第19話 私はかなしい!

「よくばりねえ」


 と祖母は言った。




 桃を一個、食べようとしただけなのだ。


 昼間に、暑い思いをして買い出しの手伝いをしてきて、喉が渇いたからだった。




 桃は四個で数百円の傷みあり。


 なんの、一個で数百円のものを避けた結果だった。




 家にたどり着いたばかりの時は、ヘトヘトだったし、正直エアコンのきいた部屋で涼んでいた、祖母は気楽でいいなとも思った。


 それでも、仲良くわらび餅と切った桃をわけて食べたのに。




 三個残った桃は私と母と祖母とで、一個ずつだ。


 そういうことをさしひいても、私はまるまる一個を食べたかった。




 喉が渇いていたし、日中きつかった。


 少しは体をいたわりたかった。




 祖母は、自分が食べたいのだということを、口に出しては決して言わない。


 そのくせ、食べている人を悪く言う癖がある。




 自分の分はちゃんと、冷蔵庫にあるのに、人が食べているのがガマンならないらしい。


 欲張りなのは、どちらだ。




 7月の旅行の時に、彼女が頼みもしなかった「アユの塩焼き」が食べられたのは、私が一尾、わけてあげたからなのだ。


 それなのに、私はかなしい!




 旅行のことに触れることとしよう。




 7月の下旬。


 栃木で山あげ祭があった。




 それを観覧するのがメインの旅行で、親戚の子どもと一緒だった私たちは、旅行最後の日、ヤナ川に立ち寄った。


 ヤナという川ではなく、ヤナをしかけた川をヤナ川という。




 ヤナとは、川に棲んでいる魚を根こそぎすくいとるために設置した装置であり、一部の生態系を犠牲にするものでもあった。


 しかし、観光客は労せずして魚が勝手にヤナの装置にあがってくるために、喜んで憩う。




 そういうものだ。




 そのヤナ川の近くには、海の家のような出店があって、そこで食べ物を注文すると、ヤナで遊べることになる。


 だから、私達は先に、アユ飯とアユの塩焼きとナマズの天ぷら、アユのフライ定食などなどを頼んだのち、子供たちと一緒にヤナに遊びに行ったのだ。




 しかし、祖母は遊びにも行かず、注文表を見つめてじっとして動かなかった。


 子供たちのヤナ遊びも終わって、さて、注文の品がそろそろ来ないと、お昼ご飯に間に合わないな、というときだった。




 祖母は突如として、




「アユの塩焼きがよか」




 と熊本の言葉で言った。




 私はヤナへ来る前から、栃木に来たらアユの塩焼きを食べねば、と言っておいたのに、祖母はろくろく注文もせずに、座席に鎮座していて何を考えているのかわからなかった。


 それが、注文も終わって、品が来るまで子供たちは遊びに行って来て、帰ってきてさあ、食べよう、となったときに注文を口にしたのである。




 当然、周囲は困惑するし、祖母の頭の中はどうなっているのだということになるのだが。


 幸い、私がアユの塩焼きを頼んでいたがために、品を運んできた人がすうっと気をきかせて祖母の前にそれをおいた。




 祖母は一人でそれを食べる気でいたらしいが、皿には二尾、串に刺して焼いた状態のアユが乗っていた。


 だから、私も「二尾は多いと思ってたんだよー」と言って、一尾ずつ、分けて食べたのだ。




 私は土地の子どもたちがそうしていたように、頭からがぶりといったが、祖母はちがう。


 腹の下あたりをちょこっとかじって、串から抜いて皿の隅に置いたのだ。




 お気に召さないときの食べ方だった。


 そんなんだったら、私が食べておけばよかった! かわいそうなアユ!




 そういう祖母なのである。


 正直理解の範疇を越えている。




 想像力なんてものでは追いつかない、神経の持ち主なのだ。


 そういう意味で、私は祖母に非難じみたことを言われるのが恥ずかしいし、とっても気にくわない。




 人のモノをわけてもらうのが当然だと思っているから、人が一人前食べることが「よくばりだ」という発言につながっているのだ。


 祖母の分はちゃんとあるのに、人が自分のものを食べると非難するのだ。




 これは申し訳ないけれど、とっても残念なことに、祖母がいじきたない精神の持ち主であることを示している。


 食べたいならばそう言えばいいところを、人を責める方向へ向かうから。




 祖母は、残念なことに、いじきたない。


 とくに、食べ物に関しては、そういうことが多かった。




 だから、かなしいのだ。

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