第38話 038 ブラフ

 

 時と空間の勇者には、そのうちにフン縛って本人に直接聞いてみよう。


 ソレよりもこの大スローロリス、と男は近付きスキル召喚の準備をする。

 が、ソレをマリーが止めに入った。

 ゾンビの方が良いのではと、提案してきたのだ。


 「コイツの能力、幻影雑魚はヤツには有効よ」

 マリーが男に言うには……との事。


 成る程と男は頷いて呪文。


 『苦しい』

 モガモガと身をよじる様に蠢くスローロリス。


 それにマリーが何かの液体を掛けて粘りを溶かし、セオドアが糸を切る。


 『フー……ひどい目に有った』

 魔物は深呼吸をしながらにブツブツと。


 「アンタが雑魚をけしかけるからよ」

 それのはマリーが魔物に言い放つ。


 『先に手を出してきたのはアンタ達の方じゃ無いか』

 そんなマリーを見た魔物。


 「……あら、そうだったかしら」

 見られた方のマリーは少しだけ考えて……そして、フンと鼻を鳴らしてその場から去った。


 確かにその通りだった気がする。

 最初の最初は誰だったか? と、男は考えた。

 確か……コツメが魔物だと叫んで、その時には火の玉を放っていた気がする。

 ……。

 お詫びでは無いが、スキルを1つ……ミニマムを魔物にくれてやった男。


 

 男は誤魔化す様に……さてと、と振り向くと。

 ロータリーに停めてあったバスの回りにゾンビだかりが出来ている。

 ちょっとゴージャスな2階建ての観光バスだ。

 その運転席にはムラクモが座り、頭目に何かを話してる様だ。

 男が近付くと、頭目が。

 「これをくれ」

 と、バスを指す。


 「いいが、どうやって下ろす?」


 「セオドアと猿でどうにか成らんかな」

 頭目はそのバスがエラく気にいった様子だ。


 「セオドア、巨大化して運べるか?」

 男は肩を竦めて聞いてみた。


 「やってみる」

 大きく成ったセオドアだが、バスを持ち上げるのがやっとだった。

 ソコへ大猿が来て手伝った。

 二人掛かりで移動は可能な様だがフラフラだ。

 そのままヨタヨタと道路を進み、崖の縁にまで来た二人だが……ソコでピタリと止まった。

 二人して下を覗き、そして考え込む。

 結構な高さだ、ジャンプするわけにもいかないだろうし、さてどうするのかと見ていたら。

 いきなり、ピーちゃんがセオドアに体当たりした、その背中にはマリーが乗っている。

 体当たりをされたセオドア、藁ではなく、バスにすがり付きそのまま背中からの落下。

 

 ソレを上から覗いて

 「うまくいったじゃない」

 ニヤリと笑うマリー。


 セオドアがクッションに成りバスは無傷。

 「何しやがる! 死ぬかと思ったじゃないか」

 だが、落ちた下から見上げてセオドアが叫んだ。



 「死なないわよ、縫いぐるみなんだし」

 と、マリーはそれを高い所からケラケラと笑い飛ばした。




 そして、ダンジョンを後にする。

 もちろん盗賊団はバスでだ。

 運転手は頭目。

 そのまま里に帰る様だ。


 そこで別れて、男達はムラクモのトラックで街へ戻る。

  

 その途中ロイドからの連絡が来た。

 新しいダンジョンの存在が冒険者に知れたらしい、が、今更だ。

 ギルドに依頼も出されないだろうし、第一に国は盗賊ギルドに依頼を出したのだから出す元が居ない。

 一応は解決と、暫くは大丈夫だ、そう連絡しておいた。


 そうそう、猿なのだがミニマムでセオドアと同サイズに成り着いて来た。

 ジュリアからロリスと名前まで貰って上機嫌の様だ。

 セオドアの方は拗ねてしまって、アレから一言も喋らない。ただマリーを睨むだけ。

 そのマリーの方はといえばコツメとジュリアと話をしながら、腹を抱えて笑っている。


 男は。

 「流石に疲れた」

 と、独り言。

 早く風呂にでも浸かって寝ようと、トラックの荷箱の端で煙草をふかす。




 しかし、風呂にはまだ入れない様だ。

 男が館に帰り着いて、適当にだらけていると。

 頭目からの連絡が来た。

 『今晩に例のレストラン』

 だそうだ。

 アイツも忙しいヤツだ。

 「それに付き合わされる俺の身にも成れ」

 ボソリと呻く男。


 

