第45話 母、危機一髪!
母の唇が紫色に腫れあがっていた。
なにかというと、昨日ヘルペスという脂肪の塊を切開手術してもらったのだ。
ところが一日と経たないうちに、傷口をぬっていた糸がとれ、以前よりも膨れ上がっている。
母、唇の脇の小さなこぶを厭って、手術してもらったはずなのに。
医者は出血が止まらなかったら連絡するように、と言ったらしいが、これはあまりにひどい。
主治医にすぐ相談しろと、私がかなり強く、しつこく言って、母は初めて病院の診察券を持ってきた。
「女の命は顔なんだから! いや、ちがう。女の顔は命なんだから! だいたい、こんなに腫れるなんて、聞いてなかったんでしょ!?」
かなり強く言った。
母は、一週間後に抜糸予定で予約を入れているからその時に、などと言っていたが、その顔は哀しそうに沈んでいた。
馬鹿だな!
ちっちゃなコブが嫌で手術受けた人が、そんなに腫れあがってるのに我慢できるわけがない。
口紅もひけないじゃないのさ!
まあ、私は母の顔は芸術だと思っているから、多少難があったとしても、母は母だと思うし、気にしないが。
母があんなに悲しそうだったのは、私がガミガミいったせいだろうか?
しかし、よかったと思うのだ。
口腔外科に相談したところ、今日中に診察してくれるそうだから。
これで安心。
母は私とのドライブも、妹宅へにもつを届けるのもキャンセルして、病院に行った。
朝ドラの再放送が――とか、言っていたのにも関わらず、その行動は迅速だった。
やはり、気になっていたんでしょう。
美顔手術を受けて、顔が腫れあがってしまったのと同じくらい、ショックだったはずだ。
私はその気持ちを汲んであげようと、いろいろ言ったまでである。
神棚に二礼二拍一礼するようにも言った。
ショッピングぐらい、どうでもいいからとも言った。
あとは、それが彼女にとって、プレッシャーにならなければいいと思う。
たいしたことでなければいいな。
ちょっとお金がかかってしまったわ――程度ですめば。
一生腫れたままだったら、母、隠れて泣いちゃうかもしれない!
心配事の種は芽の内に引っこ抜く!
女が外見を気にしなくなったら、老いていくだけなのだ。
痴呆症になられても困る。
母は、手術の時ですら、薄化粧していた。
顔なんかどうでもいいとは思っていないはずである。
手術を終えたら、きっと気にかかっていたことから解放されると期待していたに違いない。
母だって女性なのだから! 女性として扱ってあげないと、寂しいではないか。
女性のハートは小動物か子供としてみなすべし、と男性向けの特集で読んだことがある。
であるならば、私は彼女の娘として、彼女を子猫ちゃんとみなして扱う!
私はポンポンものを言うが、これでも心配している。
母の心が傷つかないか。
嫌なのにガマンしていないか。
外見を気にするのは、見栄っぱりと言われないかと、思いこんではいないか。
安心するんだ、母。
女が外見を気にするのは、普通だ!
娘との約束なんて、うっちゃっても平気なんだ。
吉報を待つ。
――むちゃむちゃ、気がかりである。
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母、まだかいのう。
でかけた時間が2:30PMくらいだから、2時間経つけど。
遅いなあ。
はっ、まさか具合が悪くて再手術? まっさかー(はは……はは)
きっと、病院出た後、妹の家に直行したんだわ。
それであれこれしゃべってるうちに、時間が経ってしまったのに違いないわ。
はふー。
おちつけ、私。
心配のし過ぎもよくないの。
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さらに1時間して……る、間、私、ウォーキングへ行ってきた。
汗かいたし、暑いから、冷水シャワーを浴びました。
すずしーい。
だけど、東京は30℃超えたとかヤフーで言ってるのに、なんで外に出たかな、私。
胸苦しいし、ほっぺが熱いし、足元が揺れる感じがするし。
近所を歩いていると、石鹸の香りと草いきれがいっぺんに押し寄せてくる。
残暑なんだなー。
お、花咲いてる。
灌木がもさもさ生えている。
ガードレールを覆うように生い茂るエノコログサが、三分の一ほど、立ち枯れている。
草も枯れる暑さなのかしら? それとも、時期がすぎたの?
そういえば、この間、里芋の葉っぱが端から枯れかけて、風にゆらゆら揺れてるの見たわ。
母は、2週間くらいで治ると言われたそうだ。
糸は、もともと溶けるものだったらしいから、平気なんだって。
帰りににもつを妹宅へもっていったって言う。
なーんだ。
思った通りだった。
これ以上考える必要なし。
母の声も晴れ晴れとして、よかったじゃあない。
ご飯を食べるときと、歯ブラシの時、気をつければいいのでは?
いやー、よかったよかった。
解決!
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