第5話 005 幌車の中の少女


 男は殺した盗賊達を見下ろして。

 「殺っちまったな……」


 「気に病む事は無い」

 骸骨はその死体を蹴飛ばして。

 「正当防衛じゃ」


 「この世界にも、そんな法が有るんだ」


 「目には目を、刃には刃を……じゃ」

 骸骨は腰に下げた剣を叩き。

 「魔物が居るこの世界だからこそじゃ」

 幌車を指差す。

 「そして、魔物に襲われて主を無くした持ち物は……次に見付けた者のモノじゃ」


 「魔物に襲われた者?」

 男は倒れている盗賊達を指し。


 「魔物に襲われた者じゃ」

 骸骨は男の横を飛ぶ蜂を指差した。


 男は盗賊と蜂と骸骨を交互に見る。

 「成る程……何処か腑に落ちないが、間違ってはいないのか」

 盗賊を倒したのはあくまでも蜂だ。

 その手伝いをしたのは骸骨だ……最後の一殴りだけだが。

 そして、男は何一つとして手は出しては居ない。

 ただそこに居ただけ。

 今のこの場を見ていた者が居るとしてもそうとしか見えない筈だ。

 

 少し首を傾げた男だが、それは飲み込んで別の事を呟く。

 「サルベージ法まで有るのか……」

 唯で貰えるのだ文句を言ってはいけないのだ……と、幌車に近付いた。

 「これが俺の物か……」

 盗賊に襲われるアクシデントは有ったがその報酬としては悪くない。

 だが……どうやって運ぶ?

 馬は居ないのに……。


 と、カエルを思い出した男。

 幌車の裏に回ってそこに二匹のカエルを見付けた。

 「そう言えば居たな」

 すっかりと忘れていたのだ。

 見た目は何処からどう見ても緑色のカエルだ……トノサマカエルってやつか?

 だがサイズは大きい。

 人の子供くらいは有りそうだ。

 立てば身長は140cmくらいか?

 

 男が、ふむふむと興味深く眺めていると。

 「ゲコッ」

 腹に槍が刺さったカエルを庇うもう一匹のカエルが鳴いた。

 男を見て震えている。

 怯えて居る風では無い。

 死にそうな相方を見ては泣いているのだ。


 男はどうしたモノかと思案していた。

 どうにかして助けてやれないモノだろうか?

 盗賊達と一緒には居たが、このカエル達は盗賊には見えない。

 どちらかと言えば力付づくで従わせて居たのだろう。

 証拠は足に括り付けられた鎖だった。


 「貴様がもう一度その槍で刺してやればどうじゃ?」

 考え込んでいる男を見てか、骸骨がそう提案した。


 「ああ……そうか」

 成る程と手を打つ男。


 それを聞いていたカエルが一段と鳴き声を高く上げた。

 そして、庇う手には力が増した。

 見た目はカエルだが流石に擬人だ。

 骸骨の言う通りに人の言葉がわかるらしい。


 男は骸骨に顎で示して、庇う方のカエルを引き剥がした。

 そして、倒れている方のカエルの槍を掴み……。

 抜いて……。

 刺す。

 そして、抜く。


 「ゲコッ! ゲコゲコ!」

 骸骨に捕まれているカエルが騒がしく鳴いた。


 「ゲコッ!」

 男が槍を刺し直した方のカエル。

 自身の腹を擦り。

 「ゲコッ?」

 立ち上がった。

 首を傾げている。

 カエルの首を初めて認識した男だった。

 こんな感じで曲がるのか。

 どうでも良い感想だ。


 「ゲコ?」

 なぜと言う顔の骸骨に捕まれていたカエル。

 今はその手は放されている。

 そのカエルは槍に刺されたカエルの腹を見て驚いていた。


 そうだろう。

 これがネクロマンサーのもう一つの力だ。

 生きている者に攻撃を加えればそれは回復として作用する。

 墓所の墓掘りが命拾いした時と同じ理屈だ。

 攻撃は出来ない面倒臭い力だが……こういう時には役に立つ。

 しかしそれも皮肉な話だ。

 ネクロマンサーが強く成るにはアンデッドを従わせるしかないが……それにはこの力は使えない。

 アンデッドでは滅してしまうからだ。

 そして、敵対するのは生有るもの……ネクロマンサーの直接の攻撃は回復させるだけ。

 ネクロマンサーがアンデッドと敵対する事が有るのだろうか?

