第6話 006 奴隷志願の少女その名もコツメ参上


 幌車の少女の処遇はこの近くの村に届けてと、そう成った。

 この先の分かれ道を反対側に少し進めば村が在るそうだ。

 骸骨の目指す方向とは少しズレるが、まあ仕方無い。

 少々の回り道も、騒がしい小娘を連れて歩く依りは余程にマシだ。


 実際に……ウルサイ。


 道中、たまに気が付けば騒いでいる。

 すぐに骸骨があやして大人しくさせるが……いちいち面倒だ。

 まあしかし、骸骨の隠れた才能を垣間見た気もする。

 どんなに泣き叫んでも骸骨が顔を見せれば一発だ。

 ……気絶なのだが。

 

 で、この少女……小娘なのだが。

 たまに起きての一言、二言から察するに。

 貴族の娘で現王がの祖先が倒した前政権の王の末裔らしい。

 とても由緒ある家系の出だそうだ。

 ……今の王とは何の血の繋がりの無いのだからそれが意味が有るのかどうかも怪しいが。

 だが、それを聞いた骸骨は。

 「ほう」

 と、唸り。

 そこからは小娘にベッタリに成った。

 その態度を見れば……意味も有るのかもしれない。


 ただ……少しの違和感は有る。

 特に小娘を見るときの目だ。

 目玉は何のだが……どうにもイヤらしいく感じる。

 なんだろう。

 ジジイが孫娘を見るようにだが……全くの赤の他人がやればおかしな視線に為る、それだ。

 まあ……ただのロリコンなのだろう。

 シッカリと子守りをしてくれるなら何でも良いとも思う男だった。



 さて。

 道中なのだが……カエルが寄りたい所が有ると、少し寄り道をする事にした。

 行き道の脇に池が在るのだそうだ。

 何故にそこに行きたいのかは、聞くまでも無いと思う男。

 カエルなのだから水場は必要なのだろう……多分。

 

 男としても水場が在るなら蜂も居るだろうとの目論みも有った。

 どうせなら蜂も増やしたい。

 別段、急ぐ旅でもない。 

 骸骨にして今は小娘に夢中だ。

 まあ傍目で見ていても面白いのだが……起きて直ぐに気絶。

 リアル起き上がりこぶしの様だ。


 道を進むと林が見えてきて、そこを林の中へと曲がる。

 そのまま少し進めば池が在った。

 木々に囲まれて、木漏れ日に光る鏡の様な水面。

 景色の良いし。

 春先の気候も良い感じだ。

 成る程これは寄り道の価値が有る。

 男は感心しながらに幌者を降りた。


 そして、カエル達は湖を見る間に行水を始めた。


 蜂を探すのは前回と同じで蜂に任せると、直ぐに連れてきたくれた。

 池の水は透明度も高くて綺麗な感じだったので、もしかすると駄目かも知れないと諦めては居たのだが、それでも何処かの水溜まりか何かを見付けたのだろう。

 その蜂達をゾンビ化させて、結局は合計で十九匹に成った。


 男は増えた蜂達を、蜂の隊長と相談して、副隊長三匹とその下に隊員として五匹づつを割り当てた。

 ルーキー達と古参とが強さに違いが有り過ぎたからだ。

 しかし、その采配はとても良い結果をもたらしてくれた。

 副隊長に選ばれた古参の蜂達が張り切り。

 早速にルーキー達をシゴキ始めている。

 蜂部隊! ブートキャンプの始まりだ。

 隊列の組み方から始まり。

 編隊飛行の訓練。

 そして……何故かホフク前進。

 

 その段に為って……小首を傾げる男。

 飛べる蜂に……それは意味が有るのだろうか?

 まあルーキー苛めでは無さそうなので、見守る事にした。

 

