第97話 097 敗残の将


 男の側に少将と大佐も来ていた。

 その二人に望遠鏡を渡して指差した。


 「味方の馬車だ」


 「あれは、先に突撃した大臣の馬車だ……」

 少将が唸る。


 ゾンビでない方の大臣か。


 「後ろから追って来るのは……アディジェの兵か」

 少将から望遠鏡を借りた大佐が。


 「惨敗したようだな」

 男も、唸った。


 それと同時に。

 『出来ました』

 土竜の仕事が終わった様だ。


 男は、チラリと確認して。

 「ソコで狼煙を上げろ!」

 それを目印にココへ目指して来るだろう。


 遠くの方で銃声も聞こえてきた。

 それに反応してか。

 「撃ってもいいか!」

 と、誰かが叫ぶ。


 「駄目だ! 味方が通り過ぎる迄待て」

 男はそれを制止させる。


 望遠鏡を返して貰い。

 様子を見る。

 

 「敵は相当数いるぞ……もうすぐ味方が見える筈だ、その後ろに常に狙いを付けておけ」

 男は塹壕に片足を掛けて体を起こし、そして大きく叫んだ。

 「合図とともに一斉射撃だ」


 おお! と、無秩序な返事が混ざりサイレンの様に響く。

 

 「見えた!」

 冒険者の傭兵の誰かが叫んだ。


 確かに、肉眼で見える。


 「すぐに来るぞ!」


 そう叫んでいる間に、ハッキリと見える様になった。

 銃声も勿論、馬車の車輪の音も馬の蹄の音も聞こえてくる。


 そして、その場の全員の固唾を飲む音も……。


 ドンドンと近付く馬車。

 

 その後ろの護衛の騎兵隊はもう数人に為っている。

 そして、その後ろの敵もハッキリと見えた。


 「まだ撃つなよ……」

 男は……唸る様に。


 「まだだ……」

 もう、すぐそこだ!


 「通り過ぎてからだ……」

 目の前だ。


 そして、男達の脇をもうスピードで駆け抜けて行った馬車を見て。


 「撃て!」

 男は右手を前に放り出す仕草と同時に、出せる声の精一杯で叫んだ。


 ほぼ目の前迄来ていた敵兵が一斉射撃を受けて次々と倒れる。

 それを後ろで見ていた敵兵も、何が起こったのかわからずそのまま走ってくる。


 「撃て!」

 そして、男はもう一度叫んだ。


 しかし、その掛け声はもう意味をなしていない。

 味方の銃声は止まる事なく響かせている。


 十分に引き付けて、尚且つ馬だ、簡単には停まれない。

 方向を変えるのも横に長い塹壕からは逃げられない。

 

 一網打尽だった。

 殆どの敵を、逃さず撃ち抜いた。


 逃げられた者は本当に運の良いヤツだけだった。



 大臣の乗った馬車は、すぐ後ろで停まっている。

 鼻息の荒い馬が嘶きを上げて、地面を蹴っていた。

 その馬車、後ろは銃痕が幾つも見付けられる状態。


 だが、乗って居る者は誰一人降りてこない。

 こちらを覗いては居るようだが、その影のみが見えるだけ。


 男が、馬車に近付こうと踵を返して数歩出した、その時。

 ゆっくりと馬車が動き出した。

 そのまま止まらずに、街を避けるように曲がり、王都を目指すのだろう。

 逃げ出したのだ。

 ここに骸骨が居たらばさぞ怒ったろうに。

 味方を置いて逃げるのか? と。


 事実、最前線の歩兵は見殺しにしたのだ。

 自身を命を掛けて守った騎兵隊にも目もくれずにその場を去るくらいなのだから。


 馬車を降りなかったのは、自分が集めた選りすぐりの兵が勝てなかった敵を、あっさりと返り討ちにした冒険者の傭兵部隊に苦々しい思いをさせられたと怒りでもしたか?

 

 そう思うと、助ける意味も無かったと、男は首を振るしか無い。


 「嫌な感じね」

 マリーも同じ思いのようだ。


 「愚か者の王とその家来だからな」

 男も、吐き捨てた。


 その男の言葉は少将や大佐にも聞こえていただろうが、何一つ一言も喋る事も無かった。


 

 男は今一度、土竜に埋め戻した塹壕を掘る様に命じて、その場を去る事にした。

 トラックに戻る。

 その一歩を踏み出す時に、少将と大佐には。

 「これで、ココが最前線だ」

 と告げてだった。

 