 それでも自身で使役したアンデッドを戦いに使うだけだとは思うのだが……やはりは意味が無い能力だ。

 強力な回復だとは思うが……成る程、城での言われた事 ”ほんの少しの素質” とは、本来の能力にはあまり貢献しないとそういう事だったのだろう。

 ネクロマンサーとしては回復する積もりも無く……攻撃をしているのだから。

 結果としてこうなっただけの事だ。


 目の前の二匹のカエルは抱き合って……喜んでいるのか?

 カエルの顔は良くわからない男だ。

 その二匹を見てもそうなんだろうと微妙な顔で頷くしかない。


 「ゲコ」

 「ゲコ」

 と、うるさく鳴くカエル達。

 ……いや、会話をしているのか?

 これも男にはわからない。


 その騒ぎが一段落着いたのか。

 二匹のカエルは男の前に立ち……深々とお辞儀をした。

 そして、地面になにやらを描く。

 絵?

 記号?

 簡単な魔方陣の様にも見えるそれ。


 「奴隷印……じゃな」

 それを覗き込んでいた骸骨が教えてくれた。


 「奴隷印とは?」

 しかし男にはわからない言葉だ。

 その言葉をまま理解すれば……奴隷に成る? する?

 そんな感じか?


 「魔法の契約じゃ、奴隷となり貴様の保護下に入る……無論、ペナルティー付きじゃ、主人の貴様に危害を加えようとすると酷い事に成る」

 骸骨は男が考えたそのままを答えた。

 

 「やはりか……」

 頷いた男。

 

 「この者達は、貴様に奴隷にしてくれと頼んでおるのじゃろう」


 骸骨のそれに頷くカエル達。


 「奴隷って……それは」

 顎に手をやり考える。

 男にとって奴隷は余りに馴染みが無いモノだった。

 

 「してやれば良かろう」

 カエル達を指差した骸骨。

 「この者達擬人は奴隷でないと人間の街には入れん……聞く事は出来ても喋る事が出来んのだからだ」

 もう一度男を見た骸骨。

 「一度、人間の暮らしを経験した者に元の野生の様な生き方は、もう無理じゃ」

 頷き、男を即した。


 「しかし……」

 それでも躊躇する男。

 どうしても奴隷と言う言葉が飲み込めなかったのだ。


 「この者達の主人を貴様が殺したのじゃから、その責任も有るじゃろう?」

 地べたに転がる盗賊達を見ずに指差す骸骨。


 少し考えた男。

 しかし答えは出そうにない。

 元々が答えの無い別世界の考えなのだから。

 諦めた男は頷いた。

 「わかった……今からお前達は俺の奴隷だ」

 そう宣言する。

 「これで良いか?」


 「奴隷印を打ってやれ」

 骸骨はもう一度、即する。


 「奴隷印を?」

 混乱した男。

 奴隷にすると宣言しただけでは駄目なのか?


 「奴隷にするための魔法印じゃ、貴様ならそれが出来る筈じゃ……蜂達を召喚した時の呪文の後半部分じゃ」

 

 やはり良くわからないと首を傾げた男。


 「アンデッド召喚の前半部分は死者を動ける様にする魔法で……後半部分はそのアンデッドを使役するためのモノじゃ……それを前後を逆にして生者に掛けると奴隷に出来る」

 頷いた骸骨。

 「まあ、先々のアンデッドに成る為の予約みたいなモノじゃな……将来的に死ねばその者はアンデッドに成るのじゃ」

 高笑いの骸骨。

 「生きて奴隷に……死んでからはアンデッドで使役じゃ」


 「嫌な言い方だ」

 どちらにしても大した違いは感じないが……言い方がイヤらしい。


 「街の奴隷商にでも頼めばそれをしてくれるが……金は要求されるぞ」

 男を見て。

 「しかも貴様の奴隷印よりもチャチイもので罰則がキツイ」

 骸骨はカエル達の足枷を指す。

 

 それも奴隷印に関係しているのだろうか?

 確かにその足枷は外して遣りたい。

 見ているだけでも気が滅入る代物だ。


 「第一出来る者がここに居るのにわざわざ街に連れて行く意味が無いじゃろうに」

 少し面倒臭く成ったのか最後には投げやりに告げた。


 骸骨に圧された男はカエルを見た。

 「出来るのか?」

 小声で呟くと……頭に ”ししゃ召喚” と出た。

 死者では無くてししゃ。

 この場合は使者なのか?

