第41話 イタイものは本当に痛いのだ!

『ダーウィンが来た』でワオキツネザルのオスが、繁殖期に熾烈な戦いを繰り広げる、というのを観た。


 耳が裂けたり、脚をかじられ血が出てたりするのを見ると、私の末梢神経あたりが、痛みを訴える。


 具体的に言うと、手のひらと指と足の裏あたり。



 私は言葉が多い方ではないから、大抵のものは体で覚えている。


 タイタニックでは泣かないが、ワオキツネザルが傷ついているのを見ると、体が痛む。


 本当のことだと思うからだと考えている。



 オスがメスを取り合って、縄張り争いを繰り広げるのは、どこの世界でもあることでしょう。


 むしろ、メスは命がけで子供を産むのだから、オスだって命を賭けるのはおかしくない。


 普通。



 だけど、再起不能になるまでやるっていうんだもの。


 イタイよね。


 私も痛いよ。



 心が手足にあるのかと思うほど、心は末梢神経にあるのではないかと思うほど、心は肉体にあるのではないかと思うほどに。


 傷付くものを見ると、体が痛むのだ。


 直視してるのがつらい。



 年を経ると涙もろくなると聞くが、それは暇になっていろいろと感じたり、考えたりするからじゃないかと思う。


 忙しく働いていたり、人間関係でゴタゴタやっていたりすると、神経が麻痺して思考が効率優先になったりする。


 状況判断にばかり気をとられて、しみじみ自分の心をのぞきこむ暇はない。



 少なくとも、そういう時期があった。


 殺気走った人とつきあっていると、そうなる。


 そして、一人になると、ほっとする。



 私は、心が未分化で、感情をよく理解できないところがある。


 生まれて間もない子猫が、父の手によって放り投げられたのを見ても、心はしんとしている。


 慌てるどころじゃないのだ! 次は自分の番なのだから。



 だから、すばやく自分の心を隠す。


 閉ざして、麻痺させて、自分にすらわからないところに追いやって。


 そうして、目の前の現実と戦わねばならない。



 だから、今。


 ワオキツネザルの若オスが傷ついているのを見て、かわいそう、とか、気の毒に、とか思うことはない。


 ただ、我が身をもってして痛みを感じる。

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