 そして、湖岸を適当にふらつきながらに一服。

 タバコの本数も十本を切ったと心許なく思う。

 「何処かで調達出来ないのだろうか?」

 呟いた男。

 元の世界でもタバコの歴史は古い。

 現代風のフィルター付きでは無くても紙巻きか……イヤ、刻み煙草でも良い。

 パイプでもキセルでも大丈夫だ。

 なんなら葉巻だと嬉しいくらいだ。

 「どうなんだろうか?」

 それも無いと為れば……物理的に禁煙か。

 今までも貴重なタバコだと、大概我慢していた。

 それが強制的にやってくる。

 そう思うとイライラが募り……思いっきりむせる。

 ゲホゲホと咳き込み余計に苛立ち始める。

 手に持つ短くなったタバコを池に投げ捨てようとして……思い止まった。

 池にはカエル達が楽しげに泳いで要るのが見えたからだ。

 しかしと火の残るタバコに目を落とす男。

 これを林に棄てれば火事に成るかも知れない。

 それに見える所にポイ捨ては余りに不作法だ。

 うーんと唸る男は池を見た。

 男の少し先に良さげな竹の竿を発見。

 池の中の中途に刺さっている。

 「あの竹の穴に投げれば入るかな?」

 そんな適当な事を考えていると。

 頭に ”指弾” と思い浮かんだ。

 「お! さっきの投擲のスキルか」

 やってみるかと、タバコを指で弾く。

 

 火の残る短く成ったタバコは綺麗な放物線を描いて飛んで……見事に竹の竿の穴に吸い込まれて消えた。


 「おおお! 中々に凄い」

 自分に感動した男はイライラを解消する事に成功したのだった。


 ?

 

 「竹が動いた?」

 タバコを吸い込んだ竹が左右に動いた様な気がしたのだ。

 目の錯覚?

 男は瞼を擦る。

 と、今度は竹のしたからブクブクと泡が吹き出した。

 それがやたらに臭い。

 魚も浮いてきた。

 何事が起きたのだと鼻を摘まんで見ていると。

 竹の竿は湖の沖へと流されていく。

 「刺さっていたのでは無いのか?」

 タバコが当たってバランスでも崩したのだろうか?

 良くわからない現象だ。

 これも異世界ならではの事なのだろうか?


 と、そこまで考えるのが精一杯だった。

 余りに臭くて我慢が出来なかったのだ。

 男は急いで幌車に戻る。

 カエル達も驚いてか飛んで戻ってきた。

 「駄目だ……急いでここを離れよう」

 鼻を摘まんだ状態で叫んだ男。

 カエル達も頷いて、幌車の前後で牽いて押した。


 「何か有ったのか?」

 呑気な骸骨が男に尋ねた。

 流石に鼻の無い骸骨はこの臭さも平気な様だ。

 

 「駄目だこの湖は腐ってやがる」

 男の叫びに首を傾げていた骸骨だった。

 

 


 湖を後にして。

 村までの間は、相変わらずにスライムとハリヌートリアにしか出会わない。

 それは道路に混ぜ混まれた結界石と村に近付いた村の結界が重なった結果でそうなッたのらしい。

 骸骨がそう言っていたのだ。

 しかし蜂のルーキー達には良い訓練と、スキルが糧と為って成長させてくれていた。

 今の蜂達には丁度良い感じだった様だ。


 そうそう……途中。

 道の真ん中に変な岩が落ちていた。

 綺麗に舗装された石畳の道に何処からか転がってきたか……それとも誰かが置いたか。

 置き石のイタズラにしては大き過ぎるソレ。

 丁度人が丸まった程の大きさか?

 人が抱えるには無理なサイズだ。

 だが道の真ん中にそれは邪魔だとカエルが槍でつついたらば……その岩はうごめき出して臭い臭いを巻き散らかした。

 どうやら魔物らしいかったが……その真偽はわからない。

 余りに臭い臭いで我慢ができず。

 その岩を迂回して逃げ出したからだ。

 どうもこの辺りの魔物は臭い臭いを吐き出すらしい。

 だが動きは鈍い。

 カエル達が牽く幌車にも反応したかしていないかわからないが着いては来なかった。

 倒そうと思えば倒せたかもしれない。

 見た目は硬そうだからそれも厄介か?

 しかし、それ以前に岩の魔物からは悪意も敵意も感じられなかった。

 ただそこに転がっていただけだ。

 それをつついたのはこちらで、臭いはその結果だ。

 寝ていた邪魔でもしたのだろう。

 悪いのは寝た子を起こした俺達の方だ。

 それに、倒しても獲られるスキルは……臭い臭いを出すナニかだ。

 そんなものは要らない。

 戦わずにスルー出来るならそれが一番だ。

 「妙な魔物も居るものだ」

 で、十分なのだ。


 そんなこんなで、とても平和に旅は続き。

 村にはあっさりと辿り着いた。

 道路を使えばこんなものなのだろう。

 たまに運悪く魔物に出会うくらいか?

 それも悪意や攻撃的な魔物には滅多にか?

