第6話 未来予想図からの脱線案
約1月が経過した。
なんだかわからないが翻訳作業は予想以上に順調だ。
最初の『フィリカリス』はその後再販がかかったそうで、更に
更にその後同じ作者の小説を3冊訳し、それぞれが前回の実績を踏まえて
予定通り分配しても俺の手元に小金貨で3冊合計で
いいのだろうか、こんなに。
翻訳魔法を使って3人に手伝ってもらえば10日間で1冊訳す事が出来る。
勿論放課後の時間だけでだ。
俺自身はもっとゆっくりやってもいいと思うのだが、テオドーラさんがそれを許さない。
早く読ませろとプレッシャーをかけてくるのだ。
必然的に俺も真面目に取り組まざるを得ない。
ただ俺はいいとして他の皆さんはそろそろ色々進路を最終決定しなければならない時期だ。
高級学校の卒業生は、だいたい次のような進路が待っている。
① 上級官僚試験を受験し官僚になる。
② 騎士学校か魔法騎士学校を受験し軍の将校になる。
③ 研究機関へ進み、各分野の研究者になる。
④ 教員採用試験を受け、教師になる。
⑤ 大手の商家等の幹部候補として就職する。
この中には部屋住みとかは含まない。念のため。
なお貴族だと①~③、それ以外だと③~⑤というのが一般的だ。
上級官僚や騎士学校は実力か貴族位、あるいは両方が無ければ出世出来ない。
貴族でも当主の跡取り以外はせめて伯爵以上でないと下っ端扱いだ。
無論抜きんでた実力があれば状況は変わるけれど。
③と④はまあ、上流貴族以外の全ての階級アリのコース。
ただその分競争が激しく試験の難易度は高い。
高級学校でも成績上位者でないとまず無理だ。
⑤はまあ、貴族階級の子弟を募集するところはまず無い。
幹部候補と言えど基本的には雇用人だからだ。
収入は③や④より上になる可能性が高いけれど。
率直に聴いてみる。
「皆さんはそろそろ卒業後の準備があるんじゃないですか?」
「嫌な事を言ってくれるな」
最初に反応したのはミランダさんだった。
「何かあるんですか」
「ミランダは結婚の話が来ているのですわ」
そう言えばそういう進路もあるよな。
特に御家の事情が色々ある金持ちとか大貴族とかは。
「ミランダさん的にはどうなんですか」
「嫌に決まっている」
あっさり。
「相手はどんな方なんですか」
「ネイプルの大商家の次男坊だ。似顔絵も見たし人物についても調べさせてもらった。正直色々と私の好みから外れた感じだ。確かにうちの家としては南部方面への手がかりとしてちょうどいい相手だろう。でも私個人としては勘弁だ。商家に生まれたからにはせめて自分の意志と実力で儲けるなり損するなり戦いたい。でも奴はそういう才覚は無さそうだ。奴と結婚するとお飾りで何処かの支店を任され、実際は飼い殺しという感じだな」
「わかりますわ」
今度はテオドーラさんだ。
「実は私もミランダと同じで結婚の話があるのですわ。今すぐという訳では無いですけれども。相手は現国王の弟であるエンリーコ殿下です。ただ実は殿下には私ではなく別の意中の相手がいるのですわ。それでも格式の問題で私が第一候補になってしまっています。私も別にエンリーコ殿下が好きな訳ではない、殿下には申し訳ないけれど本音を言えばタイプでは無いのです。ましてや殿下にや某伯爵令嬢に恨まれてまで結婚だなんてとんでもない。
でもこのままでいけば数年後には強引に結婚させられてしまいます。今はこの学校が防護壁となっていますけれども、卒業したら色々面倒な事になるかもしれません」
普通は結婚相手が王族なんて狙っても狙えない状況だけれどな。
恵まれている人なりに色々その辺は悩みもあるらしい。
「僕は本当は図書館司書や文献検索等情報探しを仕事にしたいのだけれどね。でもそういった採用はごくまれでほとんどはコネ。僕じゃ手が届かない。一応教員採用試験を受けろと言われているけれど子供は好きじゃないしね」
フィオナまで。
「ところでアシュノール君はどうですの?」
テオドーラさんに聞かれてしまった。
「俺は特に目立った才能も無いし、貴族家としてもそれほどの家柄では無いし、ましては5男ですからね。間違いなく部屋住みコース一直線ですよ」
「そうか」
ミランダさんがにやりと笑った。
何故か俺の背筋にぞくっと冷たいものが走る。
