貴族様である将校以外は。

 騎士団内で秘匿しても世間の情勢は耳に入ってくる。

 この戦いは敵側にこそ理がある。

 こちらの騎士団は貴族の特権を守ろうとしているだけだ。


 近衛騎士団も第一騎士団も将校以外は全員平民。

 この戦いに勝利する事に意味を感じていない。

 ましてやこんな勝ち目のない状況ならなおさらだ。


『部隊指揮官に投降の意志が無いようなので次の伝達を致します。個別に投降される方は武器を捨て、バジリカタに向かって街道の右側へ移動してください。街道を外れた時点でチャールズ・フォート・ジョウントから借りた魔法により収容させていただきます。

 繰り返します。個別に投降される方は武器を捨て、バジリカタに向かって街道の右側へ移動してください。街道を外れた時点でチャールズ・フォート・ジョウントから借りた魔法により収容させていただきます』


 ずっ。

 かなりの部隊が動いた。

 第5小隊と前方にいたゴーレム指揮官、後方の遠距離魔法攻撃部隊の一部、少数の歩兵部隊、後方最後尾付近に位置する幕僚をのせた司令部付近の兵が残される。

 あとは街道上に捨てられた槍や剣が散らばっているだけだ。


『ご覧の通りです。既に近衛騎士団及び第一騎士団の部隊は瓦解した状態です』

『うるさい! 上官への反逆行為とみな……』

 小隊長であるドゥビル十卒長の伝達魔法が途中で途切れた。

 ドゥビル十卒長は別に強い訳でも指揮官として優れている訳でも尊敬されている訳でもない。

 単に伯爵のお子様だから将校となっているだけだ。

 歴戦の前衛兵長に勝てる訳は無い。


『第5小隊、カビラ前衛兵長より伝達。この戦いはもはや勝ち目が無い。投降する。第5小隊は後方からの攻撃に備え直ちに抗魔法陣を展開。号令と共に武器を捨て、右側へ急速移動する。それでは移動せよ!』


 倒れているドゥビル小隊長を除き、俺達は右へと逃げる。

 街道を外れた直後、ふっと軽い浮遊感を感じた。

 森林だった筈の風景がぼやけて灰色に変わる。

 

 接地感の後軽いめまいがして倒れかかる。

 何とか倒れず持ち直してそして気づく。

 まわりの風景が全て変わっている事に。


 一見すると第一騎士団にもある練兵場そっくりだ。

 でも教会の尖塔が見えないから第一騎士団や近衛騎士団の練兵場では無い。

 そもそも俺達はバジリカタより10離20km程手前、森に挟まれた街道上にいた筈だ。

 一体どうなっているのだ!


『投降された皆様、お疲れ様でした。此処はネイプルの第二騎士団練兵場です。皆様はチャールズ・フォート・ジョウント部隊の移動魔法によりバジリカタからここまで移動致しました。

 これから第二騎士団員により受付を開始しますので指示に従って下さい。なお指示に従わない場合、移動したのと同じ魔法で別の場所へと飛ばされる事になります。指示に従っていただければ1週間以内にラツィオへお帰りいただける事を約束致します。またそれまでは衣食住の保証もさせていただきます。

 繰り返します。第二騎士団員の指示に従って下さい。この練兵場内はチャールズ部隊の監視下にあります。指示に従わない場合は更に別の場所へと飛ばされる事になります。その場合は扱いの保証は致しません。指示に従って下さい』


 魔法で移動させられただと!

 あり得ないと言いたいが、確かに此処は先程の場所とは違う。

 念の為右手で左手を軽くつねってみる。

 痛い、これは夢じゃ無い。


「勝ち目は無かったな。どうやっても」

 分隊の先任兵長の言葉に俺は頷く。

 どうやらとんでもない相手と戦おうとしていたようだ。

 俺達も、そして指揮官やその更に上の貴族どもも。

 

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