第15話 無償奉仕の結果?
久しぶりに高速翻訳モードを起動する。
翻訳魔法と身体強化魔法の併用で数倍の速度で翻訳文を書きなぐるモードだ。
その分訳が雑になるけれど、レシピ本なら大丈夫だろう。
今回はお金になる仕事ではないから今日のうちに済ませるつもりでとりかかる。
幸い料理レシピの本は定型文が多いのでこの世界にない材料や技法の説明をのぞけば頭を使う部分も少ない。
砂糖等の高価すぎて一般的に使用しにくいものについては、注釈付きで書いて代用品をどうするかはあっち任せという事にする。
そんな感じでダッシュで書いて書いて書いて書いて……
「この料理の本の訳で新しいデザートとか作ってくれるでしょうか」
テディはワクワクしている感じ。
「でもこの本、全部訳すには多くないか」
勿論ミランダの指摘は考慮済みだ。
「全部を訳すつもりは無い。必要な部分だけ」
「でもここにある本全部を使うのかな?」
ちなみに出ている本は6冊ほど。
「デザートの本と他の種類のパンの本の使えそうな部分だけを訳すつもりだ。うまくいけばもっと美味しいパンが色々出来るかもしれないし」
俺の個人的希望はアンパンとクリームパン、そしてカレーパンだ。
今のカンパーニュ風パンはとても美味しい。
でも元日本人としてはこの辺のパンも是非欲しい。
なので注文外だがその辺のレシピも併せて翻訳している。
「テディ、清書よろしく」
「はいはい。でも本当楽しみですわ」
そんな訳で奮闘すること午後いっぱい。
何とか俺的に欲しいものを網羅したレシピ本が完成した。
「楽しみですわ。これでしばらくすればあの軽食屋さん、さらに美味しくなるかもしれませんわね」
そうなってくれると俺としても非常に嬉しい。
「試作とかも必要だろうから結構時間はかかると思うけれどな」
それでも俺としても非常に楽しみだ。
うまくいけばアンパン、クリームパン、カレーパン、デニッシュ、クロワッサン……
更にケーキも色々なタイプのレシピを記載しておいた。
一応スティヴァレにはチョコレートもコーヒーも存在する。
砂糖と同様非常に高価だけれども。
だからガトーショコラとかは金額的に無理かもしれない。
でもチーズケーキ類やムース類、クリーム系やタルト系は出来る筈だ。
乳製品は結構安価だし。
「それじゃ早速届けてくる」
おいおいミランダ。
「もう時間遅くないか」
そろそろ夕食の時間だ。
「だからだ。これを渡してサンドイッチをテイクアウトしてくる。アシュノール君が翻訳に夢中で夕食作っていないからさ」
そう言えば俺が作らなければこの家では夕飯が出ないのだった。
まあスパゲティ系ならすぐ作れるのだが、あのサンドイッチのテイクアウトならその方が嬉しい。
だから大人しくミランダの帰りを待つことにした。
◇◇◇
3日後のお昼過ぎ。
俺がテディからお願いされているシリーズものの小説の翻訳中。
「ただいま」
ミランダが大きな紙袋を両手に下げて帰ってきた。
「どうしたのでしょうか、その大荷物」
「ふふふふふ、見て驚くなよ」
ミランダはそう言うと巨大な紙袋から色々と取り出し始める。
プリン、チーズケーキ、レアチーズケーキ、フルーツタルト、生クリームケーキ……
「これって、ひょっとしてあの軽食屋さんでしょうか」
「ああ、まだまだあるぞ」
アンパン、クリームパン、チョココロネ、チーズのデニッシュ、オレンジジャムのデニッシュ、イチゴのデニッシュ、クロワッサン、メロンパン……
「こんなにたくさん……」
「とりあえずあのレシピ本に載っているもので、今の材料で作れそうなのをひととおり試しに作ってみたそうだ。
皆で食べ比べようと思ったのだけれど、フィオナは?」
「買い物ですわ。まもなく帰ってくると思いますけれど」
