第63話 063 戦争


 国王がジロリと囚人服のエルフを見た。


 囚人服とは言っても、薄汚れた質素な麻の薄い一枚だけ。

 そして、手枷に腰紐で自由も無い。

 その腰紐の先は後ろに立つ監視役の兵士が握っている。

 この兵士は槍では無く剣を腰に下げていた。

 槍は、入り口の扉の両脇に立つ二人の衛兵。

 後は、王の両脇に大臣が居るだけ。


 睨まれたエルフ、臆する事無くその場に堂々と立つ。

 「この国では、国賓もこの扱いか?」

 手枷を前に突き出し。


 「囚人である者には必要な事だ」

 考えあぐねた王の返答だ。


 「何の罪だ?」

 フンと鼻を鳴らした、エルフの囚人服を着せられた長老王の末端。

 「エルフという罪か?」


 王が右隣の大臣に聞く……ゾンビではない生きている方だ。

 「政治犯と聞く、エルフ族の王を語ったと……」


 「事実を言ったまでだ」

 大きく頷いた囚人服の長老王。

 「私は、複数の王のうちの一人だ」


 「複数?」

 考え込む王。

 「それがわからん、王は常に一人だろう」


 「それは、エルフ族以外の話だ」

 首を左右に振った長老王。

 「それに、私は複数だが一人でもある」


 王も首を振りながら。

 「わけがわからん」


 「理解出来んのなら、隣の大臣に聞け」

 長老王は枷で離れない両手で、前方横……少し前に立つゾンビ大臣を指し。

 「その大臣はしっかり見てきた、理解もしたろう」


 ゾンビ大臣を見た王。


 見られたゾンビ大臣が頷き。

 「エルフ族の特性です、全てのエルフの意識が繋がっていて、それが年と共に色濃くなり、最後は1つに成ります」

 後ろの囚人服のエルフを指して。

 「詰まりは、その状態がエルフ族の王です」

 

 額に手をやり、指でコツコツと王座の肘掛けを叩き出す王。

 「わかった、詰まりはこの者が王なのだな?」


 「そうです、この者も王です」

 ゾンビ大臣が頷く。

 「わかって頂けて何よりです」

 そしてエルフの長老王の方に踵を返した。

 「では、手枷を……」


 と、エルフに近付こうとした大臣を王が止めた。

 「王で有ろうと犯罪者なのだから……そのままだ」


 「いえ、その犯罪の罪が王を語ったと言うもの」

 驚いて振り返るゾンビ大臣。

 「本物の王であれば、罪では無いのでは?」


 「うむ……」

 顔をしかめた王。

 「しかし、エルフであるしな……」

 唸る。

 「どうも……エルフは信用出来ん」


 「それはなぜだ?」

 その王を、手枷ごと両手を持ち上げて指差したエルフの王。

 「貴様にもエルフの血が混じっておるのに」

 

