第103話 懐かしい味?

「いずれにせよ、今はこの事案に近づくべきではないと思いますわ。本物のチャールズの正体が知られてしまうリスクもありますから」

「気にはなるけれどな」

 ミランダがそう言って肩をすくめ、そしてサラの方を見る。


「ところでその製麺機というのは面白いのか?」

「面白いです。今まで市場で買っていた焼きそばの麺がこれさえあれば簡単に作れます。他にパスタも作れるようです」

「うーむ、私は料理は範囲外なんだよな」

 確かにミランダは料理に関わらない方がいいだろう。


「アシュがこれに関する本を訳してくれたのですが、読んでみますか」

 そんなテディの台詞にすぐ3人程が反応する。

「見たい」

「僕も読みたいな」

「私もです」

 俺が訳した製麺趣味同人誌がフィオナとナディアさん、ジュリアに渡った。

 サラは再び製麺の研究を再開する。


 あ、でもこれはまずいパターンかもしれない。

 念のため先手を打っておこう。

「さっきまで10倍速モードで翻訳をしたから少し寝てくる。夕食でも起こさないでいいから。明日の朝勝手に起きてくるよ」


 さっき時短した分を明日朝までに少しでも取り戻しておこう。

 2分の1速度で16時間寝れば俺の体感時間は8時間で8時間分取り戻せる。

 寝るぞと強く思いつつ自分の個室へ。

 幸い誰も引き留めなかったので、予定通り時間操作魔法で2分の1速度にした後、睡眠魔法でおやすみなさい……


 ◇◇◇

 

 翌朝。

 目覚めて部屋を出たらちょうど皆と同じくらいの時間だった。

 サラだけはいないけれどキッチンかな。

 そう思ったら麺が大量に入ったざるを持ってやってきた。

「出来ましたので運ぶのを手伝ってください」


 皆でキッチンへ行きそれぞれ運んでくる。

 どうやら本日の朝食はつけ麺のようだ。

 チャーシューや煮卵まで入ってかなりそれっぽい雰囲気。


「美味しそうだね」

「昨日の本を読んで研究してみた結果です」

 早速いただいてみる。

 つけ汁は煮卵、チャーシュー、キャベツ、ネギが具で入った茶色いスープ。

 匂いからするとニンニクが少量入っているかな。


 まずは麺をつけてささっと食べてみる。

 うん、美味しい。

 汁は甘辛にちょい酸味が入った感じ。

 煮干しか何か魚介系の出汁も入っている。

 朝食というには濃厚だけれども麺につける事を考えるとこれで正解だろう。

 ニンニク入りでも特に問題はない。

 スティヴァレではニンニク入りパスタを朝から食べたりするし。


「食べた事がない味だなこれは」

「でもこれ、癖になるかも」

「同意」


 確かにスティヴァレには今まで無い傾向の料理だと思う。

 そもそもスティヴァレのパスタはスパゲティに近い代物。

 つけ麺に使うには堅いというか腰がありすぎる。

 それにパスタを肉と魚介系の濃い出し汁につけて食べるなんてのは俺の知っている限りスティヴァレには無い調理法だ。

 俺としては懐かしくも美味しい味なのだけれど皆さんどうだろう。

 少なくとも今のところこれが嫌という人はいない模様だ。

 皆さんガンガンと食べているし。


「おかわりはこの麺を使えばいいのでしょうか」

「そうです。汁はこの鍋のものを、具はこのお皿から好みの物をどうぞ」

 テディがまっさきに食べきって、かなり多めにおかわりした。

 そう、汁もだけれど麺も美味しいのだ。

 ちょっと太めでつるつるしていて、それでいていいかんじに絡む。


「この味がわかると美味しいですこれ。後をひきます」

 ナディアさんもおかわりをした。

「この味付ゆで卵もいいよな。中が半熟なところもさ」

「卵への熱の通し具合は研究しました」

「この味は何から出しているのかな」

「豚肉の脂が多い部分と焼き干しした魚、魚醤、水飴、蒸留酒です」


 うーむ。

 かなりあった麺と汁があっという間に無くなっていく。

 トッピング用の具が完全に無くなる前に、煮卵1個とチャーシュー2きれ、野菜ちょっとをキープ。


 この汁ならアレを試さずにいられない。

 俺は自分の自在袋からとっておきの物を出す。

 おにぎりだ。

 あえて塩をつけずに握った海苔さえ無い代物。

 以前にご飯を炊いた時にこっそり作ったものだ。


 このおにぎりを麺が無くなった汁の中に投入。

 更に以前試作したオリーブオイル製のラー油もどきもここぞとばかりに出してかけてみる。

 ついでに穀物酢も少し出して味調整。

 うん、スティヴァレでは味わえなかった幸せの味。


「あ、アシュが美味しそうな事をやっているぞ」

「僕にもちょうだい」

 仕方ないのでおにぎりを人数分出す。

 ラー油もどきもだ。


「こういう食べ方があったとは知りませんでした。この辛い油もあいます」

「ここまでは本に載っていなかったけれどさ。実はよくある食べ方なんだ」

「この料理とご飯とだけでお店を出せるよね。間違いなく繁盛するよ」

「確かにどうしても食べたくなる時とかありそうだよな」

「無くなって残念」


 かなり大量につくってあった麺も汁もトッピングも完全に無くなった。

 ついでに俺の白飯おにぎりも悲しいことにストックが無くなった。

 あとで白飯おにぎりは作っておこう。

 時に無性に食べたくなる時があるのだ


「これは定番にしようよ。手間がかかるなら手伝うから」

「これは号外のレシピ集に載せないのでしょうか」

「載せるつもりです。それであの本を見て思ったのですが、今度は簡単な漫画も出来ればジュリアに描いてもらおうと思っています」

「了解」

 確かにあの製麺同人誌には色々な描き方の漫画もあったしな。


 一方でミランダは別の事を考えているようだ。

「あとこの麺を作る製麺機、あれの現物を見せて貰っていいか?」

「ええ。今はキッチンに置いてあります」

「見てくる。うまくすれば売れるかもしれない」


 ミランダらしい着眼点だな。

 でもスティヴァレの家庭では時間をかけて料理するという習慣はあまりない。

 だから売れるかどうかは俺では判断つかないな。


「さて、今日は昨日の分も思い切り遊びましょう」

 何せ昨日は二日酔いでぐだぐだだったしな。

 俺は何故か時短モードで翻訳作業なんてしたけれど。

 昨日教わった泳ぎ方をボディボードに応用しても楽しいかもしれない。

 片付けたら早速試してみよう。

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