 まあ骸骨のスキルのおかげと言うのも有るのだろうな。

 

 等と考えながらに村の門をくぐった。

 木で出来た簡素な鳥居見たいなモノだった。

 ここからは村だと示す為だけのモノなのだろう。


 村へ入っても景色は余り変わらない。

 延々と麦畑が続く。

 草原の雑草が麦に変わっただけだ。

 人にとって有用な物に変わるのは全く違うものだとも言えるのだろうが……村人で農家でもない男に見た目から変わらないとしか感じなかった。


 第一村人発見。

 

 男は骸骨に汚ない毛布を被せて隠した。

 下手に見付かって騒ぎはゴメンだと考えたのだ。

 骸骨もそれは理解していた様だ、毛布の下で大人しくしている。


 その村人は草刈りをしていた。

 大きな鎌の柄を肩に当てて、刃は地面だ。

 それを呑気そうに左右に振っていた。

 村は平和なのだろう。

 魔物も結果かで入って来れない感じか?

 ……骸骨や蜂達は普通に入っているが、これは男が使役しているからだろう。

 イヤ蜂はそうだが骸骨は違う。

 結界は悪意とか攻撃的な感情か何かに反応しているのかも知れない。

 それだと弱い魔物が結界に近付けれるのも納得も出来る。

 さっきの岩がそうだ。

 悪意の無い魔物はそこに居られるのだろう。


 男は幌車の中から、その村人に声をかけた。

 小娘と盗賊の話をしたらば、すぐに村長の家に案内してくれた。

 とても良く喋る人懐っこい……牛柄の男。

 ホルスタインの獣人だ。

 きっとそうなのだろうとは思った男だったが敢えてそれを聞くことはしなかった。

 気にしていたら悪いかも知れないと思ったのだ。

 白と黒の斑模様は……派手すぎる。

 小さい子供なら虐めの対象にも成りかねん。

 それも含めて「大きなお世話」とは言われたくは無かったのだ。


 

 村長の家は割りと近く。

 すぐに辿り着いた。

 村自体が小さいと言うのも有るのかもしれない。


 店舗付きの住宅。

 木と岩とレンガで出来ている立派な? 家だ。

 そして、店舗の方は雑貨屋だった。

 食料から衣服まで何でも有る感じだ。

 この村の唯一の店なのだと予測が出来るくらいに何でも有る。

 

 しかし、今はその店には用はない。

 男はホルスタインの獣人に促されて裏に回った。

 

 裏に……見ようによってはこちらが正面か?

 の庭には、荷車とニヒキガエルが数匹居た。

 もちろん偶数だろうが……何匹かは数えない。

 別段それほど多くは無いが、何より面倒だ。

 村長なのだから裕福なのだろう。

 もしかすると運送業も兼業しているのかも知れない。

 小さな村の何でも屋が村長なのか。


 その村長の所のニヒキガエルを男のカエル達が羨ましげに見ていた。

 村長の所の奴はハッピを着てフンドシを締めていたのだ。

 男は自分のカエルを見た。

 成る程……二匹は裸だ。

 カエルなのだからそれが当たり前だと思ってはいたが……人の世に混じるのだ服くらいは着てもおかしくはない……いや、逆に着ていないとおかしいのか。

 雌カエルは化粧道具も持っていたし……人目を気にする証拠でも有る。

 ……今度、買ってやろう。


 だが、向こうもこちらを羨ましげに見ていたのだが。

 うちのカエル達が持っている斧や槍に目がいっていた。

 武器は普通は持たして貰えないのだろう。

 ニヒキガエルの本業は車を押すか牽くかだ。

 スキルもそれ用のものしかないのだろうともわかる。

 武器を手に持つという事はそのスキルまで持っているという事なのだ。

 成る程それは羨ましいだろう。


 お互い様だなと思った男は、牛の獣人の後ろに着いて建物に入った。

 今の本題はそっちだ。

 その村長は呼べば、すぐに出てきた。

 

 牛柄の獣人が適当に事情を話すと、村長は快く小娘を預かってくれた。

 王都にはしょっちゅう行っているらしく、その小娘の事も見た事有るとの事だった。

 貴族に知り合いが居るとは……小さな村の村長も侮れないモノが有ると感心した男だ。

 まあ、村長みずから知り合いだとは一言も言ってはいないが。

 それでも知っているならそれで十分。

 面倒臭い事が一つ片付いたと……村を後にした。




 村を出て……すぐ。

 道の真ん中に、大の字に仰向けで寝転がった少女が居た。

 小さな丸い耳を持つ、手足の長いスマートな女の子……獣人?

