第79話 079 うっかりマリー

 

 翌日の朝。

 マリーは叩き起こされた。

 寝惚けて見ると二人がもう既に着替えた後だった。

 

 のそのそと、這い出そうとしたマリーを引っ張り。

 二人して、寄って集って着せ替えられた。

 

 その時、マリーのプリっとしたお尻を叩いて。

 「昨日、程々にって言ったでしょ」

 と、ジェニファー。

 

 すっかりお姉さんだ。


 謝ろうと声を出したのだが、欠伸と混じって情けない返事になってしまった。

 「ふゅやひゃはひゃ……」


 しかし、通じたようだ。

 恐るべし、ジェニファーのお姉さん力。


 

 一年生の教室、二日目。

 

 授業はまだ始まっていない。

 マリーは、転校生に有りがちな感じで、自分の机にポツンと1人で座っていた。

 回りには、それぞれのグループで楽しげに話している同級生達。

 問題児認定のマリーには誰も話し掛けて来ない。

 ちょっと居たたまれない感じもする。


 チラチラと、其々のグループを見るのだが。

 其々のグループも遠巻きに、マリーをチラチラ見て何かを話している。

 それを見るに、話の中心はマリーの様だ。

 大方、昨日の事での悪い噂か……。

 溜め息のマリー。


 しかし、ここを抜け出す方法を考えねば。

 門は昼も夜も駄目だし。

 と為れば、昨日の転送の魔方陣か?

 

 自分の机に、用意されていた筆記具からチョークを取り出し描いてみた。

 ……。

 発動の呪文がわからない。

 スキルが無いから、頭に浮かんでも来ない。


 「あら、転送の魔方陣ね」

 背後からの声。

 見れば、校長先生だった。


 「良く描けているわよ」

 と、誉めてくれる。


 「呪文がわからない……です」

 マリーはボソボソと。


 「これだけでは駄目ですよ」

 と、校長先生は、もう1つ魔方陣を描く。

 ソコにチョークを置いて呪文。


 チョークが転送された。

 校長先生の描いた魔方陣からマリーが描いた魔方陣にチョークが飛ぶ。


 成る程、転送先と転送元の魔方陣が必要だったのか。

 と、チョークを手に取るマリー。


 だが、そのチョーク良く見ると、新品に成っていた。

 描けば角が削れている筈なのに、ソレが無い。

 あれ? っと小首を傾げる。

 

 そんなマリーに気付いた校長先生。

 「転送は、そのモノを移動させるのではなくて、そのモノの情報を転送させて再構築するモノです」

 「今は、元の場所のチョークを再構築の為の材料として使いましたけど、材料が現地で調達出来るのなら、チョークのコピーとして転送元と転送先とに同じモノが2つになります」


 「では、生き物を転送させれば?」


 「魂の情報は再構築出来ないので……ただの肉の塊になりますね」

 首を左右に振りつつ否定する校長先生。

 「転送元も転送先も、両方とで」


 溜め息のマリー。

 それじゃ駄目じゃん。

 使えない。


 「でも、本当に良く描けている」

 マリーの描いた魔方陣を見ながら。

 「9年生で習う魔方陣なのに、ちゃんと発動しているし」

 と、感心仕切りの校長先生。


 9年生って学校の最上級生じゃないの、そのレベルなのかと頷いた。

 

 「先生、聞いても良いですか?」

 マリーは昨日の食堂での魔方陣を思いだし。

 「魔法学校の魔方陣って、錬金術師の魔方陣とかドワーフ達の鍛冶師の魔方陣と似ている様に思うんですけど」


 「そうね、基本は同じよ」

 頷いた校長先生。

 「錬金術師も鍛治師も、魔法使いとソレゾレが融合して出来た職種よ。だから、基礎の部分では同じなのよ……あなたのイメージする魔法使いとは、随分と違うものでしょうけどもね」


 確かに違う。

 コツメが使う様に火の魔法とか氷の魔法とかをイメージしてた。

 「大陸間弾道魔法とか?」

 ぼそりと呟く。


 一瞬、目を剥く校長先生。

 「それも魔法の一部ですね……魔法とは結局は魔方陣と呪文なのです。だから、昔ながらの古い魔方陣にも意味が有り、その進化の過程も学ぶべき事なのです、そこに基礎が隠れているのだから」