「ただいまー」
狙ったようにフィオナが買い出しから帰ってきた。
「ねえねえ、それどうしたの」
ストレートに食いついてくる。
「この前の軽食屋のお試しだってさ」
「そうそう。作ってみたけれどこれで美味しいか、作った本人達はいまひとつわからないから試してみてくれって」
「それじゃ皆でいただきましょう」
「あ、じゃあお茶入れてくるね」
昼食から1時間も経っていないのに大丈夫だろうか。
でもそう思っているのは俺だけの模様だ。
「いただきます」
その言葉をきっかけに激烈な戦いが始まる。
取り敢えず俺は最初にアンパンをゲット。
残念ながら小豆はスティヴァレには無いので青エンドウ、それも冷凍もので代用したウグイス餡だ。
それでも美味しいし妙に懐かしい味。
強いて言えばちょっとパンの小麦がざらっとした感じだけれども悪くないな。
次はやっぱりクリームパンだな。
そう思ったら既に誰かに取られていたので代わりにカレーパンを手に取る。
これは香りがかなりカレーと違う。
何せカレー粉が手に入らないから仕方ない。
でもマスタードシードとかで何故かそれっぽい味になっているのは流石だと思う。
「アシュノールが今食べているの、美味しそうだね」
その台詞とともに残り部分をフィオナに取られた。
代わりにクリームコロネのしっぽ部分が渡される。
うん、カスタードクリームもいい感じだ。
甘味は水飴を使っている筈だが砂糖とそう遜色ない出来だな。
「この塩味だけのさくっとしたパン、美味しいよな」
ミランダのお気に入りは塩パン……だけじゃないようだ。
単にケーキを連続して食べたので塩味が良かっただけかも。
「このクッキー地が張り付いたパンも面白いよね」
フィオナがカレーパンの次に頬張っているのはメロンパン。
「ケーキが回らなかったようですから残りですがこれをどうぞ」
テディが半分食べかけのレアチーズケーキをくれた。
うん、これは記憶以上に美味しい感じだ。
材料がいいのだろうか。
「これはどれを作っても売れるな、間違いない」
もっともらしい顔でミランダが言う。
しかしだ。
「食べ比べどころか我先に食べて無くなったじゃないですか!」
これでは感想を店に伝えることも出来ないだろう。
「大丈夫だ問題ない。どれも無茶苦茶美味しかった、そう伝えればそれで済む」
「本当にいいのかな、それで」
フィオナの疑問に俺も同意だ。
「まあ大丈夫。元々他の常連さんもある程度試したうえでの最終確認みたいなものだったからな。
あと今回のレシピのお礼として、これから1年間あの店の昼食は無料という権利を手に入れた。今度皆で確認の為食べに行ってみよう。新メニューが並び始めた頃を狙ってさ」
「楽しみですわ」
テディの台詞に俺もフィオナもうんうんと頷いた。
◇◇◇
だが、次に食べにいく機会はなかなか来なかった。
店へは何度か足を運んだのだ。
だが毎回行ったときには既に長蛇の列が出来ていた。
これを並んでいては午後の仕事が終わってしまうという位にだ。
「11時開店なのに9時半にはもう列があるんだぜ、これ」
ミランダは何度か挑戦した模様だ。
「まあ落ち着いた頃に行けばいいでしょう」
「でも店の人が過剰労働にならないか不安だよね」
確かに。
「その辺は私達の考える事じゃない。店員を増やすなり店側で色々考えるだろ。それまで私達は様子をうかがうしかないよな」
この騒ぎを作った張本人のミランダはそんな調子だ。
果たして俺は無事日本の味を再び味わう事が出来るのだろうか。
その前に店のおじさんおばさんが倒れてしまわないだろうか。
その辺はどうなるか、俺達も未だわからない。
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