第62話 062 帰国
翌日の事。
長老王との二度目の接見となった大臣。
男はそれを宿屋の自室で、カラス経由で聞いていた。
「この度は、そちらの国民に対して迷惑を掛けた……先ずは詫びておこう」
そう言いながら、大臣に鋭い眼光を飛ばした長老王。
ジュリアの事だろうが、どうも含みが有りそうだ。
下を向いた大臣。
大臣にはその含みが理解出来た様だ。
「そちらの国では、我々エルフ族の事を良く理解出来ていないのであろう」
一睨み。
「今回、この国に来て、我等エルフを見て……どうじゃ?」
「ルイ王朝時代から今の王家に代わってからは……国としての国交は途切れておりました」
言い淀む大臣。
「民間レベルでは、行き来は有りましたが……」
「そうじゃな」
頷いた長老王。
「だから、わからなく成ったのであろう? 我等の……繋がる……と言う事を」
「……」
口ごもる大臣。
「貴様に言っても始まらんか?」
息を一つ、吐き出して。
「所詮は役人……命令に従った迄か……」
「……」
「昨日、攻める気は無いと言ったが」
長老王は大臣を伺う様に覗き込み。
「それは、今ならまだ許そう……と言う事じゃ。無論、代償は求めるがな……」
許す?
話ぶりから察するに、大臣のその上……王がエルフ族に対して、何かをしたのか?
攻める気は……とは、詰まりはそれなりの事を。
「まあ良い」
長老王は返事の無い大臣を掌で煽り。
「そちらの王と直接、話そう」
「それは、我が王にここに来いと……」
先遣隊と名乗って居たのだから、その積もりだったのだろう、が。
どうにも雲行きが怪しい。
「その必要は無い」
長老王が首を振る。
「では……お越しに為ると……」
大臣は眉を寄せて。
「それも無い」
フンと鼻を鳴らした長老王。
「理解しとらんのか?」
大臣を睨み付けて。
「そちらの地下牢にエルフ族が居るであろう? その中の一番年寄りを王に会わせよ……その者は、もう既にヴェネトの王じゃ」
「あ!」
大臣が叫んだ。
「その者は一番若い王だがの」
その牢のエルフは最近に王に成ったのだろう、それに合わせての今回の呼び出しだ。
ロンバルディア国王は一体なにをしたのだ?
こんな回りくどい事までして、戦争をチラつかせての直接対峙を仕組む。
しかも、その若いエルフの王は使い捨てでも構わないと迄の勢い。
その場合は即時開戦だが。
「さっさと支度をして出ていけ」
長老王は語気強く。
「自国の王に伝えよ!」
深く頷いた大臣。
そのまま足取り重く、踵を返した。
俺達は大急ぎで帰り支度をして、ヴェネトを飛び出した。
馬車はトラックに括り付けたのだが、大臣はトラックの方に乗った。
急いで走って7日程か?
思い詰めた顔の大臣。
男はそんな大臣に聞いた。
「王はなにをした?」
「国内のエルフの弾圧だ」
ボソリと話始める大臣。
「適当な罪状をつけてのエルフ狩もだ」
「そんな話は在ったのか?」
男は横に居た頭目に聞く。
「うっすらと……そんな話は聞いたが」
頭目は……首を捻り。
「噂話程度だ」
「それはそうだろう、大っぴらにはしていない」
大臣が呻くように。
「そんな火種に為るような事を表立ってはできん」
「だが……やったんだな」
街でエルフを全くに見掛け無くなる程にはだろう。
「多分だが、恐怖がそれをさせたのだろう」
大臣は溜め息を吐いて続ける。
「私は、止めたのだが……」
「王が、聞く耳を持たなかったのか……」
男もボソリと。
「もう一人の大臣は……そっちは言いなりか」
頭目も呟いた。
それに頷いた大臣。
「しかし、現実味の無い恐怖だけでそんなリスクを……」
仮にも国王だぞ。
「エルフ以外もか?」
ドワーフはどうなんだ? あの里は……逃げている様にも思えてきたが。
「他の国はどうなんだ、亜人の国は無いのか?」
「エルフにだけだ」
大臣は首を振りながら。
「戦争の恐怖だけじゃ無い……何かが有るのか?」
腑に落ちない何かを感じた男。
「わからん」
しかし大臣は首を横に振った。
と、その時。
トラックが急に止まった。
何事かと外を見れば、そこにタウリエルが居た。
また、涙と鼻水でだ。
「ふう……」
と、息を吐き出した男。
ムラクモに。
「乗せてやれ」
と、伝える。
ややこしい時に……。
泣きながらに乗り込んで来たタウリエルに。
「俺達は国に帰る」
男は告げて。
そして問う。
