第59話 059 エルフ族


 地下への入り口は……探さなくてもスグに見付けられた。

 木の裏のウロのような所から、下に伸びた階段を見付けた男達。

 壁も足元も天井も木の板で補強されている。

 しかし狭い、人同士がスレ違うのがやっとだ。

 

 その階段、結構な距離を降りた。

 そして、突然に開ける空間、ソコに町が在った。

 まるで何処かの地下街の様に両脇に店が並び、人も大勢が行き交う。

 だがそれ等は、人間であり、獣人であり、擬人だ……エルフが少ない。

 その上、たまに見掛ける少数のエルフ以外は、その総てに額に奴隷印がしるされている。

 それでも奴隷然とはしていない、みな笑顔で普通に歩き、話をし、買い物に興じている。

 不思議な光景だった。


 イヤ、マリーやコツメ達の様なアツカイなのか? 

 と、男は納得してみた。

 

 その三人娘達は、コツメを先頭にあちこちの店を覗いてははしゃいでいた。

 それを羨ましいそうに見ていたゴーレム達、もしくはゴーレムに化けた者達に頷いてやる。


 残った男と頭目は泊まれる所を探す事にした。

 

 「あれ? そう言えば」

 男は頭目を見て。

 「宿代はどうした? プレーシャの分」


 「これだ」

 頭目は懐から革の巾着袋を出す。

 例の奴隷狩りの奴等が受け取っていた金貨の袋だ。


 「それは……ロンバルディアの金貨なのだろう?」

 男は頭目の持つその革の巾着袋を指差して。

 「ここ、ヴェネトでも遣えるのか?」


 「遣える」

 頭目は頷き。

 「その時々で価値は若干に変わるが……大丈夫だ」


 外国為替か。

 しかし、レートはどう決めるのだろうか?


 「幾らか必要か?」

 頭目は男に。

 「カードで両替してやるぞ。他の者も、それで金貨を持って行った」


 おっと、俺だけが出遅れていたのか。

 ん?

 「ちょっと待て」

 男はふと疑問に思う。

 「その金貨、皆で勝ち取ったモノだろう? 何故に頭目のモノに成ってる?」


 「俺が、奴を倒して奪ったからだ」

 さも当然と頭目は頷いた。

 

 いやいや、それはおかしいだろう。

 異議を唱えようとした男に。


 「男達は盗賊だからな」

 頭目は男にニヤリと笑い掛けて。

 「そのルールさ」


 頷けないルールだ。


 その男に一掴みの金貨を差し出し。

 「まあ、それ以前に……奴隷でもある」

 渋々とが顔に出ていた頭目。


 男もそれを受け取ったのだが……。

 その言い方は、毒が有るぞ。

 まるで、俺が上前を跳ねたみたいに見えるじゃないか。

 それでもポケットにはし舞い込む、突き返す何て事はしない男だった。 

 だが……釈然としないものはポケットには入らなかった様だ。

 首を捻り……。

 どうにも解せない。

 納得いかない。


 「ここで良いだろう」

 そんな話を遮る様に、目の前の建物を指す頭目。


 宿屋の様だ。

 そこへ、サッサと入る頭目。


 誤魔化された気分だ。

 男も続いた。



 この宿には大部屋は無いそうなので、幾つかの部屋を取る。

 その際、前金を要求された。

 外国人にはそうすると言われれば……ハイそうですかと従うしかない。

 ジャラジャラと金貨を出す頭目。

 それを普通に受けとる宿屋の主人。

 おい? 為替レートはどうなった?

 妙に半端な金額だから、有るには有るのだろうが……。

 そのレートいつ決まる!

 いつ変わる!

 これも誤魔化された気分だ。

 ……。

 まあ、金を払った頭目が何も言わないのだから、良いのだろう。

 男はアレもコレも、微塵も納得はしていないのだったが……。


 

 そして、案内された部屋は、四つのベッドと小さな丸テーブルだけの簡素なものだった。

 それでも四人部屋でベッド付きなら、大部屋の雑魚寝依りもはるかにマシだと無理矢理自分を納得させつつ、どうにも引っ掛かるトゲの様なモノは無理矢理に抜いて。

 煙草に火を着けた男。

 納得出来なくても……どうにも出来ないのだからしょうがないじゃないか……。

 


 そこへ頭目がやって来た。

 部屋割りでは別々だが……一人で居ても暇なのだろう。

 目の前の一つのベッドに座り。


 「どうもこの国は変だ」

 先に口を開いたのは頭目だ。

 「町を歩いている者達なのだが、決して広くない場所を大勢が違和感無くすれ違う」


 「ん? 良くわからん」

 納得がイカナイのは男もだが……その見ているモノが少し違うらしい。


 「大勢が行き交う場所で歩けば、避けるなり、立ち止まるなり……そんな者も居るだろう? それが、躊躇する者すらも居ない」


 「たしかに……」

 町の様子を思い出せばそうだと、男も頷く。


 「それに、宿屋の主人だが金の数え方が変だ」

 首を傾げた頭目。

 「商売人なのだから慣れて居る筈なのに」


 それは男も確かに違和感を感じた。

 しかし、その違和感の正体はわからない。

 二人して唸ってしまった。


 

 そこへ、マリーとコツメが帰って来た。

 「ジュリアは、居る?」


 「一緒に居るのでは無いのか?」

 男が返事を返した。


 「居ないのよ」

 マリー。

 

 「途中で、消えたの」

 コツメ。


 「迷子か?」

 タウリエルの指でもしゃぶったか?

