第98話 098 D-デイ
翌朝。
やはり敵は来た。
望遠鏡で覗けばその姿が見える。
最初に発見したのは正規兵で望遠鏡を支給された監視兵の一人。
夜明けとともに叫び、その叫びが塹壕中に伝播して次々と叫びが上がる。
その一報を受けて、叩き起こされた士官達。
各々に望遠鏡を手に持ち立ち尽くした。
男はその列に最後に加わり望遠鏡を覗く。
一目見ただけでもその数に圧倒された。
ベルガモ防衛隊の数倍は、確実に居るようだ。
「どうします?」
男はチラリと士官達を見て。
「会議でも開きますか?」
一拍開けて。
「それとも……逃げますか?」
その嫌味に、昨日に男を追い出した士官が睨み返してきた。
だが、その者達も今回は一言も発しない。
黙って、睨むか……下を向くかのどちらかだ。
「守り切れるだろうか」
最初に声を出したのは大佐だった。
その声は微かに震えている。
「昨日のうちに対策をしていれば……勝てたでしょうね」
「あんな数に対策等有るものか!」
男の嫌味に堪えかねた、士官の誰かが叫んだ様だ。
男は、それに軽く答えてやる。
「例えば、地雷とか……」
「なんだ! その地雷ってヤツは」
先程の士官が声を荒げている。
「これよ」
男の後ろに来たマリーが差し出した。
「魔法地雷……地面に置いておくだけだけど、踏めば爆発するのよ……戦闘中なのだから、適当に土か草で隠して置けば……数人が吹き飛ぶわ」
「そんな数人ごときで……」
「あら、あなたは素人なのかしら」
マリーはその士官を笑った。
「これを至る所に仕掛けて置けば……その数人が数倍に増えるわよ。そして、それを見た後続は……前進を躊躇するのよ……わかった?」
「進撃の速度を落とせば、勝機はあったな」
男も、口を挟む。
素人呼ばわりされた士官、顔を真っ赤にして口を開こうとしたそれを少将が遮った。
「今更な事は、後にして今はどうすべきだと思う?」
男に聞いている。
「正面から迎え撃つしか無いだろうな」
男は敵の大軍を睨み付けながらに。
「逃げると言う選択肢が無いのならばだが」
「この場に逃げる等と言う者は居ない」
少将は言い切った。
「勝てる見込みは薄いぞ?」
「それでもだ……」
少将の顔色は悪い。
男はその場の士官、皆の顔を見渡した。
逃げたいと考えている顔が数人は居るようだ。
「トラックに地雷が大量に有るわよ……今更だけど、使う?」
マリーが後ろを指す。
「随分と距離は近くに為るが、無いよりは増しだろう」
男も頷いた。
「わかった、貰おう」
「正規兵、全員で取りに来て」
返事を待たずに、トラックに走るマリー。
男は、望遠鏡を覗きながら。
「一時間くらいは、有るだろう……それまでに、撒けるだけ撒こう」
頷いた少将。
そして、号令を掛けた。
全員が動き出す。
正規兵の半分が両手に一つづつの地雷を持ち、塹壕の前に一列に並ぶ。
もう半分はその後ろに立つ。
「号令を掛けるから、一列目は真っ直ぐに前進して」
マリーが叫ぶ。
正規兵の返事を待って。
「前進して!」
等間隔で前に進む正規兵の隊列。
肉眼でも敵が見える所まで来て。
マリーが叫ぶ。
「ストップ! そこに右手の地雷を埋めて……埋め終わったら、その場で立っていて」
そこは、塹壕から数百メートルも離れていない場所。
振り向けば、塹壕から覗いて居る冒険者傭兵部隊の顔がギリギリわかる距離。
「そこから二十歩下がって、もう一つも埋めて」
マリーは作業の終わりを確認して。
「その場で動かないで……二列目、前進して地雷を前の人に渡して」
後ろの者が、やはり両手に地雷を持ち前進。
そして、渡し終えて。
「後列、次の地雷を取りに行って、真っ直ぐに戻るのよ」
トラックを塹壕の内側のギリギリに停めて、その屋根の上のマリー。
「前列、二十歩下がって埋めて」
それを、何回か繰り返してから頷いたマリー。
「全員で、塹壕に戻るわよ」
最後の地雷は、塹壕から爆弾を投げてもギリギリ届かない距離……詰まりは眼と鼻の先に為った。
塹壕迄戻ったマリーがもう一度叫ぶ。
「今埋めた地雷に期待はしないでね……あれが、爆発すると言う事は、敵に撃たれる距離だからね!」
その頃には、敵が肉眼でも確認できていた。
横一面に拡がった敵兵。