「途中までで良いか? 寄り道をする余裕は無いんだが」
「メソ・ロンバルディアに行きたいんです」
グスグスと鼻を鳴らしているタウリエル。
「お婆ちゃんに怒られて」
グス。
「お使いを頼まれたのです」
グス。
『ねえ、この娘エルフよね』
マリーの念話だ。
男はマリーに頷いて返して。
「タウリエルはエルフだよね?」
その目を見ながら。
「俺達が国に帰る理由は……わかるか?」
「わかりません」
グス。
「私はハーフエルフで」
グス。
「人族よりなんです」
「エルフの繋がりって、知っているよな?」
「何となくは聞いていますけど……そんなのがあったら」
グスり。
「迷子に成らない」
自分で言い切った。
見た目はエルフなのだが、中身は人族なのか。
もしかすると森林監視官は、根本的に無理なのでは? とも思う男だが。
それはまあ良い……所詮は他人事だ。
タウリエル本人が考える事なのだろう。
男は目的地は一緒だとそう告げて。
「このまま乗っていけ」
タウリエルに頷いてやった。
「ありがとう……です」
グスグス……ズビー。
不意の客が増えたので、話の続きは出来なくなった男と大臣。
静に考え事をしていると、マリーが念話で。
『ねえ、ちょうど良いじゃないこの娘を奴隷いにしなさいよ』
そんなマリーに
「イヤだ」
声を出して答えてやった。
男は拳を握り込み。
奴隷制度には断固反対する!
そして男は思う。
俺は奴隷解放運動の奴等と話が合うかも知れない。
だが、見掛けたら有無を言わさずにジュリアの仕返しはするが!
道中、幾度かの魔物との遭遇をタウリエルが瞬殺してくれた。
やはり弓の腕は超一流だ。
おかげで、思って居たのよりも早く帰って来れた。
それでも6日はしっかり掛かったが。
馬車なら1ヶ月とか言っていた気がしたから、この異世界ではこれもチートか。
ロンバルディアに着くなり、大臣は大急ぎで城に戻った。
その大臣には、御付きの蜂とネズミとカラスを一匹づつ付けてやった。
有効に役立ててくれれば良いが。
頭は悪く無いようだから、大丈夫だろう。
そして……タウリエルは屋敷に招待してやった。
どうもオツカイが人探しの様なので日数が掛かりそうだと、マリーが言い出して。
結局、宿屋に泊まるくらいならと誘ったようだ。
もちろん、男に相談も無しにだ。
まあ、良いけど……。
招待してやったのだ。
寝る場所の決まったタウリエル。
コツメとジュリアに誘われて、早速に街に繰り出した……観光だ。
サルギン達もその他の者と遊びに出て行った。
盗賊ゾンビ達はネズミのダンジョンの工事の続きだと、途中で別れた。
一瞬の喧騒から静に成った屋敷のロビー。
そこには、俺とマリーと頭目にロイドが居た。
「どうなった?」
カラスに尋ねる。
机の上で、小さなレイモンドに化けたカラスが。
「今、王と話している」
大臣は帰り着くなり、直に接見の間に走り込んだのだ。
そして、それを聞いているのは、大臣の体に着けた蜂を経由してのカラス。
今回はレイモンド、いつもいつもロイドと言うわけでも無いのか。
何か拘りかな?
そんな事はどうでも良いか。
続きだ。
「王が大臣の話を信じられんと聞いている」
「確かに見ると聞くじゃ……エルフ族は難し過ぎるかもしれん」
頭目だ。
「それでも、半信半疑は否めないが、大臣の言うとおりにするようだ」
レイモンド風カラス。
「今、地下牢に使いを出した」
「一応は大臣、信用されているようですね」
ロイドは頷く。
「大臣が今一度、エルフ族の特性を話している」
「念押しか」
男は顎に手を当てて独りごちる。
「王に……ソレが理解出来れば良いのだが」
「もう一人の大臣は……ただ黙って聞いているだけのようだが」
カラスは見える状況だけを淡々と伝える。
「お! 扉が開いた……エルフ族の王がやって来た様だ」
「始まるか」
頭目の眉が上がる。
「みすぼらしい老人だ」
流石のカラスも、声に少しだけ感情が乗っている様にも思う男。
「囚人服のままで……手枷も付けられている」
「おい! 大丈夫なのか?」
頭目の声が一段上がった。
いや……俺にもわかる程に、まずい事に成りそうな予感がする。
初めて会った時の、あの王が顔を覗かせなければ良いのだが。
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