 しかし男が驚いたのはそれではない。

 「出来るんだ……」

 こっちだった。


 


 『有り難うごぜーますだ、旦那様』

 槍に刺されていた方は雄だった。


 『このご恩は奴隷として誠心誠意尽くさせて貰います』

 こちらは雌だ。


 ツガイだったのか!

 しかも喋った!

 ……いや、蜂達と一緒か?

 繋がったとそういう事か。

 と、骸骨を見ればやはりかカエルの声は聞こえていない様だ。

 使役に関しては生死は関係無いようだ。

 骸骨が言った、ネクロマンサーの奴隷印の方が協力とはこれも含めてなのだろうか?


 兎に角だ、カエル達の挨拶に頷いて返した男は。

 カエル達の足枷をなんとかしようとカエルの足元にしゃがむ。

 と、触れるか触れないかでそれは外れた。

 「これも魔法か?」

 そんな感じにも見える外れ方だ。


 「前の奴隷印が消滅したからじゃろう?」

 骸骨が呟くように。


 足枷も含めての奴隷印なのか?

 ネクロマンサーのそれとは随分と違うようだ。

 そう感じた男。

 ふむ……と、その外れた足枷をシゲシゲと見る。

 枷の内側に幾つかの魔方陣が描かれていた。


 そして、自由に成ったカエル達……男の奴隷なのだが見た目は自由だ。

 は、蜂達にも挨拶をしていた。

 男を通しての会話だ。

 男が通訳をしているわけではない。

 男の脳を経由して直接的に話している。

 つまりは男にはとてもウルサイ状態に成っていた。

 耳許で男には関係の無い話を無理矢理に聞かされている……そんな感じだ。

 しかし……これはどうにか為るモノでも無さそうだ。

 ししゃ召喚の奴隷印はこうなるモノの様だ。

 気にしない事にするしかないと諦めるしかない。


 

 倒した魔物の一匹の側に寄った男はスキルを浮かび上がらせる。

 見たところコイツはウリボークンか?

 何時もとは少し大きな光る珠が出てきた。

 最初の墓場で出した光る豆粒と同じだった。

 流石にスライムよりも強いって事なのだろう。


 [格闘]

 珠を見るとそう頭に浮かんだ。

 「あ! スキル名か? その内容かがわかる」

 驚いて声を上げた男。


 「貴様が成長したのじゃろう」

 

 「おおッ! 俺も成長してたのか!」


 「するじゃろう」

 骸骨は手で払う仕草。

 「貴様の使役している蜂達が戦ったのじゃからの」

 今さら何をと、そんな感じか。

 「ちなみにじゃが……奴隷でも眷族でも同じじゃぞ」

 カエル達を指しながら。


 男もカエル達を見た。

 「この格闘のスキルはカエルにやる」

 もう二匹のウリボークンからもスキルを出して……カエル二匹で分けた。


 「一つ……余るな」

 ウリボークンは三匹居たのだからスキルも三つだ。

 男は蜂達を見る。

 サイズ的に意味は無さそうだ。

 骸骨には……今更か。

 「俺は……ヤッパリ意味が無い……か。投げ飛ばして回復? 絞め技で回復? なんだそれは」

 ブツブツと呟いている。


 保留とかは無理なのだろうか? 等と考えた時にナニやら頭に浮かぶ。

 [スキル固定化結晶]

 スキルを固めて保存する方法らしい……そんな呪文?

 取り込む時は口に含む……と、説明までが浮かんだ。

 今までとは明らかに違うそれ。

 ネクロマンサーの固有スキルで成長して出来るように成った様だ。


 そして、出来たモノが男の掌に転がっていた。

 丸い結晶。

 「これはなかなかに便利そうだ。保留と持ち運びが出来るように成る……若干、ベトベトするけど」

 口に入れるモノだ。

 どう保管しようかと悩む。


 それを見ていたカエル。

 雌の方だと思うが……が、幌車に走り自分のポーチだろうかを取ってきた。

 『私の私物の化粧道具です』

 頬を赤らめ、油取り紙を一枚差し出してくれた。


 「有り難う、助かるよ」

 男はそれで結晶を丸めた。

 飴玉の様に成ったそれをポケットにしまい込む。


 そして、その他の魔物からもスキルを取り出していく。

 斧のスキルが一個。

 槍が二個。

 威嚇が一個。これはイノキングから出た二個目のパッシブスキルだった。

 「複数のスキルが出る事も有るのか」

 今までの魔物は常に一つだったが、最初の墓場では三個出ていたのだから……魔物の強さかレベルなのだろう。


 「それは貴様の強さが上がったからと、この魔物の強さのせいでもあるのじゃろう」

 男の考えを肯定してくれるが遺骨。

 「で、二つ目は何が出たのじゃ?」


 「威嚇」

 紙に包んだそれを掌で転がした男。


 「威嚇か! それを成長させるとワシの持つ畏怖堂々に成るぞ」


 「ほう!」

 魔物を寄せ付けないアレか!

