第14話 014 ウサギの里に寄り道
春の陽気の中、幌車は草原の中に居た。
男は流石に暑くなってきたのでダウンベストを脱ぐことにした。
いや既に相当に暑かったのだ、その我慢の限界に来ただけの事。
我慢していた理由は……男にも良くわからない。
何故だか脱ぎたく無かったのだ。
そして今はマリーから返して貰ったパーカーを着ている。
中はティーシャツ一枚だけだ。
時折出会う魔物も攻撃して来ないならコチラも無視して進んでいる。
弱い魔物を虐めても仕方がない。
と、いう事にしておこう。
ただ面倒臭いだけなのだが。
「随分と来たけど……まだなのか?」
男はタバコを吸いながらに幌車から外を眺めていた。
「まだまだよ」
マリーはぶっきらぼうに答えた。
「遠いのか?」
「遠いわよ!」
「地図でも買っときゃ良かったなぁ」
ふぅっ煙を吐いて。
「ちょっとうるさいわよ!」
マリーは男を叱り付けた。
それは、今は錬金中だからだ。
あの煙玉をコツメがエラク気に入った様でソレをマリーにねだったのだ。
だがアレは本来は爆弾でそれが何百年も保管していたら湿気ってああ成ったらしい。
詰まりは偶然の産物。
しかし、アレはアレで面白いとも感じた様でコツメに言われる迄も無くそのうちに研究してみるのだそうだ。
じゃあ普通に爆弾を造ってとコツメは頼んでいたが、それもレベルが足りないと一蹴。
が、どうもコツメに造れないと言った事が相当に悔しかったのか。
今は癇癪玉を造っている、その真っ最中。
なので幌車も停止中。
「平和だね~」
男は肩を竦めて、幌車の先頭の御者台に座る。
カエルの牽く幌車に御者台が必要なのかは疑問だが……奴隷の扱い的には在って当然なのだろうか?
それともカエル以外の馬や牛、なんかの牽く幌車と共通の造りとか?
その男の前ではムラクモが幌車の引き手に凭れてキセルで一服していた。
器用に煙で輪っかを作っている。
「うまいね!」
男もそれを真似て遣ってみたが……どうも上手くいかない。
『旦那……こう口を丸くして、ふう~っと』
綺麗な輪っかがそのままの形で空に登っていく。
ふう~……。
男は言われるがままにもう一度やってみた。
駄目だ……。
『気長にやってりゃそのうち出来ますよ』
カン! と、音を立ててキセルの火種を幌車の引き手に当てて落としたムラクモ。
「出来た!」
輪っかの練習をしていた男の背後で声がする。
マリーだった。
男は声に振り向くと、マリーの描いた魔方陣の真ん中に小さめの黒い玉が幾つか転がっていた。
ピンポン玉依りもほんの少し小さい感じ。
材料は岩塩を使っていたそれ。
その岩塩は元々この幌車に有ったものだ……盗賊達の食料箱の中。
後、なんだか臭い物も材料として使っていた。
それがなんなのかはわからない……何処に有ったのかも含めて謎だ。
マリーはその出来立ての黒い玉を一つ、男に手渡し幌車から見える前方の草原に目立つ位置にポツンと在る大きめの岩を指差した。
アレに向けて試し投げをしろと? そういう事なのだろう。
頷いて受け取った男は適当狙って投げた。
適当とはいえスキル投擲はシッカリと仕事をしている。
狙った岩に見事に命中した。
パーン!
岩は何事も無くそこに在る。
命中したその場所が多少焦げたくらいの事だ。
しかし、その出した音量は大したモノだった。
幌車に後ろで話をしていたコツメとシグレが、何事か? と、飛んできた。
そして、岩の後ろでウサギも飛び跳ねた。
そこに隠れて居たのか?