もちろん、その一列だけではない。
その後ろにも、列に為って居る。
塹壕にはジュリア率いる狙撃兵がライフルを構えていた。
最初の一発はジュリアが撃つ手筈だ、それが号令となり狙撃兵全員が撃ちだす。
その後は、カラスに爆撃させようと、男も準備を始めた。
爆弾の木箱を……丘の影の裏まで移動したトラックの横、開けた場所に並べる。
カラスは各々、一個を掴み空に舞い始める。
そのトラックの前ではマリーが。
グレネードを改良したのか鉄の筒を斜めに並べ始めた。
折り畳み式の二脚を拡げて、筒のお尻と合わせて三脚で立っている。
それを十メートル程の間隔を離して横に五つ並べて。
その横にゴーレム達が爆弾の小箱を置いていく。
迫撃砲の様だ。
昨日、話した野戦砲の代わりなのだろう。
カラス爆撃の準備を終えた男はマリーに近付き。
「それは、どう扱う?」
見れば、わかるのだが……聞いてみた。
「前の筒から爆弾を入れるだけよ……引き金も無いから、入れたら飛んでいくだけよ」
成る程、想像通りだ。
「俺に使えるだろうか?」
それよりも、問題はそっちだ。
「多分、大丈夫よ……投げるのと変わんない筈」
少し不安気では有るがマリーは言い切った。
「攻撃自体は、爆弾がするから、きっと大丈夫よ」
「成る程」
頷いた男。
「でも、その理屈だとマリーが使っているグレネードも……使えるのでは?」
「あっちは、攻撃の意思を込めて引き金を引くから……微妙かな?」
小首を傾げるマリー。
「一つトラックに有るから、一度撃ってみて」
と、親指でトラックの方を指す。
頷いてそちらに行こうとした時。
コツメがやって来て、迫撃砲の数を数える。
それを見たマリー。
「あんたの分は無いわよ」
「えー、何でよー……いじめ?」
「違うわよ! あんたは魔法が撃てるでしょ!」
「魔法……あれ、疲れるのよねー」
嫌だなーと、露骨な顔で。
「水平に撃てる魔法の方が狙いやすいじゃない」
マリーは敵の方角を指差して。
「だから、あんたは魔法部隊!」
「部隊って……魔法を撃てる人って殆ど居ないじゃない」
「だから貴重なの!」
「戦争って、面倒臭い……」
ブー垂れるコツメ。
その横を通りトラックにグレネードを取りに行く男。
迫撃砲を撃つのは、男とマリーとゴーレム達とアルマかな?
それで丁度五人だ。
ネズミと土竜は待機だ。
夜目が利くから、夜の監視に備えて貰おう。
多分、長引くだろうから必要に為る筈だ。
必要無ければそれに越した事はない。
ピーちゃんは、目立ち過ぎるので今回は出番は無しだ。
負傷兵でも摘まんで運んでもらうか?
そのピーちゃん、遠くでピヨっと鳴いた。
男の頭を念話で覗き見したな?
しただろう!
ピヨ……。
してるじゃないか!
今のは念話じゃないぞ。
ピヨピヨ……。
明らかに、返事を返している。
ピ!
ん?
パン!
ジュリアの銃声だ。
戦闘の始まりだ。
その後に、すぐに複数の銃声が響いた。
ピーちゃんで遊ぶのもココまでだ。
男は、塹壕のジュリアの元に急いだ。
他の者は、マリーの指示で各々の持ち場に付く。
塹壕、ジュリアの後ろに滑り落ち。
「反撃は?」
「まだ無い、ココまで届く武器は魔法ぐらいしか無いみたいよ」
ジュリアが撃ちながら。
確実に敵を間引いている筈だ。
「魔法は水平だから塹壕は狙いにくいか」
頷いたジュリア。
「迫撃砲の届く距離はわかるか?」
それにも頷く。
「もう少しだと思う」
「届く距離に為ったら教えてくれ」
そう言い残して、男はマリー達の所に戻る為に走り出す。
グレネードの試し撃ちは後だ。
先に、カラスに爆撃開始の合図を送る。
狙いは、敵部隊後方に落とせと、指示を出した。
多分だが、そのまた後ろに補給部隊が居る筈だ。
前後で分離出来れば良いのだが。
遠くで爆撃音が幾つも響き渡る。
狙撃兵のライフルの音も、相変わらずに聞こえているのだから、敵は前進を止めていないと、言う事だ。
本格的な戦闘に入った時。
どれだけ間引けたかが勝敗を分けそうだ。
走る、男の頭の上を火の魔法が飛んでいった。
敵の反撃も始まった様だ。
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