 その女の子が叫んだ。

 「さあ殺せ! 私の敗けだ! 今殺せ!」

 キッと男達を睨む。


 ……?

 何の事だと小首を傾げた男とその場の全員。

 先頭で幌車を牽いていた雄カエルが、その場に立ち止まり。

 困惑ぎみに男を見る。


 おかしな事の対処は主人である男の仕事だとでも思っているのだろうか?

 勝手に対処してくれても構わないのだが……。

 いや、良く考えればカエルは喋れないのか。

 何故か頭に直接に声が聞こえて来るから忘れがちだが、その声は主人の男以外には聞こえない。

 つまりは道に転がっている赤の他人には声の掛けようが無いのだ。


 仕方無いと、男は口を開いた。

 「道の真ん中に寝ていたら危ないぞ……邪魔だし」

 大きな声で告げてみる。


 「ウルサイ! アンタ達の勝ちだって言ってんだ! 好きにすればいい!」

 キッ! っと睨む。

 

 どうにも話が繋がらない男。

 「勝ちとか敗けとか……わけがわからん」

 頭を掻いた。


 「だから殺せ!……いや、痛いのはイヤだから……」

 うーんと唸る少女。

 「奴隷でも何でも好きにしろ!」

 殺せは言い過ぎたと言い直した様だ。




 さて、この獣人の少女。

 名前はコツメと言い、忍者である。

 とは言っても、半人前どころか駆け出しでもない。

 本人だけが言い張る……自称、忍者だ。

 しかし、本人の希望も有るので以降は忍者としておこう。


 そんな忍者の少女が。

 遡る事……数日前。

 

 とある場所で魔物に襲われているカエル車を見付けた。

 草村にジッと潜み、その成り行きを見ている。


 その少女の近く、斜め前方には異世界風の着物を着た男が、同じ様に茂みに隠れていた。

 ただ、少女はその男に気付いていたが……男の方は少女には気付いていない様だった。

 気付かれない様に少女が行動していたのだ。


 男が居るのは比較的、安全な距離の場所。

 少女が居るのはその後ろのモット安全な場所。

 そこから見えるのは。

 二本足の武器を持った強そうな魔物と蜂の魔物。

 それと応戦している三人の人間の男達だ。

 

 少女はそれをただ見詰めていた。

 ジ~っと。

 その焦点は、一人の人間の男の持つ武器。

 刀だ。


 少女は忍者だと言うのにそれを持って居なかったのだ。

 憧れて、欲しくて欲しくて堪らなかったソレがソコに有る。

 だからかソレから目が離せない少女。


 そして、少女は考えていた。

 共倒れで全滅なら……それを簡単に拾える。

 この異世界の隠れている男が残っても……勝てる自信は有る。

 見た目がまるっきり弱そうだもん。

 もし魔物が勝てば……立ち去った後に拾えば良い。

 それが一番に楽だ。

 そうなればいいと思う少女。


 だが……。

 勝ったのは人間側だった。

 予想外の出来事だ。

 明らかに劣勢だった筈の人間が何故か勝ってしまった。

 不思議な事に魔物達が勝手に倒れていったのだ。


 わけがわからないと少女は悩み出した。

 どうする?

 飛び出して……やっつけるか?

 人間達も今ならきっと弱ってる。

 それでも勝てるかどうかは微妙で自信が無い。

 どうしようかと躊躇していると。

 今度は人間達同士で争い始めた。


 良く見れば先程まで近くに隠れて居た異世界風の男が居ない。

 そいつが少女依りも先に人間達に近付いたのだ。


 もう一度、隠れ直した少女。

 あの異世界風の男も人間達を狙っていたのか?

 あんなに弱そうなのに……何が出来るんだ?