いわゆるひとつの嫌な予感という奴だ。
「どうやらここの4人は皆さん自分の今の進路に不満らしい。ならそれよりはましな選択肢を皆で作ってみないか」
いや俺は別に自分が部屋住みコース一直線なのに不満は無いです。
なんて事は勿論言える雰囲気にはない。
「でもどうするのでしょうか。何かミランダには方策がありまして」
「私達がそれら既定路線の進路より遥かに価値がある事をやっている。そう周りに判断させればいいだろう。
例えば私の場合は南部のボンボンに嫁ぐよりもはるかに金を生みそうな仕事をしていると親に認めさせればいい。テディの場合も同様だ。まあテディの場合は相手が相手だから思想が危険すぎて王家には近づけないなんて方がいいのかな。フィオナは調べものが出来て新しい知識に触れる職場があればいいんだろう。ならちょうどいい案がある」
あえて俺の部屋住みに触れないところが凄く怖い。
嫌な予感、更に増量中だ。
「さてアシュノール君、私からひとつ質問だ。今まで訳した本を読んでの推定だが、アシュノール君が本を取り寄せている世界はこの世界より様々な知識が進んだ世界だろう。違うかな」
嫌な予感はクライマックスに入った。
「確かにそうです。ただし魔法だけはこの世界以下ですけれど」
ミランダさんはうんうんと頷く。
あのいかにも何か企んでいそうな笑みを顔いっぱいに浮かべて。
「なら良し。つまりその気になればアシュノール君は、この世界より進んだ世界の知識を本という形でこの世界に持ち込めるわけだ。自然科学でも社会思想でも何でも。つまり訳す本さえ選べば少なくとも知識的な面では簡単にこの国水準を上回るものを発表できる。この考えに間違いはないかなアシュノール君?」
そう来たか!
でも確かに間違いかと言われると……
「間違いではないですね」
「そういう事だ、諸君。それでは具体的な案を説明しよう。
① 私の為には今まで通り儲かりそうな本を次々と翻訳していけばいい。そうすれば下手な商売より純利益は大きくなるだろう。図書館を通さずうちで出版したいという話も出てくるかもしれない。そうすれば南部のボンボンとくっつけるより私をここに張り付けておいたほうがいいと親も判断するだろう。
② テディの為に、今の政治体制を批判するような思想の本を取り寄せて訳して貰うのはどうだろう。ただしこの本に限っては著者はテディにしておく。そうすれば政治上の危険人物として少なくとも王族や貴族相手の婚姻用としての価値は無くなるだろう。無論あまりヤバい内容では我々まで危害が及ぶかもしれないから、その辺の内容についてはある程度吟味する必要があるけれどな。
③ そんな感じで事業を4人ですすめれば、自然とフィオナに調べものを頼む機会も多くなるだろう。こんな仕事で良ければ是非フィオナにも参加してもらいたい。
④ これで部屋住みにならずに独立出来てアシュノール君もめでたしめでたしという訳だ。どうかな、この案は?」
「賛成ですわ!」
真っ先にテオドーラさんがそう言ってしまう。
でもいいのか御嬢様!
安楽で豪華な生活は無くなるぞ!
「正直貴族生活はもういい加減嫌なのです。服や食事がかなり貧しくなっても構いません。私は真っ先に参加させていただきます」
本当にいいのだろうかと思うが本人がそう言うなら仕方ない。
「僕も参加させてくれると嬉しいな」
フィオナさんはまあそうだろう。
でも俺としては本当は参加したくない。
貧しくともプライドが無くなっても安楽な部屋住みで図書館通いできればいい。
それが自分の分にあっていると思うのだ。
しかしこの状況で自分の意志を通すのは難しい。
完全に乗り気の女子3人にいいえ嫌ですと言える勇気が俺にあるか。
無いな、やっぱり。
「次に取り寄せて翻訳する本は自然科学系の新しい知識をもたらすものがいいな。まずはこのユニットに箔をつける為だ。自然科学系の知識ならある程度は追認できるし政治思想等と違って評価も素直に得られやすいだろう。
テディ解放の為の社会思想本はこれとベストセラー本で箔をつけてからだ」
うーむ。
何か俺の将来が怪しい方向へと進み始めた気がする。
でももうきっと俺には止められない。
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