第29話 029 新しい奴隷

 

 観念した会長は、家を明け渡すと言ってきたのだが。

 額の札は消えなかった。

 滞納分の清算がまだだと魔法の権利書が判断したのだろう。

 相変わらずの凄い性能だ。

 裁判所の役目まで果たしている様だ。

 「魔法の六法全書なんか有れば、ソレこそ裁判所は要らないな」


 「有るわよ」

 そんな男の独り言に、マリーは答えた。


 有るんだ。

 驚いた男だった。


 「この世界に合わせた法律だけどれどね」


 「ソレもやっぱり差し押さえの札?」


 「犯した罪によるわよ」

 マリーは額を指差して。

 「大抵は、その犯罪の罪状よ」


 「罪状が札に成って、額に?」


 「そうね」


 「ソレは、まさしく札付き!」 

 牢屋に入れられた、犯罪者の額に赤色の罪状が書かれた札……コレは性犯罪は出来ないな!

 そんな事をする積もりは毛頭無いが。


 「役所の書類も、やっぱり魔法の……なのか?」

 男は少し考えて。

 「例えば、婚姻届とか」


 「有るわよ」


 「浮気1つ出来ない!」

 そんな甲斐性も無いが。


 「ちょっと黙ってて」

 マリーは男を睨み。

 「今、取り込んでるのよ」

 と、商人ギルドの会長、詰まりは家賃滞納で赤い札の貼られた一家に向き直り。

 「で……どうすんの?」

 

 「どうにか……分割に……」


 「しても良いけど、その札はそのままよ」

 三人の額の札を指差すマリー。

 「ソレで仕事は出来るの?」


 「しかし、一括では……その金額が……」

 

 「どうにも成らないわよ」

 マリーは魔法の権利書を突き出しながらに。

 「アンタだって、知ってるのでしょうに! 商人ギルドの会長様なのだから」


 「……」

 黙り込む会長。

 シクシクと泣く娘。

 呆然としたままの母親。


 「選択は2つ」

 マリーは商人ギルドの会長の前に指を二本立てて。

 「そのままの状態で、少しずつ返すか」

 指折り告げる。

 「奴隷に成って、札を消すかよ」


 「しかし、奴隷では仕事に差し支えます」


 「黙ってれば、バレ無いんじゃないのか?」

 と、つい横から口を挟んだ男。

 「ココだけの話にしとけば良い」


 「ソレは、アンタが奴隷印を打った時の話よ」

 マリーは自分の胸元を指差して。

 「国で奴隷印を打つと、奴隷って一目でわかるシルシが付くのよ」


 「そうなのか?」

 あ……いや、以前にそんな話は聞いた気がする。

 聞いた後で思い出した男。


 しかし、男とマリーのそのやり取りを聞いていた商人ギルドの会長は。

 「あの……コチラの方はシルシの無い奴隷印を打てるのですか?」

 そんな事がと、信じられないと言う顔で聞いてきた。


 「私はこの男の奴隷なのだけど」

 マリーは男を指差して。

 「わからないでしょう、言われるまでは」

 自分の胸元も剥いで見せる。


 商人ギルドの会長は、まじまじとマリーの胸元を見詰めて。

 「本当に奴隷?」


 「本当よ」

 マリーも流石に、お尻の奴隷印は見せない様だ。


 しかし会長はそれを信じた様だった。

 「では、ソレで是非ともお願いします」

 いきり立って答える。


 「ソレで……ホントに良いの?」

 マリーは会長をジット見詰めて。

 「一生奴隷で、死んでも奴隷よ? 因みに、これ比喩じゃ無いからね」


 「背に腹は変えられません。兎に角この札を剥がさない事には、この屋敷から一歩も出られません」

 会長は首を横に振り。

 「仕事にも行けません」

 そして頷く。

 「お金も返せません」


 懇願?

 脅迫? 

 どっちだ?


 「だって」

 男を見て、会長一家を指差すマリー。

 「どおする?」


 「お願いします」

 頭を下げて。

 「お慈悲を」

 土下座だ……。


 男は初めて、土下座された。

 ソレもとても上手な土下座。やり慣れてるのか?


 「わかった」

 少し居たたまれなく成った男は渋々とだが頷いた。

 「頭を上げろ」

 土下座、恐るべし。

 「本当に良いのだな?」


 会長が頷くのを待ち。

 魔法の呪文を唱えた。

 額の札が消える。


 「私もお願いします」

 泣いている娘が、そう訴える

 「このままじゃ、学校にも行けない」

 学校が在るのか……。


 「良いのか?」

 男は会長に確認。


 「お願いします」

 会長は溜め息を吐きつつ。

 「一家全員で宜しくお願いします」


 男も溜め息が出た。



 男達はルイ家に戻って事の次第を主に伝えて。

 そして、家の交換を持ち掛けた。

 大きい方は豪邸過ぎて落ち着かないのだ。

 コチラの貧相な方がまだ良い。

 そして何より目立ちたく無い。

 

 チラリとマリーを見ても、異議を唱える積もりも無いようだしと、是非にとお願いしたい。


 それには恐縮しきりの主だが、それでも最後は頷いてくれた。

 

 恐縮するのはこっちだ。

 金貨10枚では申し訳け無さすぎる。

 もちろん家賃の滞納分はルイ家に返すようにと会長には言含めてある。

 

 そして男達は屋敷を手にいれた。

 