 その男の背後に回ったナイフ使いの変な服を着た奴の方が明らかに強そうだ。

 動きも速いし。

 立ち回りも上手い。

 異世界風の男に警戒心を持たせずにスーと後ろに移動した。

 学ぶべき所の有る技だ、と感心していた少女。


 次に目に付いたのは刀を持っていた男の後ろに回ったローブと杖の男。

 見た目からわかる魔法使いだ。

 頬に汗が伝わる少女だ。

 迂闊に飛び出さなくて正解だった。

 人間達は戦いのプロだ……何処かの名の有る冒険者に違いない。

 危ない危ない。

 

 しかし、あの異世界風の男も運が無い。

 相手も確かめずにノコノコと出て行って喧嘩を吹っ掛けるとは……無謀もいいとこだ。

 もう一段と頭を屈めた少女。

 

 その少女の耳に音が聞こえた。

 ブーン……と、蜂の飛ぶ音。

 ハッと目を凝らせば蜂の魔物が戻って来ていた。

 これは益々出なくて正解だ。

 人間共は蜂に襲われて一網打尽だろう。

 少女は自身の安全を確保するために後退する事にした。


 蜂の魔物はさっきの二本足の魔物を倒したと思われる。

 人間ごときに殺られる程に弱くは無かった筈。

 それを簡単に殺した蜂だ、危険なのは明白。

 ソロリソロリと音を立てずに……。

 

 だが、音にばかり気にし過ぎて……少し下がり過ぎた少女。

 蜂には見付からなかったが……今度はその蜂達の居る場所が見えない。

 何が起こっているのかがわからないのだ。


 これでは逆に危険だ。

 成り行きを確認しつつ次の行動を考えねばいけない。

 このままではどうすれば良いのかサッパリだ。

 

 少女はまた少し前進を始めた。

 今度はカエル車がシッカリと見える位置までだ。


 元の位置近く迄戻って、草の影からソウッと覗き込む少女。

 ……。

 終わってた。

 異世界風の男が一人だけで立っている。

 ……。

 弱そうに見えたが、実はとても強かったのか?

 首を捻った少女。

 どう見てもそうは見えないが……。

 やはり先に魔物と戦っていた人間達の方が相当に弱っていたのだろう……かな?

 そうは思うが自信の持てない少女だ。

 これは駄目だ。

 様子見した方が良い。

 そう結論着けた。

 異世界風の男の強さがわからないのだそれも仕方がない。

 どう倒したのかを見ていればその対処も考えられたのにと悔やむ少女だった。

 しかし本来の目的は刀だ。

 異世界風の男との勝負では無い。

 その刀を見失わないようにしなければいけないのだ。


 

 暫くしてその刀はカエルに拾われた。

 そのまま適当に幌車に投げ込まれる。

 チィッ……舌打ちの少女。

 あわよくばその場に残してくれる事を少しばかり期待したのだ。

 まあ……それはしょうがない。

 あの刀はソレだけの価値が有るのだ。


 少女はササッと幌車の後ろに回り込んだ。

 戦闘が終わって異世界風の男も隙だらけなのだが……それでも幌車の中の刀を盗み出す事は出来ないだろう。

 幾ら何でも近付けば見付かりそうだ。

 後ろにカエルが一匹、押す準備をしている。

 男も幌車に乗り込んでいるのだ。

 そこに近付けばドウモと挨拶だけでは済まないのは明白な事。

 盗みに入った泥棒に挨拶する間抜けはそうはいない筈だからだ。


 しかし幌車は今にも動き出しそうだ。

 このまま後を着けるのか?

 それとも行動を起こすのか?

 ただ乗り込んで駄目なら……。

 少女は懐から丸い爆弾を取り出した。

 導火線の着いたソレっぽい代物。

 忍者の少女が唯一持っている武器だ。

 それが一個だけ。

 彼女の取って置きのだった。

 「全財産をはたいた爆弾……これを外せば洒落にならん」


 全財産とは言うが……所詮は少女の小遣いである。

 たかが知れていた。

 それに全財産で買ったのは、縁日で売られていた癇癪玉。

 それを砕いて丸めて固めたのがその爆弾だ。

 どう贔屓目に見ても……やっぱり知れているだろうモノだ。


 あ! カエルが幌車の中に入った。

 もしかしてこれはチャンス?

 今なら近付いて爆弾を中に投げ込めるのでは無いか?

 ニヤリと笑った少女は決断した。


 爆弾に火を着けてササッと近付く。

 姿勢は低く。

 動きは滑らかに。

 音を立てずにだ……さっき学んだナイフ使いの動きだ。


 ジジジジジ……。

 導火線が音を立てる。


 ササササっとササッ。

 ……。

 幌車の真後ろ爆弾を投げれる射程距離までもうすぐのところ……。

 幌車から何かが飛んで着た。

 それを見事に踏んづけた少女は。

 スッテ~ン……と、見事に転んだ。

 少女の足裏からは、宙を舞うミカンの食べ残し。

 そして、手からは爆弾が明後日の方へと向かって飛んでいった。


 ドッカ~ン。


 少女は走った勢いのままに幌車の下に滑って行き。

 その車軸の所にしこたま頭を打ち付けた。

 そして、気絶した。

 