男は驚き、声を上げる。
「お! 今日の晩飯はウサギの丸焼きか?」
『旦那……アレは擬人ですぜ、喰うんですか?』
ムラクモは若干、呆れ気味に男に告げた。
言われた男。
その驚いているウサギを注視する。
成る程……腰が引けた姿勢でキョロキョロと辺りを伺いオロオロとしているが、確かに二本足で立っている。
「ゲコ! ゲコッ!」
ムラクモはそのウサギに声を掛ける。
今のを翻訳すれば……。
『済まねぇな、ビックリさせちまったかい』
となる……どうにも鳴き声と言葉の尺が合わないが、ほぼ同時通訳で、男の耳と頭に届いたので間違いない。
「キイー……キイ」
ウサギの鳴き声……こっちは翻訳出来ないので何を言っているかはサッパリだ。
「ムラクモ……ウサギは何て言っているんだ?」
わからないから聞いてみた。
『さあ……何て言ってんですかね?』
ムラクモもわからない様だ。
カエルとウサギ……同じ擬人でもモノが変われば喋る言語も変わる様だ。
見るからに骨格も違うのだから発する声も違い過ぎるって事なのだろう。
しかし、ウサギはコチラに気付いた様だ。
驚いて地面に放り投げたであろう鍬を拾い、それを肩に担いで幌車に近付いて来た。
ウサギは男を見咎めてか、軽く会釈をして。
地面に文字を書き始めた。
《さっきのはなんだったんでしょうかね? イヤー驚きましたよ》
ウサギは長い耳を擦った。
《まだ耳がキーンとしますよ》
ムラクモはウサギの書いた地面を見てから、男の方を見る。
男は首を振りつつ……任せたと掌で即した。
《ホントにたまげたね》
ムラクモは男の意を汲んで、チャンととぼけた。
《しかし、あんな所で何をしていたんだい?》
そして……話も反らす。
《ああ、魚釣りの餌探しですよ……ミミズ》
ウサギは小さい布の袋を出して見せた。
《この辺りで釣れる所が在るのかい?》
ムラクモはキョロキョロと首を巡らしている。
男も合わせて辺りを見た。
何もない草原にしか見えない。
《アッチに川が在るんですよ》
ウサギは岩の向こう側を指差して。
草原のデコボコか高低差かで見えないだけか?
男は幌車を降りて地面に文字を書く。
《釣れると良いな》
それを書いてふと思う。
「異世界の文字を何で書けるんだろう?」
文字の見た目は日本語の様にも見えるが……そんな筈も無いだろうとは思う。
異世界なのだから異世界の文字が有る筈だ。
しかし、ウサギの書いた文字も。
カエルが書いた文字も。
男が書いた文字も……どうにも日本語だ。
そう認識しているだけなのだろうか?
「スキル、オムニリンガルよ」
マリーが答えてくれた。
「私も持っているわ」
そして頷いて。
「っ言うか。 この異世界に召喚された人は漏れ無くそれを持っているのよ」
成る程……スキルなのか。
これは異世界語が理解できて読み書き出来る! か?
ついでに違和感無く認識させるおまけ付きって感じか。
「召喚式の中に最低限のスキルが組み込まれている? そんな感じかしらね」
マリーも正確には知らないようだ。
《貴方達は旅人ですよね?》
ウサギは幌車を見て。
《もしお急ぎでないなら、私達の里に寄って行って下さい》
そしてニコリと笑った。
《何か名物でも有るのか?》
男はそのウサギに尋ねる。
《名物何て無いですが……》
ウサギはポリポリと頭を掻きながら。
《私のは従兄弟がスキル屋を営んでまして……もし良ければ覗いて戴けると嬉しいのですが》
「成る程……客引きか」
しかし、擬人のスキル屋というモノも中々に興味深いと思う男。
《里には宿も有りますし》
ウサギは続けて地面に書く。
《その宿は、兄弟とかか?》
やはり客引きだ。
《いえ、私のは店です》
コチラが本命か。
男は軽く頷いた。
《それに》
チラチラとコツメを見てウサギ。
《そちらのお嬢さんの顔色も優れない様ですし……宿で休養を取られてはと》
男は。? とコツメを見る。
成る程……と納得。
顔は真っ白で口の先と両頬が真っ赤に塗られている。
カエル式の化粧?
幌車の後ろで静かにしていたのはこれだったのかと思わず目が点に成った。
そんな感じで皆に見られたコツメ。
気になったのであろう……地面の文字を読み始めた。
そしてみるみるうちに顔を真っ赤にして……幌車に駆け込み。
拗ねた。
ウサギも一応はオブラートに包んだ表現だったが……。
その文章の真意……詰まりはコツメの顔が変だと理解した様だった。
……実際に変だし。
間違っちゃいない。
「化粧ならマリーに教えて貰えば良かったのに……」
ボソリと呟いた男だった。
ウサギの里は案外近くに在った。
道沿いの林の中、すぐの所。
木漏れ日に彩られた幾つかの簡素な小屋が建っていた。
その間をウサギの擬人の子供達が走りながら遊んでいる。
その村の入口付近に適当に幌車を停めて、スキル屋を探しながら皆で歩く。
ただし……その中にコツメは居ない。
完全に拗ねて幌車から出てこないのだ。
仕方無いのでそのまま留守番。
さて、スキル屋はすぐに見付けられた。
小さな村なのだから探す迄も無かった……見ればそこに在ったのだ。
店先に小瓶に入れられた光る玉が並べられている。
「俺のスキル玉とは、だいぶ違うな?」
男の最初の感想。
「アレが本来のスキルの管理の仕方よ」
マリーがそれらを指差して。
「ほう……成る程」
何が成る程かはわかっていないが、頷いておくことにした男。
「瓶の蓋を開ければスキルが浮いて出てくるからそれに触れるのよ」
使用上の注意としては、蓋を開けるとすぐに使用する事らしい……でないと時間と共に霧散して消えるとか。
マリーの話を聞きながら小瓶を手に取った男は、そこに書いてある注意書を読んだのだ。
「魔物から出してすぐのその感じか」
男は自分がスキルを出した時を思い出しながら。
「しかし結構な数が有るな……全部スキルスチールで取ったのか?」
「まさか」
肩を竦めたマリー。
「スキル職人が居るのよ……造るの」
「人造スキル?」
男は驚いた。
「錬金術みたいなもの? マリーも造れるとか?」
「無理よ……スキル職人は別物」
顔の前で手をヒラヒラとさせたマリー。
「幾つかの特別なスキルと、やたらに難しい勉強をしてやっとよ」
「良くわからん……」
「東大とか京大の優秀な大学院生くらいのレベルよ」
「わかった様な……でもわからん」
いや、難しいってのはわかった。
男が聞きたかったのは、それをどうやってかだ。
魔物から出てくるその玉を……造る?