 男はそれは良いと、自分の口に放り込んだ。

 そして……顔が歪む。

 「にっがぁ……」

 苦すぎるそれを口から吐かない様に気を付けつつ。

 カエル雌に槍のスキルを渡し。

 雄には槍と斧をやった。

 「お前達も苦しめ」

 苦すぎて声には成らないが、道ずれだとだ。

 

 だが返ってきた言葉は。

 甘いだったり。

 旨いだったりした。

 

 「それぞれ味が違うのか?」

 苦いそれを持て余しながら。

 それとも擬人だから味覚自体が違うのだろうか?

 「くッそう」

 今度は盗賊のスキルだ……と、男はそちらに向かった。

 

 [日本刀]

 脇差しを持っていたボスのスキルだ。

 [イカサマ]

 これもボス。

 三つ目は…… [夜眼]

 これは役に立ちそうだと男はそのまま口に含む。


 次はジャクラー。

 一つ目は…… [ナイフ]

 次に…… [投擲] これはナイフとは違うのか?

 [スティール] 盗賊らしいスキルが出た。

 そして四個目…… [ジャグリング]

 こいつは一人で四個もスキルが出た。


 魔法使いはわかりやすい。

 [基礎魔法(火)]

 [基礎魔法(氷)] 

 [基礎魔法(雷)]

 の魔法三つに。

 [投擲]

 また四個も出た。

 投擲は薬を投げたスキルだろう。成る程、やけに正確に飛んだわけだと納得した男。

 そして、ナイフと別なのも理解できた。

 投げるモノは何でもとそういう事なのだ。

 盗賊だけで合計十一個のスキルだった。


 そのうちの投擲とナイフを男が口に入れた。

 投擲は薬でも有れば投げられると考えたのだ。

 先程の魔法使いの様にだ。

 戦えないネクロマンサーでも薬を投げれば貢献出来るだろう。

 今はカエル達限定だがそれでも役に立つ筈との考えだ。


 ナイフは敵の攻撃を避ける為に使えないかと考えたのだ。

 何かの映画で見た様にナイフを盾代わりにだった。

 ナイフで剣を受けるってヤツだ。

 それと……倒した魔物を捌くのにも良さそうだ。

 少しでも綺麗に捌けば……味も変わるのでは無いか? そんな思い。


 後の九個は蜂とカエル達にと……思ったのだが。

 どうも駄目らしい。

 ネクロマンサーのスキルが教えてくれた。


 「人間のスキルは魔物には駄目なのか……」

 手に余る飴玉を見詰めて、男は溜め息を吐く。


 「亜人か獣人にはだいたい大丈夫じゃ」

 補足をくれた骸骨。

 「人間……亜人……獣人……擬人……魔人……魔物と、その順番の二つ隣迄と言う事じゃ」


 「ふむ、獣人が一番得だな、魔物以外が全部だ」


 「それを言うならアンデッドは全部じゃぞ……死んではいるが人間じゃし魔物でも有るからの」

 笑う骸骨。

 「まあ……スキルとの相性が有るがの」


 「相性?」


 「スキルが有っても使えんって事も有る。無茶な技とか構造的に無理も有る」

 そして男を指差して。

 「貴様もアンデッド扱いじゃ」


 「俺は死んでいるのか?」

 驚いた男。


 「違うネクロマンサーだからじゃ」

 

 良くわからない理屈だが……死んでは居ないようだと安堵する男だった。


 残りのスキルは飴玉にしてポケットに押し込んだ。

 そのうちに誰か使える者でも見付けてくれてやろう。

 なんなら売れるかも知れない。


 「話している間に出発の準備が整ったようじゃぞ」

 

 骸骨に言われて見れば。

 カエル達が幌車の前と後ろで待機している。

 倒したモノの装備品もシッカリと回収して幌車の後ろに積み込んでいたようだ。

 それを確認して、手斧と槍を各々に手渡してやる。

 カエル達はとても感激している様だが……所詮は魔物の持ち物だモノは高々知れているだろうに。

 