 

 目が覚めた少女は道の真ん中に大の字に寝ていた。

 痛む額を擦りながらに起き上がる。


 そこに幌車はもう無かった。

 「逃げ足の速い奴等だ」

 悪態を着いた少女。

 しかし刀を諦めたわけではない。

 「私から、そう容易く逃げられると思うなよ」

 大忍者の本領! 見せてやる。

 拳を握り込む少女だった。


 

 幌車の向かった方向はすぐにわかった。

 辺りを伺えば良くわからない荷物が転々と転がっている。

 「愚かな奴等だ……なんか色々落としているぞ」

 それを辿れば幌車に行き着く。

 クククッと笑う少女。


 その色々は男がゴミだと言って、幌車から放り出したモノだ。

 走りながらに掃除をして。

 殆どが要らないモノだと棄てたのだ。

 盗賊共はわけのわからないモノを溜め込み過ぎていた。

 それが道々に順番に転がっていた。

 

 だが少女にはそれは有難い事だった。

 そのゴミを頼りに走り出す。


 足には自信が有った。

 「すぐに追い付いてやる」

 ササササ~ッとシュタタタタ~ッ。

 脳内で擬音を着けるのは忘れない。

 これも大事な事なのだ。


 

 実際にすぐに追い付いた。

 池に向かう為に道を外れ様としたところだった。


 「見付けたぞ」

 ゼーハー……。

 「サスガ私! スーパー忍者!」

 ゲホゲホ……。

 息も絶え絶えなのは気にしない。


 幌車一行は別段、急いで居るわけでも逃げているわけでもない。

 寄り道も含めてのノンビリとした旅なのだ。

 少女が追い付いても当然だとも思うのだが……。


 勝手な少女の世界では……それは凄い事らしい。

 「確か……この先は池が在った筈」

 奴等はそこに向かったな。

 「名推理だ、サスガ私」


 この林の道は湖にドン着いてそこで終わっている。

 そこを曲がったのだ……誰がどう考えても答えは一つな気もするが……。

 

 「先回りして……待ち伏せだ」

 ニシシシと笑った。

 


 結構大きな池。

 少女が隠れた対岸に件の幌車一行が居た。

 カエルが呑気に水浴びをしている。

 異世界風の男は湖岸をブラブラと歩いていた。

 目的の刀は幌車の中だ。

 その幌車は男を越えた向こう側に停まっていた。


 さて……どう近付こうか?

 湖岸を回り込むには遠回り過ぎる。

 それに右回りも左回りもカエルか男にブツカリそうだ。

 ここはやはり池を泳ぐのが良さげだが……と、そこまで考えてとても良い案が浮かんだ。

 まるで頭の上に架空の電球が光った様な感じだ。

 「ここは……水遁の術」

 ニパリと笑う少女。

 一度やってみたかった憧れの技だ。

 ワクワクを隠さず、準備を始めた。


 竹筒を一本探す。

 それはすぐに見付けられた。

 元々この池は少女も知っていた池だ。

 竹の生えている場所ももちろん知っていた。

 

 服を脱ぐ。

 キチンと畳まれた服は汚れない様にと乾いた草の上に置いておく。

 下着姿の少女は静に池に入っていった。

 流石に下着が濡れるのは仕方が無い。

 水中では多分見られないだろうけど……でも、男がそこに居て真っ裸は無理だ。

 と、潜った。


 水面には竹筒の先だけが出ている。

 スーッと動くその竹筒……が、いきなりプルプルと震えだした。

 

 すぐに水から出てきた少女はその竹筒を覗く。

 「しまった……節を抜き忘れている」

 失敗、失敗。

 適当に木の棒を見付けて竹筒の節をつついた。

 

 そして、また静に池に進む。

 水の中へ。


 スーッと動く竹筒。

 今度はちゃんと息が出来ている様だった。

 問題も無く対岸の幌車へと向かった。

 

 水中から見る幌車。

 陸に上がってからの距離が思った以上に在った。

 離れた対岸から見れば近いようにも感じたが、いざ近付いてみれば走ってもすぐというわけにはいかない様だ。

 それでも深さも隠れるギリギリの所まで来てもだった。

 ここからは浅場をを水を跳ね上げて走る事になる……流石にそれは見付かるだろう。

 そのまま幌車に飛び込んでも……今度はどう逃げる?