「面倒臭いわね、スキルは造れるの。でも難しいの」
マリーは手をヒラリと振って。
「目の前に在るんだからそれで良いじゃない!」
語気が荒く成ってきた。
《お客様》
店番のウサギが絶妙なタイミングで出てきて地面に文字を書く。
マリーが怒り出す一歩手前だ。
いや、それを測ったのだろう。
店前で喧嘩でもされては堪らんとか、そんな感じでだ。
《何か……お探しですか?》
揉み手のウサギ。
さっきのウサギの従兄弟だろうか?
同じ顔に見えるので区別がつかん。
従兄弟だから似ているのか?
それとも。ウサギは皆この顔なのか?
首を傾げた男。
《当店のスキルは擬人用に調整されていますので品質も保証付きですよ》
店番のウサギをムラクモとシグレを見ていた様だ。
「スキルに品質って有るのか?」
男はマリーに尋ねる。
「この場合の品質ってのは、擬人なら漏れ無く失敗しないって事でしょう?」
ぶっきらぼうに答えるマリー。
失敗?
そういえば骸骨も言っていたな……スキルには相性が有るとか。
アレか?
「それに人造スキルは成長しないから、最初のレベルが問題なのよ」
怒っている風でも、聞けばキチンと答えてくれるマリーだった。
「ほう」
頷いた男。
「わかってないでしょう?」
マリーはヤレヤレと首を横に振っていた。
これ以上は駄目なようだとマリーに聞く事を諦めた男は。
ウサギに向いて。
「料理とかのスキルは有るか?」
料理の担当はコツメなのだが。
最初に本人がやると言ったのだ……出来ると。
だが実際に作らせると、それは酷い物だった。
ただ不味い。
マリーが作ればそれなりに美味しいのだが……しかし作る過程が問題だ。
料理は錬金術の一種だ言い張り。
フラスコやすり鉢やそんな実験器具の様な物で作るのだ。
それを見ていると……どうしても食べる気が失せる。
ここは常識人のシグレに人間の料理を覚えて貰おう。
うんそれが良いと、大きく頷く男。
《和風ですか? 洋風ですか? 中華ですか?》
ウサギの次の言葉は男には思っても見なかったモノだった。
「えらく細かいのだな、料理なんて一つだろうと思っていたのだが」
「人造スキルは天然物と違って成長しないってさっき言ったでしょう。だから最初から細かく分類されているのよ」
マリーが後ろから。
しかしまた疑問が沸いた男。
「それじゃあ、その人造スキルを持った者から俺が抜き取ったスキルは? やっぱり成長しないのか?」
最初の墓での冒険者のスキルは……アレはどっちなんだ?
天然?
人造?
「一度、取り込んだスキルは時間と共に魂に馴染むから、次に取り出した時には天然物と同じ様に成ってるわ」
フンと肩を竦めたマリー。
「取り出す時にその者の経験値が溶け込むか何かじゃないの? どんなに凄いスキルでも取り出した時にはレベルは一に戻っているから」
そして一息吐いて。
「まあ、あくまでも私の考えよ……正解かどうかは保証しないわよ」
面倒臭そうでは有るが、やはり聞けば答えてくれる。
男は頷いて。
「その三つで幾らだ?」
《オマケしてセット価格の金貨1枚です》
ウサギの揉み手が早く成った。
「微妙に高いな……」
眉が寄る男。
「別に買わなくても良いんじゃあ無いの? 差し迫って必要なモノでも無いんだし」
そうなのか?
男は唸る。
結構、重要な事の様に思うのだが……。
「それにスキルは持ち過ぎると成長が遅く成るわよ」
!
新事実だ。
いや、確かにコツメを見ているとわかる気もしないでは無いが。
「器用貧乏……か」
「悪いな……今回は辞めとくよ」
男はウサギに断りを入れた。
そのウサギ。
ニコリと笑い。
《また何時でもいらして下さい》
そう地面に書くのだが……もう、揉み手はしていなかった。
冷やかしか?
そう思ったのだろう。
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