 そして、その例のレストラン。

 前回と同じ真ん中の席。

 ただ今回は足元にネズミが一匹、そして屋根の上にはカラスだ。

 ネズミも遠距離通信を持っているのだが、レベルか相性かでその距離が短い。

 なので、カラスとの中継役だ。

 流石にカラスは店に入れば目だってしまう。

 そのカラスの連絡先にはロイドとマリーが居る。

 

 男の席にウエイターが来た。

 置いていったのは注文していない料理だ。

 見れば、入り口に二人のフードを被った男が入ってきたところだった。

 その片方がウエイターに一言を掛けて、真っ直ぐに頭目の前に座る。

 

 「貴方は?」

 先に口を開いたのは頭目だった。

 何時もとは勝手が違うのだろう。

 初見であろう、のもう一人の方を見ながらだった。


 「コチラは、私の上司だ」

 何時ものローブの男がチラリと横を見て。

 そして、ウエイターが水を運んで来るそれを一口含む。

 この水は何時もの事なのだろう。決まり事の1つか? ウエイターに対して話の途中で近付くなと言う合図なのかも知れない。

  

 そのウエイターが去ったのを待ち、ローブの上司の男の方が切り出した。

 「今回は無理を2回も聞いて貰ったのでな、そのお礼を直接したいと思ったのだ」

 そして上司が銀のカードを出して、頭目に則す。


 頭目もカードを懐から出して、上司とだけ名乗った男の前に出す。


 「金貨500枚だ」

 上司がカードを合わせて告げた。

 「もう一度、金貨500枚、コレは二つ目の分だ」

 そして、もう一度カードを合わせる。

 チーンと音が二度鳴った。


 そのカードを確認した頭目は頷いて懐に戻す。


 合計1000枚か! いきなり金持ちだな。

 それを背後で聞いていた男は唸りたく成るのを必死で押さえる。


 「随分と気前がいいな」

 頭目は上司を見て。

 「オマケが有りそうだ」


 その上司に変わって、何時もの男が話始めた。

 「少し、困った事に成っている」

 首を左右に振って。

 「兵士が出せないのだ」


 「戦争が怖いから温存したいのだろう?」

 歯に衣着せぬ言い回しの頭目。

 盗賊スタイルか?