 もう一度池に戻るのか?

 それとも濡れた下着姿で林に逃げ込むか?

 どちらもイヤだな……。

 だいたい異世界風の男が近すぎる。

 絶対に見られる。

 何でも男に裸を見せなければいけないのだ?

 ……もう少し離れてくれれば、ソ~ッと陸に上がって走るのだが。

 音さえ立てなければ見られない自信は有る。

 何せ、泣く子も黙るスーパー大忍者なのだから。

 

 少女は水中から男を目で追った。

 タバコを口に加えて何やらポケットから出してそれを見詰めていた。

 そして、眉と目をしかめている。

 格好着けて咥えタバコなんかしているから煙が目にでも入ったのだろう。

 と、その時男が咳き込んだ。

 

 ハハハ……ザマーみろだ。

 ゴホゴホと苦しそうな顔が情けない事に成っていた。

 さあ、どっか行け。

 池のほとりでたそがれている男前っぽい雰囲気は吹き飛んだでしょう?

 そんな所で格好着けて居たって誰も見てないよ……私は見てるけど。


 が、男はこちらに目線を向けていた。

 ジイッっと見ている。

 見られてる?

 そして、男が近付いて来た。

 角度が変わりキラリと光る水面で男の姿が見えにくい。

 手をこちらに向けて何かをしている様だ。

 しかし見付かったわけでは無さそうだ。

 そんな騒ぎには成っていない。


 と、突然。

 竹の筒に何かが入ってきた。

 !

 アッチ~ィ!!

 あいつタバコを竹筒に投げ捨てた!


 余りに事に驚いて少女は屁を垂れてしまった。

 ブヘッと。

 そしてブクブクと泡が立つ。

 イヤ~ン。




 何て事をするんだ。

 タバコを投げ捨てるなんてマナーが成ってない!

 しかも、人の咥えている竹筒の中に放り込む何て……それで息を吸ってんだから口の中に入るのは当たり前じゃない!

 馬鹿なの?

 本当、想像力の無い大人何て大ッ嫌い!


 道の真ん中で、岩の色に染められた布を被りながらブチブチと文句を垂れていた少女。

 池では失敗したが今度は岩に化けての待ち伏せだ。

 少女の渾身の作の岩に化ける為の布での土遁の術だ。

 さあ来なさい。

 早く来なさい。


 ……。

 ……。

 ……。

 来ない。

 ……。

 全然来ない。

 ……。


 待ちくたびれて……寝てしまった少女。


 ……。

 熟睡中。

 

 そこにやって来た幌車。

 カエルが道の真ん中に転がる岩を指差して男と何かを相談している。

 そして、岩に成って寝ていた少女の尻を槍でつついた。

 

 ビックリして目と屁が同時に飛び出した少女。

 ボフン。

 「イヤ~ン」

 自分の屁の臭さに気絶する少女だった。




 火遁の術も、水遁の術も……土遁の術も破られた。

 しかも大事な岩に化ける布を被っていたせいで……自分の屁の臭いに気絶しちゃったじゃない。

 ちなみにだが……この屁は少女の獣人由来のスキルである。

 強烈な臭いを撒き散らして相手を撹乱するもの。

 どんな強い魔物でも鼻を曲げて逃げ出す代物だ。

 忍者としては優秀な忍術なのだが……それを少女は術だとは認めていない。

 驚いた時に出る……思い通りに為らないと言うのも有るが。

 屁で逃げるとか……カッコ悪くない?

 第一……恥ずかしいし。

 少女の目指すカッコイイ忍者にはそれは不必要で邪魔なモノだった。

 屁遁の術……って。


 ジイッと見詰めていた岩に化ける布の……槍で開けられた穴の部分。

 「槍でつつくから屁が出たのよ」

 その大事な布を地面に叩き付けた。

 

 と、同時に、ヒューッと風が吹き。

 飛ばされる布。

 

 あ! ッと追い掛けて揺れる布を掴み損ねて滑って転ぶ少女。

 大の字に寝転がりながらに。

 「なによ……もうなんなのよ~」

 ジタバタとしながら愚痴を垂れていた。


 すると。

 ガタガタと音。


 少女は仰向けのままにそちらを向くと……そこには件の幌車がすぐ側に居た。


 !

 

 ……ナンでここに居んのよ~!!

 パニクった少女。

 「さ~殺せ! 私の敗けだ!! 今殺せ」

 開き直ったか?