 会長一家は元ルイ家で今は男の小さい方の屋敷の裏の小屋に仮住まいと成った。

 元は使用人の為の小屋なのだろうが、ルイ家に使用人など居ないので荒れ放題だが、掃除をすれば住めるだろう。

 それ以外の者は本邸なのだが、落ちぶれていると言っても一応は貴族の屋敷、部屋の数がそれなり以上に有ったので、各々に適当に選ばせた。


 一番良い部屋をいの一番に取ったのはコツメ。

 マリーは二階の奥、元は書斎だった場所。

 ジュリアは何故か地下室を選んだ。

 ヒヨコは馬小屋、ココも使われていなかったのでジュリアが掃除をした。

 カエル夫婦はマリーの部屋の隣で。

 ゴーレム達はその隣に全員で入った、個室は嫌なのだそうだ。

 俺は、一階の奥の部屋だ……階段なんて面倒臭い。

 ソレでもまだ部屋は余っている。

 貧相などと思って悪かった、十分に立派だ。


 

 一通り落ち着いた頃、男はマリーと隣の新ルイ家に向かった。

 さて、期せずして家は手にいれたのだから……次は仕事の確保だ。

 

 新ルイ家はやはりデカイ。

 玄関ホールだけで十分にに住めるだろう、そんな広さだ。

 その端に椅子と小さいテーブルが有り、ソコにコツメが居た。

 ソフィーと会長の娘と一緒に成ってキャッキャと話している、友達にでも成ったのだろうか?

 と、眺めていると、ルイ家の当主が出て来た。

 家が立派に成ったので、男の認識が主だったのが当主に成ってしまっていた。

 成りと場所は人を変えると、男は驚くのだった。

 

 「お待たせしました」

 主人は男に頭を下げて。

 「どうぞコチラへ」

 と、案内しようとする手が定まらない。

 ソレでも歩き出した当主に男とマリーは着いていく。

 主人の開いた扉の先は何も無い大広間だった……。


 男とマリーは顔を見合せ。

 「ロビーに椅子が有りましたよね」

 来た方向を指差す。

 「ソコで良いのでは?」


 情けない笑いの主が頷いた。

 短い間の当主だった。この先何があっても認識が当主に成ることは無いだろうとそう思う男だった。

 

 ロビー、コツメ達の反対側の椅子に適当に座った男達。

 向かいに主。


 「保険のギルドは、結局はどうだろうか?」

 話を切り出したのは男。


 「はい、冒険者ギルドの一角に窓口を設けました」

 頷いた主。

 「今は娘が受付をしております」


 やる気に成ってくれたか。


 「ただ、要領が得ないのか、難しい様で……」

 主は情けない笑顔で。


 ソレは要領ではなくて、お嬢様の性格のせいだろう……とは男は言わない。


 「コツメ」

 反対側に届くように大きく叫んだ男。

 「新人達五人を呼んできてくれ」


 「えー」

 少し仏頂面で答えたコツメ。

 「いまー」


 「今すぐよ」

 そんなコツメにマリーが叫ぶ。


 「ぶー」

 ブー垂れて出ていくコツメ、少女達も連れてだった。


 程なく五人がやって来た。

 その先頭の男前に男は。

 「仕事を頼みたい。保険業務とこの家の警護だ」


 「保険とは?」

  

 その質問に男は一通り説明をしてやり。

 「人選は任せる」


 「かしこまりました」

 と、暫く考えて。

 「アランとエマとケイトをこの屋敷の警護に」

 壮年の男と二人の女性を指差して。

 「私とリリーで保険ギルドの運営をさせて頂きます」

 次に、残ったもう一人の女性を指し。


 「コチラは?」

 主は男前のゾンビを指しながらに男に聞いた。


 男はその男前に促す様に手を振る。

 「私はロイドと申します」

 と、男前は主に一礼した。


 ロイド! 

 そんな名前だったのか、名前まで男前だ。

 驚きは上手く隠せていたと思う男。


 「彼は優秀だ」

 たぶん。

 「任せて置けば利益を上げてくれる」

 かな?

 

 「貴方の紹介なら心強い」

 立ち上がって、ロイドと握手をする主。

 「リリーさんも宜しくお願いします」

 

 リリーはにこやかに頷いた。

 小柄な美人なのだが、可愛いの方が勝っているそんな感じの娘だ、看板がわりに成ってくれそうだと男も思う。

 

 「しかし、当家に護衛は必要無いのですが」

 次に主は壮年の男の方を向いて。

 その顔は少し困惑気味にも見える。


 「ソフィー様の事を狙う輩が他にも居るかも知れません」

 それにはロイドが男よりも先に答えた。

 

 「暫くして、何もなければその時は引き上げさせましょう」

 男が続ける。

 王の事、勇者召喚の事は言わないで置く事にした。

 その内に王は動く筈だ、諦める事はしないだろう。

 戦争に成るにしても、その抑止力としても勇者の名前が必ず必要だと考えて居るだろうからだ。

 そして、ソフィーはそのオトリだ。

 それは男と盗賊達を守る為でも有る。

 ソフィーを返したのが男だとバレると厄介だ。

 もちろんみすみすとそれを許した盗賊達もだ。

 その動きを察知する為にもオトリは必要だと男は考えたのだ。

 

 男は三人に向き直り。

 「宜しく頼むな」

 と、微笑んだ。

 言葉にはしないが……オトリの件も上手くやれとの思いものせてだ。

 そして、それを含めても三人は頷いたのだった。



 ソコへ、商人ギルドの会長がやって来た。

 滞納分の返済を早速に持ってきた様だ。

 主と挨拶をして、お金を差し出す。

 ソレを見たマリーは、魔法の権利書を出して確認してから舌打ちした。

 対して減らなかった様だ。


 「ちょうど良い」

 男はそんな会長を呼び止めて。

 「今、新しいギルドの話をしていた所だ」

 と、話を振った。

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