 事実、次の日には敵兵が列を成して現れた。

 銃の届かない距離で隊列を組んで居る。

 勿論、目視は出来ないし望遠鏡でも確認出来ない距離だ。

 男もカラスが居なければわからなかっただろう。


 男は、それを告げに司令部のテントを訪ねた。


 「敵の大群を確認した」


 そこに集まっていた士官達が一斉に男を見る。

 少将と大佐は目を剥いて。

 それ以外はポカンとした顔で。

 その顔を見てもわかる、危機感を持って居るのは二人だけ。


 「戦闘は?」

 大佐が聞いた。


 「まだだが……時間の問題だろう」

 男はテントの中で、その見えない方向に視線やり。

 「今は、隊列を組みその準備をしているところだ」


 「まだ、攻めてくるとは決まってないのだろ」

 呆けた士官の一人が口を開いた。


 「見てきたわけでもあるまいに、その情報は何処からだ?」

 別の士官だ。


 「こちらには、まだ何も報告は有りませんが…!」

 多分、一番下の士官だろう、が、先の士官に答えて。


 「何様かは知らんが、適当な報告など必要ない」

 もう、こいつが誰だかもわからないが……偉いんだろう。


 必要ない。と、言うのであればここに居る事もない。

 男は、一礼だけして外に出た。


 男が一歩出た、その瞬間にテントの中が大騒ぎに為った。


 敵に備えるべきと主張する者と、それに反対する者。

 派閥でも出来ているのか?

 何処かの国の国会の様だ。声に気を付けてだが……笑ってしまった。

 




 その頃、骸骨はまだ釣りをしていた。

 粘り強く垂らし糸を見詰めている。


 ロリスはその横でうたた寝をしていた。

 その辺りのエルフはもう既に狩り尽くしたのか、居なくなっていた。


 サルギン達は焼いた魚を食いながら、骸骨を見てこそこそと話している。


 「もう何日目でした?」


 「釣れんのう」


 「才能が無いですよね」


 「こそっと潜って、魚を付けてやりましょうか?」


 「聞こえとるぞ」

 骸骨は横目でチラリとサルギン達の方を見て。

 「これは、わしと魚との戦いじゃ……余計な事はせんようにの」


 あれ? 食料調達の筈だったのでは?

 サルギン達の目が?になった。






 頭目達は、のんびりとドライブ中。

 トンネルを抜けて、収容所のあった辺りをゆっくりと。

 時折、ウサギやキツネに追い抜かれても、もう何も言わない。

 無の境地に入った頭目達。

 今日もいい天気だと、天を仰ぎ見る。


 

 そして、次の日のベルガモ。

 敵が動いた。

 男達の方へと進撃を始めたのだ。


 男はそれをカラスから聞いたのだが、ユックリとタバコを吹かしながら、側に居たマリーにも教えてやった。

 

 自陣では、全く動きがない。

 まだ、揉めているのだろう。

 そんな事を考えて、タバコの煙をフーっと吐くと、目の前をシルバが横切った。

 頭には、濃い緑色の丸いヘルメットを被っている。

 手に持つ銃と合わせて、まるっきり大昔の漫画の二等兵の様に成っている。


 思わず。

 「似合うね」


 ニッコリと笑うシルバ。

 そのままスタスタと、歩いていく。


 「ミスリル銀製よ」

 背後でマリーの声。


 「俺のは?」


 「金貨15枚よ」


 「金を取るのかよ」

 笑いながらカードを出した男。


 「もちろんよ」

 と、マリーも出す。

 そのカード、凄い金額に成っていた。


 「えらく、儲けた様だな」

 ちょっと、驚いてしまった男。


 「そうね……戦争って儲かるのね」

 と、笑うマリー。


 「負ければ、その金は使えない様に為るだろうけどね」


 「イヤな事を言わないでよ」

 そう言いながらでも、別段怒っている様には見えない。

 勝てると思っては居ないだろうから、既に諦めているのだろうなと、男にも推測出来る。

 

 「多分、明日の朝……だろうな」


 「そうなの? じゃあ……少しノンビリ出来るわね」


 「もう、売るモノは無いのか?」


 「うーん」

 少し小首を傾げて考えるマリー。

 「ヘルメットも銃ももちろんだけど……望遠鏡も、売れたし」

 そして、男に質問を投げ掛ける。

 「後は、どんなのが要りそう?」


 「ロケット砲とか、戦車とか?」

 男は適当に考えた答えをそのまま告げた。

 「野戦砲とかでも良いんじゃないか?」


 「大掛かり過ぎるわよ」

 マリーは笑いながら。

 「そんなの、造るのに何日も掛かるじゃない」


 「明日には、間に合わないか……」


 「地雷とかは?」


 「それなら、造れるわね……そうね、造ってみましょうか」


 「元の世界では、人道的に不味いけどな」


 「人道的って、戦争そのモノが駄目じゃない」


 「人に向かって銃を撃つ時点で……駄目だよな」

 タバコの煙をユックリと吐いた男。


 「それを、明日の朝にはやり合うのよ……何人、死ぬのかしらね?」


 「俺の仲間が死ななければ、それで良いよ」

 それ以上は、望む事も難しそうだ。


 今回も勝てれば良いのだが。

 敵にも、コチラの銃の事は知れただろう。

 向こうから攻めてくるのだから、奇襲も無い。

 しっかりと対策を立てたうえでの進撃の筈だ。

 それは、詰まりは真っ向勝負に為りそうだと、そう言う事だろう。

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