 マリーを見ながら少しだけ溜めを入れて。

 「効率とか、性能とかはその後の事ね」


 昨日の事を諭されているのだと今にしてわかった。

 でも、確かにその通りだわと、納得もしてしまったマリー。

 校長先生……恐るべし。



 授業が始まると校長先生は、早々に教室を出ていった。

 問題児認定のマリーの為だけに、ここまで足を運んだのだろう。

 昨日の夜は散々怒られたし、今日は大人しく退屈な授業を聞いておく事にする。

 担任の若い先生もチラチラと、マリーを見て居たので余計に大人しくを心掛けた。

 それに私は錬金術師だけど、魔法の方はサッパリだから少し楽しくもあった。

 そのうちに、チャンと勉強してみよう。

 そんな気にもさせてくれる。



 何事も無くに、授業も終わり自室に帰ったマリー。

 二人はまだの様だった。


 1人で着替えを済ませて、ベッドに腰掛ける。


 でも、どうやって抜け出せばいい?

 授業中もソレばっかり考えていたのだけど、良い案が思い浮かばない。

 ただ、何か大事な事が抜けている様な気もする。

 それも気になって余計に考えが纏まらない。


 もしかすると、この体のせいなのかも知れない。

 実際に子供の身体なのだから、脳の容量も小さい筈だし、元の大人の頃の様にはいかないのかも……と、どうでも良い事も頭を掠めて邪魔をする。


 ウーンと、唸るマリー。


 と、その頭に……リアルな頭のてっぺんに携帯カラスが飛び出し、ジュリアに成って呼び掛けてきた。

 ソレを手の平に乗せたマリー。

 ……。

 落ち込んでしまった。


 そうよ、これが有ったのよ。

 何故に今まで忘れていたの?

 何か大事なモノって、これじゃない!

 

 「マリー……聞いてる?」

 手の中の小さなジュリアが声を掛けてくる。

 

 「なに?」

 溜め息の出るマリー。


 「今、村の外からゼクス達がトンネルを掘っているから、繋がったらそこから逃げるのよ」


 「わかったわ」

 ……全てが解決してしまった。

 無意味な私の考えた時間。

 「でも、何故にトンネル?」


 「大臣達も捕まってトンネルを掘らされているんだって、だから同じ事をしてみた……その方が確実でしょ」


 「確かに、脱走にトンネルは必須よね」

 そんな映画もテレビで見たし。


 「何か必要なモノが有ったら言ってね、カラスで運ぶから」


 「わかった」

 マリーはヒヨコのジュリアに頷いて返す。

 「で、何時頃に開通しそう?」


 「ウーン、もう暫く掛かると思う、それまでは大人しくしていてね。成るべく目立たない様にね」


 それは……もう遅い。

 既に目立ちまくっている。

 教室でも、エルフ兵士にも。


 「そうね……わかった」

 知らん振りしとこう。


 

 鐘が鳴ったので食堂にやって来たマリー。

 何処に座ればいいのかわからずに、入り口でまごついていると、ジェニファーとエマに呼び止められた。


 「こっちよ」

 と、引っ張るエマ。


 無事に食事にありつけた。

 今日もヤッパリ美味しかった。

 お上品に食べようと思って居たのだが……一口目でそれも忘れてしまったマリーは……1人、がっつく。

 

 食べ終わった、マリーの口元をナプキンで拭うエマ。

 二人はヤッパリ優しい。

 

 脱走の事を二人にも教えておかなきゃと、心に決めたマリー。

 

 

 その次の日。

 マリーはここに来て、初めて1人で起きられた。

 余裕の有る朝。

 着替えも1人でする。

 今日の授業の支度も。


 脱出トンネルの事はまだ、二人には話していない。

 下手に話して心配を掛けるのも嫌だからだ。

 でも、開通する日には話さなければいけないだろう。

 二人は、その時にどんな顔をするのだろうか。

 一緒に逃げようと誘えば、来てくれるだろうか?

 それは……無さそうね、二人ともここの生徒だと誇りを持っている様だし。

 それに、ここに居た方が平和なのも確かだ。

 でも……私1人で逃げて、迷惑は掛けないだろうか?

 掛けるかもしれない……。


 昨日の夜から、ズット考えている。

 ついこの間、会ったばかりの二人の事が好きになっている様だ。

 

 二人とも、優しいモノね。

 戦争中なのを忘れるくらいに。

 この学校の門から外を覗けば、そこに戦争が見えるのに。

 エルフの兵士達の姿が……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る