 その言葉に即座に顔色を変えて反応し、玉座を蹴りあげる様にして立ち上がった王。

 「なにを戯けた事を!」

 エルフの王に吐き捨てる様にして。

 「その何もかもを見透かした様な目で、平気で嘘を並べる」

 囚人服の長老王を指差し。

 「その場に居もしないのに、さも見ていたと、言うように話す」

 ギリリと奥歯を噛み締めて。

 「エルフ同士が集まれば、意味のわからない、会話に成って居ない話でお互いを理解する」

 最後は叫びに近い。

 「それが、エルフ族を信用出来ん理由だ!」


 「それがエルフ同士の繋がる、と言う事だ」

 しかしエルフの長老王は淡々と頷く。

 「それを否定されても困る」

 一呼吸おき。

 「それに嘘はついてはいない。エルフ族にはエルフ族の血がわかる」

 玉座の前で立ち上がる王を見て。

 「例えそれが、何代も掛けて薄まったとしてもだ……意識が繋がろうとする、その欠片を感じる事が出来る。実際に繋がらなくてもだ」

 薄らく笑い。

 「王よ、しっかりとエルフの血が見えるぞ」


 「この者を殺してしまえ!」

 激昂した王。

 感情が理性を凌駕した。


 「イヤ、だめです」

 ゾンビ大臣が慌てて止めた。

 「そんな事をすれば、戦争に成ります!」


 「今ここで殺して、ヴェネトには事故だと言っておけ!」

 王は尚も叫び続けて。

 「どうせ、ここに居る者にしか真相などはわからん。黙っておれば良いだけだ!」

 と、謁見の間をぐるりと一睨み。


 そこに居た大臣二人と、エルフの監視役の兵士一人と、入り口に立つ衛兵二人が震え上がった。

 なんならここに居る者全員を口封じだ、とでも言い出す勢いにだ。

 その圧に呑まれた、ゾンビ大臣が言葉を無くす。

 そして、自身の理解するモノを自国の王に伝えきれていない事を悟った。

 だが、それを後悔する間もなく。 


 「それは……」

 エルフの長老王が静かに王を睨み。

 「宣戦布告と受けとっても良いのだな?」


 「何が宣戦布告だ!」

 戦争の二文字が頭を過ったのだろう王は、一瞬だけ怯んだが……それでもそんな事は有り得ないと一蹴。

 「貴様に何が出来る!」

 顔を真っ赤にして。

 「この城から、誰にも逢わずに消えるのだ」

 震える指でエルフ王を指差した。


 頷いた、エルフ王。

 背後の兵士の剣を素早く奪い。

 自身の首に当てて、躊躇わずに引いた。

 

 鮮血が謁見の間の床を染め初めて……その真ん中に倒れ込むエルフの王。


 一人、ゾンビ大臣だけが事の重大さに気付いていたが……時既に遅しと、天を仰いだ。


 そして、ロンバルディアとヴェネトの会談は終わりを告げた。

 会談にも成りはしなかったが。

 しかし、戦争の始まりは確実だ。

 その事実に気付いていない王。

 自身が一番恐れた戦争の引き金を最初に引いた王。

 そして、その事に気が付くのに15日掛かった。

 開戦の一報を伝えた早馬が城に飛び込んだその日にだ。



 

 男は自分の屋敷の何時もの場所で煙草を吸いながら、新聞を見ていた。

 号外だ。

 一面全てがヴェネト軍が国境を越えた……その事だった。

 男達はその事をもう既に知っていたのだが。

 それが、今初めて国王に国中に知れ渡ったと言う事実は大きい。


 あの日、エルフの王が死んで、その数時間後にはヴェネト軍が国境を越えていた。

 だがプレーシャの陥落は未だだ。

 ヴェネト軍は散発的な軍事作戦を仕掛けているだけで、本格的な軍事行動はまだだった。

 圧倒的な軍事力が有るはずなのにだ。

 遊んでいるのか。

 ロンバルディア軍を待って居るのか。

 他に意図が有るのか。

 

 考え込んでいるまに、指先に引っ掛けられた煙草が燃え尽きた。

 男はもう一本を取り、それを口に咥えて火を着けようとした……その時。

 ゾンビ大臣と頭目が、ノックも無しに扉を開けて入ってきた。

 チラリとそちらを見る。

 仕事の様だ……。


 「プレーシャに行くのか?」

 兵士としての仕事だろう。

 傭兵の募集はスグにでも始まる筈だ。

 冒険者ギルドがまた騒がしくなる。

 一攫千金を狙った、俺ツエ~の連中が続々と集まるだろう。

 だがそれも、最初だけだろうが……この戦争は長引きそうだ。

 あのドラゴンの住みかとか言う山脈が邪魔をして……そこに至る道も一本道、明らかに森の戦いに慣れたエルフ族の方が有利だ。

 隠れる場所の多い森の中、高性能な無線を天然で装備しているヴェネト軍……どう見繕っても勝てる見込みなど微塵も無いなと男は考えていた。


 憂鬱な仕事に成りそうだ……断ろう。

 

 しかし、その返答は違った。

 「いや、ロマーニャだ」

 頭目が答える。


 「この度に始まった戦争の報告だ」

 大臣も続けて。

 

 先に仕掛けて来たのはヴェネトだとでも言いに行くのか?

 そのついでに、あわよくば援軍をか……。

 それも駄目なら、見ない振りをしてくれ、か。

 都合の良い事だ。


 「プレーシャは良いのか?」


 「そちらは……もう一人の大臣が事にあたる」

 苦虫を噛み潰した顔だ。


 詰まりは、王の信用がそちらの大臣に移ったと言う事か。

 そしてロマーニャ行きは明らかな閑職だ。

 ただの一兵の兵士軍の指揮どころか、後方支援でもない。

 戦争とは関係の無い所でのメッセンジャーだ。

 一応は、チャンスは有るのだろうが……。

 何の見返りも無い援軍なんて……望めないだろう。

 

 まあ、これ以上の出世は無いところまで登り詰めて居るのだ。

 その一度で……諦めろ。

 前線に出たところで勝てる見込みも無さそうだしな。

 

 俺も含めて、戦後の身の振り方を考えようか……。

 ロマーニャ迄の旅、時間はそれなりに有りそうだ。

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