 改めて幌車に乗り込む男と骸骨。

 中は……やたらに汚ない。

 意味の有るのか無いのかわからない雑多なモノで溢れている。

 足の踏み場もない状態だ。

 そのままでも乗れなくは無いが……余り気分は宜しくない。

 必要の無いモノはその場に棄てる事にした男は、適当に掴んで外に投げ出した。

 

 特に気に為ったのは汚ない毛布だ。

 ナニやら臭いまでするそれ。

 勢い任せてひっぺがした。


 と、その下に。

 小綺麗な格好をした女の子が気を失っていた。

 その足元、スカートの中に伸びる鎖が見える。


 「貴族の娘でも誘拐していたのか?」

 寝ている少女を見下ろした男。

 

 「そのようじゃの」

 骸骨も横に並んで覗き込む。

 

 男は繋がれた鎖を探り。

 少女の足首の南京錠を見付けた。

 「鍵は無いのか?」

 男はカエル達に期待したのだが。


 先に返事を返したのは骸骨。

 「見当たらんのう?」

 辺りを探りながらに。


 『旦那様、私共も探してみます』

 おずおずとカエルの雌の方。

 その雌は雄に向き直り。

 『私はこの中を探すからアンタは外のアイツ等の懐を探って来て』

 

 『ああ……』

 雄カエルはナニやら男を見ていた。

 この娘の事を話さなかった事でも気にしているのだろうか?

 盗賊達と一緒に旅をしてたのだ知らない筈は無い。

 それとも、奴隷にされた時にでも何か制限をされたか?

 話せないナニかだ。

 奴隷印も含めての魔法の有る世界だ……そんな術や法が有るのかもしれない。

 男は雄カエルのそんな態度を見ながらに考えていた。

  

 と、雌カエルが雄の尻を叩く。

 『ホレ! 早く』

 雌カエルも話せなかった事を気にしている様にも感じた。


 男としては別に構わない事だ。

 縛りが有るのなら自分達の方を優先すれば良い。

 奴隷印も何かペナルティーが着いて居ると骸骨も言っていた……裏切れば酷い目に会うと。

 

 雌に即され頷く雄カエル。

 そのまま外に飛び出した。


 暫く後。

 『旦那……見つかりませんでした』

 二匹揃って申し訳無さげに頭を下げる。


 まあそうだろうと頷いた男。

 カエル達には余り期待はしていなかったのだが。

 しかし、骸骨も男も幌車の中を探ったのだが鍵は見付けられない。

 「さて……どうしたモノか」

 南京錠を手に思案気な男。


 と、手斧を前に持ち、一歩出るカエル雄。

 『先程頂いたスキルと斧で……アッシが何とかしてみましょう』

 そう言うと。

 カエル雄は少女の足の前に屈み込み。

 斧を振りかぶり……一閃。

 金属音と火花。

 見事に鍵を叩き壊した。


 「お見事」

 骸骨が手を叩く。


 おずおずと下がる雄カエル。

 若干に気落ちしている様にも見えた男。

 行動を見ても鍵を壊す事はペナルティーの外だったのだろう事はわかる、そもそも盗賊の奴隷だった頃のカエルにはそれは不可能だったのだろう。

 だからペナルティーを課さなかったと思われる。

 鍵を差し出す事は……もちろん駄目だ、つまりは実際には鍵を見付けていた?

 しかし男がカエルを見ていると、そのカエルの目線は自分の斧の刃先を見ていた。

 それを辿った男。

 カエルの斧の歯が欠けている事に気付く。

 成る程……男は自分の考えが考え過ぎだったのかと気付いた。

 カエル達は本当に鍵を見付けられなかったんだ。

 嘘でも本当でも……そうしておくのが一番に良さそうだ。

 そう頷いた男。

 今度……何処かで良さげな斧を手に入れてくれてやろうと思い直した男だった。


 そして、誉める事も忘れない。

 「よくやった」

 カエル達にも全てがチャラだと理解させる為にもだ。

 もう前の主人の盗賊達を気にしなくても良いとだ。


 

 さて……足枷の外れた少女はまだ気絶したままだ。

 男は優しく頬を叩いて起こしてやる。


 目を開けた少女。

 男を見て……後ずさった。


 怯えているのだろう。

 もう大丈夫だと声を掛けようと口を開きかけた男よりも先に。

 