 それとも不貞腐れたか。

 異世界風の男をキッと睨んで良い放った。

 一度それを叫べばもう止まらない。

 「ウルサイ! アンタ達の勝ちだって言ってんだ! 好きにすればいいんだ!」

 相手の返事なんか聞きもしない。

 「だから殺せ~……いや、痛いのはイヤだから……」

 と、散々に叫んだ少女はここで閃いた。

 「奴隷でも何でも好きにしろ~」

 チラリと男を見る。

 このまま負けた振りをして奴隷って事で、堂々と幌車に乗り込めば良いんだ。

 そうすれば隙をみて刀を探せる。

 奴隷印は街にいかなければ撃てない筈だ。

 異世界風の男はどう見ても奴隷商にも神官にも見えない。

 まさかあんな格好の役人なんて居る筈もない。

 つまりは街に入る前に刀を見付けてトンズラすれば良いんだ。

 我ながら完璧な名案だと少女はほくそ笑んだ。

 「さあ私を奴隷にしなさい!」


 「ウルサイのう……さっきウルサイのと別れたばかりなのにここでもか?」

 幌車の中から別の人間の声がする。

 その声は異世界風の男と何か話をしているようだ。

 え? もう一人居たの?

 少しばかり焦る少女。

 まさか奴隷商じゃあ無いわよね?

 いや、そんなに都合良く居るわけがない。

 そうだ、今までの旅を見てきてもそうだ。

 奴隷商がこんなノンビリと適当な旅をするわけがない。

 第一、護衛が少な過ぎる。

 奴隷商なんて恨まれるか……商品の奴隷を運ぶかだから常に襲われる危険を感じている筈だ。

 神官なら?

 それもないな……神官が男の異世界風の服を許す筈がないからだ。

 口煩く説教臭いのが神官だ。

 そんな人間にしか成れないし務まらない。

 役人はそもそもこんな所に居る筈もない。

 上級国民が城下町の外に出るなんて……あり得ない。

 魔物も居るのに。


 グルグルとそんな思考を巡らしていると。

 その別の声が。

 「本人が望んでおるのじゃ……奴隷にしてやれ」

 やれと言うなら……その人間は奴隷印は撃てないって事だ。

 少しホッとして。

 そして思う。

 この人間は良い奴だ。

 コイツは使える。

 利用してやれ。

 「さあもっと言え」

 小声で幌車の中の人間を応援した少女。


 しかし、異世界風の男は渋っている様だ。

 なかなかウンと首を縦に振らない。


 「よいでは無いか、獣人娘でも……飯炊きでもさせてやれば、少しは旨いものが喰えるじゃろう」


 カタカタとイヤな音がするような気もするが。

 入れ歯か何かかな?

 声も渋いし……お爺ちゃん?

 「料理は得意だ~奴隷にしろ~」

 少し棒読み気味に成ったが大丈夫だろう。

 少女は演技は余り得意では無かった。

 直感と感性だけで生きているのだ。

 そう本能のままにだ。

 だから誰かに成りきる演技なんてのは土台無理なのだ。

  

 「それに……なかなかに可愛いでは無いか。奴隷にしてやれ」


 「有り難うー渋い声の人! もっと言って」

 誉められればそれは嬉しい。

 これは演技の必要もなかった。


 「旅は道ずれ、とも言うしの……してやれ」


 「そ~よ、世は情よ」


 「第一……邪魔じゃしの」

 と、その幌車の中の人間が降りてくる気配。

 

 渋目のロマンスグレーな感じかな?

 ダンディーな感じかな?

 と、見ていると……小汚いローブを着てフードを目深に被っている。


 ……。

 魔法使いなのかしら。

 でも……少しイメージと違う。

 ローブを着ている事は良いのだが、出来るならもっと綺麗なモノを着ていて欲しかった。


 それでも味方に成ってくれるならナンでも良いとばかりにそのローブに抱き付いた。

 やはり服がなんか臭い。

 加齢臭では無い何かだ。

 微妙に首を曲げた少女のその動作で、ローブのフードがハラリと捲れる。


 そして現れたのは骸骨。

 その肉の無い頭蓋骨だけの存在が少女を見ていた。


 少女もそれをハッキリと見た。


 目と目が合う。

 片方は目玉の無い空洞だが……。

 それでも視線は感じた少女。


 「ギャ!」

 と、悲鳴と同時に屁が出た。

 バフン!


 そのまま気絶した少女だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る