 「大方、武器屋か防具屋だろう」


 「居ないのよ」

 マリーは首を横に振りつつ。


 「お酒も呑んで無かった」

 コツメも小さく頷いて。


 「今、皆で探してるんだけど……見付からないのよ」

 マリー。


 「先に、ここに来たのかと、見に来たの」

 コツメ。


 そこへ、ノックと共に宿屋の主人が来た。

 「皆様、長老王がお呼びです、迷子のお嬢さんの事だそうです」


 その場の全員が顔を見合せる。

 今の今の話だろう、何故わかる。


 「誰にも……話はしていない筈よ」

 マリーは眉を寄せて訝しむ。


 それに合わせるように首を振るコツメ。


 「こちらです」

 男達の事を見ていないかのように、ただ指を指す宿屋の主人。


 それに従い部屋を出る男達。

 わけがわからないが、長老王に呼ばれたのなら行かないワケにはいかない。


 店を出た男達は、更に驚かされた。

 通りの真ん中を空けて、その両脇に退いた全員が同じ方向を指差している。


 その誘導に従い歩き出す。


 「何が起こったのだ?」

 思わず口に出す男。これはこの状況がだが。


 それに、側の通りすがりの筈の他人が。

 「どうも、誘拐されたようです」


 ん? その者を見る男。


 が、別の者が。

 「今、探しております」


 え? またそちらを見る男。


 「こちらです」

 また別の者。


 「何故、ジュリアが」

 歩きながらに混乱を隠す為の男の独り言。


 「それも調査中です」

 歩いてる最中に声を掛けられた。


 「誰が?」

 歩きながら。


 「この国の者ではありません」

 別の者。


 「外国人の様です」

 これも別の者。


 「お酒を買おうとして……」

 別の者。

 

 「その時に……」

 別の者。


 「声を掛けられ……」

 別の者。


 「連れ去られた……」

 別の者。


 「様です」

 別の者。


 全くの別人が各々に話し掛けて来るのだが。

 それが、会話に成っている。


 「こちらです」

 階段を指差す、別の者。


 登った先は、長老王の屋敷の裏だった。


 そこにも別の者が立ち。

 「屋敷の中へ、どうぞ」


 中に入れば。

 「長老王がお待ちです」

 さっきとは違う者。

 

 そして、部屋に通され、そこに長老王が座っていた。


 「わしの監視下での不始末じゃ」

 白髪の老人エルフ……長老王が頭を下げた。

 「外国の者よ……許せ」


 唐突な会話だが、さっき迄の大勢の会話には繋がっている。


 「ねえ、なんか変なんだけど」

 コツメが長老王に。

 「いろんな人が、1つの話をしているみたい」


 頷いたマリー。


 「それは、意識の共有で同じ事を考えておるからじゃ」


 「それは、お年寄りだけなんでしょ」

 マリーが聞いた。


 「意識が混じり合い、1つに為るのは年寄りだけじゃが……その意識の集合体と若い者も繋がっておるのじゃ。若い者はまだ、個が残っておるがな」


 テレパシーの様なものか?

 蟻のテレパシー能力なんて眉唾なものが在ったが……それにも似ている気がする。


 「そうか……だからエルフ以外は奴隷なのか」

 蟻と同じと考えるならばだが。


 「どう言う事?」

 マリーが男のそれに問いただす。


 「エルフ族は常にテレパシーで繋がっている、みんな相手の考えがわかるんだ、詰まりはコミュニケーションが必要無い状態で社会が成り立っている……だから、エルフ以外の住人は奴隷で仮のテレパシー能力の念話のあの繋がった感じでそれを補っているんだよ」

 男は自分の考えを答えてやった。

 これは間違っては居ない筈だと確信も有る。

 

 「だからか!」

 頭目も理解出来た様だ。


 成る程、何も無い様な国が大国と言われるワケだ。

 巨大な集積頭脳が長老王なのだ。

 国民が総て同一の脳で動くのだから、戦争も経済も強くなる。そして犯罪も無い平和な国だが。

 それを能力の無いたの種族から見れば、個がバラバラでタウリエルの言っていた。

 「群れず、頼らず」

 にも見えるだろう。

 そして。

 「個人が最重要」

 は、国民が全員で一人の個人なのだからだ。

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