 「イヤ、そうじゃ無い」

 一度それを否定したローブの何時もの男は、しかしもう一度頷いて。

 「それも無くは無いが、少し違う」

 溜め息を吐く。

 「今回は兵士達自身が拒否したのだ……召集を掛けても半分も集まらん」


 「なぜ?」

 怪訝な声を出した頭目。

 「国の命令だろ」


 「そうなのだが……保険が降りないから嫌だと。辞めたいとまで、言ってきたのだ……ほぼ全員がだ」


 「国が報奨金を出すのだろ?」


 「そのボーナスが割に会わんと……」


 「国の兵士なんて花形なのに」

 信じられんと頭目は手を振って見せる。


 「確かに……今回は予算の都合で減らしたのだが、それでも冒険者ギルドよりは良い筈だ」

 上司が、カードで机をコツコツと叩きながらだ。


 「成る程、カードの実績欲しさか」


 頷く上司。

 「暫くは、頼む事に成る」


 「ふーん」


 『聞こえるか? 俺だ』

 男は背中越しに念話で頭目に話し掛ける。


 ピクリと耳が動いたが表情は変えない頭目。


 『1つ提案してみろ、俺の言う通りにだ』


 「その保険だが、国で受ければ良いのでは?」

 頭目は男の念話をそのまま口に出して、目の前の二人に告げる。


 「民間の保険をか?」

 ローブの何時もの男は、役人の顔を出して。

 そして、首を振る。


 「まあ、聞け」

 頭目は念話を確認しつつ、それでもおかしな事に成らないようにと気にしながらもゆっくりと話し出す。

 「先ず銀行に金を預ける、国の税金でも何でもだ」

 頭目は背後の男に確認をするように区切って。

 「そんな大金なら、筆頭預金者だろ」

 そして、続けた。

 「銀行も話を聞く以上に口が出せるぞ」


 「なぜ銀行だ」

 ローブの上司の方が唸った。

 「それに……そんな金……」


 「預けるだけだ、減りはしない」

 カードをチラつかせて。

 「その上で保険ギルドに交渉だ。生命保険を国で管理するとな」


 「なぜそれで、保険ギルドだ?」


 「このカード、クレジットの部分は保険ギルドが絡んでる。銀行と保険の合作だからな」

 頭目はカードをテーブルに置いた。

 「直接の金は銀行だが、その金に保険が掛かっているそんな仕組みだ……だから銀行からの圧力なら、保険ギルドも首を縦に振らせられる筈だ」


 嘘だ。と、男はほくそ笑む。

 どちらかと言えば、保険ギルドの方が上だ。

 そのどちらも男が絡んでいるのだが。


 「国が保険をか……」

 考え始めたローブの上司。


 「そうじゃ無い……保険の請負人に成るんだ、ソレも生命保険だけのな」


 「なぜ? 国でやった方が……」

 部下の方。


 「民衆の反発か?」

 上司だ。


 「ソレも有るが、儲けは生命保険だからだ。生命保険は死ななければ払われない、でも掛け金は毎年だ……詰まりは税金みたいにズッとだ、死ぬまでな」


 「しかし、兵士はその確率が高い」

 上司は頭が良い。


 「戦争だろ」

 頭目も頷き。

 「勝てば、相手国から戦争賠償を請求すれば良い」


 「負ければ?」

 チラリと上目に見た上司。


 「その時は、国が無いじゃないか」

 笑った頭目。


 「成る程……」


 実際は勝ち負けが決まらない戦争も有る、そちらの方が多いかもしれん。

 名目だけの勝利も含めてだ。

 だから男はそれを考えさせない為にも畳み掛けた。

 「ついでに、医療保険も付ければどうだ?」

 と頭目に言わせる。


 「なんだ? それは」

 何時ものローブの方が反応した。


 「怪我とかの薬代を保証してやるのさ……もちろん掛け金は毎年だが」

 頭目はそちらの方を向いて、身振り手振りで説明を始める。

 「コレは兵士は勿論だが、冒険者も一般市民にも喜ばれるぞ……何せ、怪我だけでも仕事が出来ないし、喰えなくなる」


 「確かに、喜ぶだろう」

 頷いた上司。

 「だが、民間の保険ギルドが良い思いをするだけだろう」

 

 「その保険の名前を変えてしまえば良い。国の名前の保険……今の王の名前でも良い」


 「ソレを保険ギルドに……か」


 「首は、無理矢理に縦にだ」

 笑って見せた頭目。

 「そして掛け金と言う名の税金もガッポリだ」

 最後はニヤリと笑って見せて。

 「その金で、男達には良い仕事を……だ」

 



 頭目は背もたれにもたれ掛かり、大きく息を吐いた。

 目の前のローブの男達はもう居ない。

 「これで良いのか?」


 「ああ、素晴らしい出来だ」

 背中の頭目に男は念話では無く、普通に話し掛けた。

 「一応は、興味を持っただろう」


 「うまくいくのか?」


 「ほんの少しの興味でも十分さ」

 含み笑いの男は続けて。

 「今はね」


 「だが、奴等にそんな力が有るのか?」

 大きく息を吐く頭目。

 「下っぱ役人だろ」


 「イヤ、あの上司」

 男は頭目を否定した。

 「見覚えが有る」

 

 「そうなのか? 何処で」


 「初めての王との接見の時に見た」

 眉間に皺が寄るのを隠そうともしない男が言い放った。

 「王のスグ左に居たヤツだ」


 「!」

 驚いた頭目。

 「偉いさんじゃないか」

 目の前のコップの水を飲み干した。

 それはローブの男の飲み掛けの水だった。

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