 「アンタ誰?」

 と叫んで男を指差す少女。

 「ここは何処よ! 私を何処に連れて行くの?」

 矢継ぎ早だ。

 「私をどうするの?」

 その声も震えていた。

 「殺すの? 辱しめはイヤ!」

 涙目で訴える。

 「イヤよ……屋敷に返して」

 幾つもの問に答えを求めず、自分で思い込んだそれをドンドンと重ねていく少女は最後は泣き叫ぶ。


 しかし……この一方的に自分の意見を押し付けて重ねる感じは既視感が有った。

 誰かに似ている。

 男は骸骨を見た。

 まあ……この世界の人間の特徴なのかも知れない。


 その間も騒ぎ続ける少女。

 しかしウルサイ。

 男は眉をしかめる。

 「騒ぐな」

 と、そう声を荒げそうに成った男を押し退けるように前に出たのはカエルの雌。

 手には水と果物を持っていた。

 ミカンか? それらしきモノ? その果物は男にはそう見えた。

 見た目はミカンそのモノだが味はどうなのだろうか?

 もしまだ有るのなら男も食べて見たいと思い、何処からそれを出してきたのかと辺りを見渡す。


 幌車の前の方に樽と開いた木箱を見付ける。

 その中にはパンや果物が見えた。

 食料箱?

 結構な大きさの箱だ。

 量もそれなり以上に有るようにも見える。

 長旅でも無さそうなのに、えらくシッカリと準備をしたものだ。

 食料以外は全てが適当な荷物に見えたからだ。

 長旅ならもっと役に立ちそうなモノも積み込んでいて当然だが……それらしきモノは見当たらない。

 とてもバランスが悪く見えたのだ。

 この世界では食料を多目に持ち運ぶのが当たり前なのだろうか?

 確かに魔物の襲来とかで囲まれて身動き出来ないとかも有りそうだ。

 実際に盗賊達は襲われていた。


 「私に近付くなカエルの化物! アッチへ行け」

 雌カエルの差し出した水と果物を叩き落とした少女。


 それでも落とした果物を手で拭い、また差し出すカエル。

 なんだか悲しそうに見える雌カエルの背中だ。

 

 見かねたのか骸骨が前に出てきた。

 「そう邪険にせんでも良いでは無いか」

 骸骨はミカンをカエルの手から取り。

 それを自分で噛る。

 「旨いぞ……」

 そう少女に告げているのだが……。


 スカスカの骨の間から果肉と果汁がボトボトと溢れ落ちるその様は……なんとも恐ろしい絵面に成っていた。


 その骸骨を見た少女。

 ギャッと小さく悲鳴を上げて……また意識を失った。


 「なんとも失礼な奴じゃ……ワシが話し掛けてやったのにその最中に寝るなぞと」

 骸骨は首を振りつつミカンを噛り続ける。


 イヤ……寝たのでは無いと思うが、それは明らかに気絶だ。

 どう見ても骸骨が怖かったのだろう。

 果肉が肉片に果汁が滴る血にも見える……なかなかにグロい成だ。

 

 「フム……まあ良いわ、静に為ったのじゃからの」

少女から離れて、木箱を見る骸骨。

 「しかしあの盗賊達は……大層に準備をしたもじゃ」

 木箱からまたミカンを取り出して。

 「余程の心配性か?」

 高笑いの骸骨はその手のミカンをまた噛る。


 前言撤回。

 この用意は普通はしない、と。

 世界が変われどそこは変化無しだ。

 ややこしい性格の盗賊達のせいで妙な勘違いをするところだった。


 「味もせんわ」

 男がどうでも良い事に反省をしていると、骸骨は食べ掛けのミカンを外へと放り投げた。


 そりゃそうだ。

 骸骨だけの体に舌も無い。

 味など感じる筈もない。

 突っ込む気も失せる男はただ肩を竦めるだけ。


 程無く。

 「キャ」

 と、何処からかの声。


 なんだ?

 また少女が起きたのかと見ればまだ寝ていた。

 スヤァっと平和そうな顔だ。


 と、後方からドカンと爆音が響いた。

 幌車の中からそちらを見れば、外の草村から火柱と煙が上がっている。


 「うむ、ナニやら物騒じゃの」

 骸骨も男の横に並び。


 「新手の魔物か?」

 男はその骸骨に尋ねる。


 「わからんが……早々に出立した方が良さそうじゃろうの」

 呑気ににも聞こえた骸骨の声だった。

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